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世紀末サバイバルライフ  作者: 九路 満
北の地 編
30/54

5.惜別(2)

 腕時計は午後二時を表示している。ショッピングセンターを出てから一時間ほど身を隠しながらの帰宅を続けて、ようやく町役場まで帰って来られた。室内に入って建物内を隅々まで確認したが何かを仕掛けられた形跡はなかった。地下室に降りるとみんなが心配そうに一斉に入室した俺に注目した。

「話があるからカリモさんの近くに集まってくれ」

 それだけ言って装備を下していると、その間にそれぞれが手を止めてカリモさんが休んでいる布団の近くに集まってくれた。

「まずは結論だけ話す。明日この町を離れる。だから個人の荷物は今日中にまとめて準備をしておけ」

 全員の顔が緊張を浮かべている。互いに顔を見合わせると代表してサンドが口を開いた。

「何か問題が起きたの?」

「そうだ。お前達と一緒にこの町を訪れた佐志って男がいただろ?そいつが突然現れた」

「佐志さんが?今どこにいるの?」

「別の場所に待機させている。あの男はお前達から見て信用できる男なのか?」

 少し考え込むサンドの横からカリモさんが珍しく声を荒げた。

「信用なんてできる訳がない。あいつは奴らと一緒になって私たちを痛めつけたのよ?そんな男を信用できるはずがない」

 怒りに震えながらカリモさんの瞳から溢れた涙が頬を伝っていた。

「サンド、悪いがナナシと少し席を外してくれ」

 察しがいいサンドは何も聞かずにナナシを連れてその場を離れてくれた。二人がいなくなってからカリモさんも冷静さを取り戻したようだ。

「……ごめんなさい、子供の前なのに」

「仕方がないですよ。あんな目に遭えば。……あの場所で何があったか教えてもらえますか?」

 服の裾をにぎり締めてカリモさんが重い口を開けてくれた。

「あそこが何をする場所なのかは私もわからないのよ。私がいたのは十日ほどだったけど、一日に一度白衣の奴らが部屋に訪れて採血されるだけの生活だったから。だけど時々銃を持った奴らが現れて部屋から一人二人連れて帰って来ないって話を同じ部屋の人から聞いていたの」

「その話は俺も聞きました。だからカリモさんを見つけることができたんです」

「その事は本当に感謝しているわ。……問題が起きたのは貴方が助けに来てくれる前の日だったわ、夜みんなが寝静まってから突然奴らが部屋に来て、私と浜屋さんそして佐志があの物置に連れて行かれたの。私達以外誰も起きる気配すらなかったわ、きっと食事に薬でも入れられてたのね。そして物置に連れて行かれた私たちは奴らに選択を迫られたのよ」

「選択?今の話を聞いてると奴らは日本語を話していたんですか?」

「そうよ。少し関西弁混じりの日本語だったわ。でも一人だけよ。奴ら同士では英語だったと思うし、それがどうかした?」

 やはり研究者だけでなく武装した奴らの中にも日本人はいるのか。想定はしていたが改めて考えると俺が手にかけた二人の片方、または両方とも日本人だった可能性があるのを知ると少し気が滅入る。だが余計な心配を与えないようにカリモさんには何も無いと伝えて話を続けてもらった。

「スパイとして行動するなら一人だけ助けてやるって言われたのよ。私は勿論、浜屋さんも頑として断ったわ。だけどあいつは断るどころか嬉々としてその話を受け入れたのよ。そこからは奴らの趣味の時間に変わった。散々私と浜屋さんは痛ぶられたの。佐志も奴らに加わって私たちを拷問したわ、自ら率先してね。……浜屋さんが奴らを挑発して自分に注目を集めてくれなかったらきっと私も生きてここには居られなかったわ」

 思い出してしまったのだろう、カリモさんの目からはまた涙が溢れた。

「辛い事を思い出させてすいません。……よくわかりました」

 カリモさんの傷ついた手を握りしめると心配したナナシが駆け寄ってきてカリモさんの傷が痛まない様に優しくカリモさんを抱きしめた。

 カリモさんが落ち着くとサンドも加わり再度脱出の話を進めた。

「おっちゃん、どうする?明日の朝一番で急いで町を出る?」

 率先して意見を出して、自ら物事を考えようとするサンドはリーダーの資質を持っていて助かる。

「出来るならそうしたいがな。残念ながら恐らく無理だ。奴らは明日旧道に人を集めるだろうが、この町を出て街を抜けている間に奴らに囲まれる。そうなればなす術もなく捕まるしかなくなる」

