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世紀末サバイバルライフ  作者: 九路 満
北の地 編
32/54

5.惜別(4)

「ヤバくなったら戦う事なんて考えるなよ。逃げる事だけを考えろ。全員が一番生き残る可能性が高い決断をするんだ。わかったな?」

「わかった。でもそれはおっちゃんもだよ?ちゃんと逃げられる内に逃げて、僕たちの事追いかけてくれよ」

 出発前のガレージで、おっちゃんは頭を掻いて苦笑いした。まだ出会って一月も経たない付き合いで分かった事だが、おっちゃんは嘘がつけない。と言っても僕たち以外と接しているおじちゃんを見たわけではないから、絶対と言う訳ではないけど。少なくとも嘘が嫌いな人ではある。初対面から数日は、普段の言葉数が少なくて怖い人かとも思っていたけど、どうもただ不器用で寡黙な人なだけだ。その証拠に必要な時には面倒がらずに話をしてくれる優しい人だ。

 今だって僕たちを助けるためにおっちゃんは一人危ない橋を渡ろうとしている。まぁ、それを言ったとしても本人は頑なに認めようとはしないだろうけど。おっちゃんに助けられて数日、おっちゃんへの警戒心や色んな感情のせいで、夜中に何度か目が覚めて周りを見たらおっちゃんはずっと起きて僕とナナシの様子を見てくれていた。それを最近聞いてみたら寝ぼけてただけだろ、と一蹴されたけどあれは夢なんかじゃ絶対にない。ルール第三、早寝早起きなんて言っておきながら人の為には簡単にそのルールを破って危険を犯す人だ。だからこそ本当はおっちゃんと残って手伝いたかった。だけど今の僕じゃあ、おっちゃんが言った通り足手まといにしかならない。

 みんながおっちゃんと出発前最後の挨拶を終えて車に乗り込んだ。ナナシに至ってはまた泣きじゃくるものだからおっちゃんが抱っこして車の座席に座らせた。席は後部座席にナナシとマル、運転はカリモさんがすると言い張るものだから僕はドライバーの任を解かれてしまった。車に乗る前におっちゃんに呼び止められると握手を求められた。おっちゃんが出した手を握ると痛いほどに握りしめて僕の目を観た。

「俺が戻るまでみんなを頼んだ」

 真剣な眼差しに僕は言葉を出せずに頷く事しか出来なかった。そして車に乗りおっちゃんに見送られながら車は待機場所に向かい走り出した。サイドミラーに映るおっちゃんはカーブで見えなくなるまでずっと腰に手を当て見送っていた。

「きっとすぐに会えるわよ。元気出して」

 カリモさんが運転しながら声を掛けてくれた。

「そうですね。……運転変わってくれたら元気出るかも知れません」

「わかったわよ。安全だと確認できたらね」


「ナナシ、時計見せてくれるか?」

 嬉しそうにナナシは腕につけた時計を後部座席から僕の目の前に腕を回して見せてくれる。予定の時間まで後、十分ほどだ。街に繋がるもう一つの道路の側、ビニールハウスの残骸の影に車を隠してひたすら時間が来るのを待った。だけど、どうも心がざわついて落ち着かない。

 おっちゃんを本当に一人にして良いのか、なんて葛藤がまだ僕の中で残り続けている。不安を落ち着かせる為におっちゃんに渡されたライフルの動作確認を繰り返した。

「急に聞いちゃいますけど、カリモさんっておっちゃんと知り合いだったんですか?」

「本当に急ね。……直接は会ったことは無かったわ。だけど父からよく話は聞いてたけどね」

「……これ、カリモさんに聞くのはずるいって分かってるんですけど。おっちゃんって何者なんですか?」

「まぁ、気になるわよね。……私から言えるのは育った家庭環境が少し特殊で日本に住む普通の人とは少し違った経験を積んでいるってことぐらいかしら」

 カリモさんはそれ以上は何も話さなかった。だから僕もこれ以上おっちゃんの詮索をするのはやめて静かにその時を待った。

 そして、時間が来るとナナシが運転席、助手席両方の椅子を揺らして時間が訪れたと教えてくれた。カリモさんは車をゆっくりと走らせて街に繋がる道路に進入した。道には乗り捨てられた車両が端に寄せられている。隣街の奴らが通れるようにわざわざ避けたのか、おっちゃんが、この日のために避けたのかはわからない。

 道を半ば程、走った時におっちゃんが言っていた爆発音と黒煙が上がった。おっちゃんの計画通りにカリモさんはその合図を確かめると一気に加速してスピードを上げて町を出た。助手席の窓からは立ち昇る黒煙が見えておっちゃんの身が心配になる。目の端で捉えたサイドミラーに動きを感じて目をやると後ろから黒のSUVが二台、猛スピードで迫っていた。