「その可能性は高いよね。なら戦うしかないのかな?」

「そうなるな、全員が一緒に逃げようと思ったら。……だからそうならない様に二手に分かれて町を出ることにする。俺が奴らを引きつけている間に、サンドとナナシ、カリモさんにマル。お前達は先に進んでくれ」

 そんな訳にはいかないとカリモさんが言うとサンドも同じく反対した。ナナシは大泣きして俺を叩き出した。

「はっきり言ってお前達が居たら邪魔なんだ」

 その一言で全員が沈黙した。

「なにも奴ら全員倒すって話じゃない。俺が引きつけて時間を稼いでその間にお前達を逃す。その役目が終わったら、俺もその場から逃げてお前達の後を追いかけるに決まってるだろ。なにも命を捨ててやろうって言ってるんじゃ無い。俺一人の方が逃げるのも簡単だから言ってるんだ。これは決定事項だ、お前達も覚悟を決めろ」

 うつ向いて泣くサンドとナナシの頭を一撫でする。その隣で自分の番を待つマルの頭も当然一撫で。

「ルール第四だ。俺もお前達もやれる事をやろう」

 カリモさんが俺たちの様子を優しい目で見ていた。泣き止むと二人ともそれぞれの荷物の準備に取り掛かった。二人とも悲壮感はなく決意に満ちた表情をしている。それを確かめてから、布団の上で体を起こしたカリモさんの隣に腰を下ろす。

「身体の具合はどうですか?」

「おかげ様でもう大丈夫よ。多少の痛みを堪えれば問題なく動けるわ。それに年長者の私がいつまでも、助けられてばなりでは居られないわよ」

「歳なんて関係ないですよ。お互いに助け合う事が大事だと俺は思っています。……これを言った後に言うのは(ずる)いと思いますが、サンドとナナシ、それと出来ればマルをよろしくお願いします」

 姿勢を正してカリモさんの前に座り頭を下げた。

「任せて。……でも早く追いついてあげてね」

 頷くとカリモさんは微笑んだ。その後俺は立ち上がって明日の準備を進めるナナシの元に行き忙しくカバンに荷物を詰め込んでいるナナシの手を取って握った。

「ナナシ、頼みたい事があるんだが、聞いてくれるか?」

 声で返事を返せない分ナナシはいつも大きく頷いたり首を横に振るのだが、いつにも増して大きく首を縦に振ってくれた。腕時計を見る、時計は午後四時二十分を表示している。腕から時計を外してお手製の延長バンドを時計から外す。そしてまだか細いナナシ腕に時計を着けた。

「とても大切な仕事だ。明日の朝、この時計が六時五十分になったらみんなに教えて車を出発させるんだ。遅くても、早くてもダメだからな?その時間が来たらちゃんとに出発するんだぞ?」

 ピンク色の可愛い時計に目を輝かせるナナシだが話を聞き終わるとまた大きく頷いてくれた。

「それとその時計はおっちゃんにとってとても大事な物だから後で追いついたらおっちゃんに返してくれよ?」

 冗談めかして言ったつもりだったがナナシは真剣な眼差しで俺を見据えて頷くとまた抱きついてきた。いつにも増して力強く。

最後にサンドの横に座った。既に荷物の準備を終わらせており、今は俺が渡したライフルを磨いていた。

「磨いたってよく当たったりはしないぞ?」

「そんな事わかってるよ。大事にしたいから磨いてるだけだから」

俺の方に顔を向けずにひたすらライフルを隅々まで磨き上げるサンド。

「撃ち方教えられなくて悪かったな」

「……そう思うなら帰って来たらちゃんと教えてよ。取り返しのつかない事が起きる前に」

「そうだな。だがそれをちゃんとわかってるお前には教える事があるかどうかわからんが。……とりあえず今言えるのは撃つものを見定めて引き金を引け。もし外しても揺らぐな、淡々と作業として繰り返せ。それができたら恐らくお前は俺にも負けない射撃ができるよ」

「ならこの町を離れて落ち着いたらさ射撃で勝負してよ。それでもしも僕が勝ったら次は俺も一緒におっちゃんと戦わせてくれよ……」

背を向けて肩が震えるサンドの頭をガシガシ撫でた。

「その時は是非とも頼むが。まぁ、まだまだ負けやしないけどな」

ようやくサンドの笑い声を聞くことが出来た。

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