「カリモさん、まずい奴らに見つかった。後ろから凄いスピードで追いかけてきてる」

「ナナシ。しっかり捕まってなさい。サンドはそのまま後ろの確認して状況を私に教えて」

 更にスピードを上げて引き離そうとしても荷物を目一杯積んだ大型バンの僕たちの車では逃げきれそうもない。僕は助手席の窓を開けてライフルを手に取った。

「何するつもりサンド?危ないからやめなさい」

「このままじゃ逃げ切れないよ。お願いだからやらせて」

「……タイヤを狙うのよ?」

 カリモさんの許可をもらって後ろに迫る車のタイヤを狙った。間近まで迫った車を狙うのにスコープを覗くまでも無い。むしろひどい揺れでスコープは邪魔だった。だから銃口の方向で向きを合わせた。

「カリモさん。直線に入ったら教えて」

 揺れる車でしかも上半身を車外に出したまま構えるのは簡単じゃ無かった。

「入ったわよ」

 社外に出した耳にも届くほど大きな声だ。狙いを定めて引き金を引いた。バーストしたタイヤからは小さな白煙が上がりコントロールを失った車は道沿いの店に突っ込んで動かなくなった。それを確かめてから一度車内に身体を戻した。

「あなた凄いわね。一発で当てるなんて、しかも動いている車のタイヤよ?」

「おっちゃんにも才能あるって言われた。小さい頃から僕には才能と呼べる物なんて何もないと思ってたんだけどね。でも平和なままなら気付きもしない才能だったなんてなんか変な感じだけど」

「でもそれが今生かせてるなら結果オーライでしょ」

 結果オーライか。僕は昔から何でもそつなく普通にこなせた。その代わりかはわからないけど、努力を重ねても普通以上に出来ることが少なかった。特に才能と言われるものが必要なものは顕著に。勉強は長く続けたこともあって何とか普通以上の結果を残せたとは思う。だけど努力に見合った結果かと聞かれれば否だ。それを証明するわけではないけど、幼馴染の友達は部活と文武両道を貫いて、勉強だけに取り組んでいた僕でも一生かけても届かない大学に幼馴染は現役で合格した。悲しいけどこの世には生まれながらの優劣は、絶対的に存在するんだと思い知らされた。その生まれながらに与えられた才能が僕の場合は射撃だった。きっと僕以外にも現代社会では使えない才能を持つ人はいたんだろう。

 ライフルに弾を装填して残りのトラックを狙おうとしたが、射撃に気づいた敵の車両はこちらの車両に隠れて狙うことができない。奴らの車両がこちらの車の後部に追突を繰り返し、コントロールを失いそうになるがカリモさんのハンドル捌きでどうにかコントロールを取り戻した。

「カリモさん、このままじゃ車がもたないよ。何処かで一度隠れよう」

「隠れる場所なんてないわよ」

「住宅街や路地裏の入り組んだ所にいこう」

 提案するとカリモさんは大通りから狭い迷路のような路地裏に入った。奴らも路地裏でのカーチェイスは慣れていないようでこちらを見失った。それを見計らいまた大通りに戻ると前方で奴らの車両が道を塞いで車外に出た二人が立っていた。その内一人が、此方に銃口を向けていて、それを見たカリモさんが車を停めた。

「まいったわね。……しょうがない、私が降りて奴らの気を引くからあなた達はその隙に逃げなさい」

「そんなこと出来る訳ないでしょ?なんで大人はみんな自分を犠牲にしようとするんですか?」

「中年女一人の命で若者二人とワンコ一匹が助かるなら安いものよ。ちゃんと逃げ切りなさい」

 そう言うとカリモさんは運転席を飛び出して奴らの気を引いた。構えられた銃口は僕たちが乗る車から、飛び出したカリモさんに向けられた。急いでライフルを構えようと窓から体を出したがその時、乾いた銃声が一度だけ鳴った。

 頭部を撃たれて地面に頭蓋骨の中に詰まった肉片が飛び散った。身体は力なくその場に崩れ落ちナナシの悲鳴だけが後に続いた。

 カリモさんを狙った敵は地面に倒れたまま動かなくなっている。その背後にはもう一人の敵がハンドガンを構えたまま立っている。その光景を動かずに僕とカリモさんが見続けているとそいつは銃をホルダーに戻して、倒れた奴が持っていたレシーバーをこちらに放り投げると自分の車に戻った。事態が理解出来なくて固まっている僕たちを他所にその男が乗った車は僕たちの隣を素通りして消えていった。どういうつもりかは分からないが、去り際車から出した右腕をヒラヒラと振っている様に見えた。その時に見えた右腕の大きな赤い星のタトゥーがやけに目を引いた。

 奴らの車両がその場を去ると車を飛び降りたナナシが泣いてカリモさんの元に駆け寄って抱きついた。僕も落ちているレシーバーを拾ってカリモさんの元に走った。

「今は時間がないので何も言いませんが。後で大説教ですよ」

「怖いわね。……わかったわよ」

 僕たちは急いで車に戻り一刻も早くこの街を離れる為に出発した。少しでもおっちゃんが早く逃げられるように。

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