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世紀末サバイバルライフ  作者: 九路 満
北の地 編
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5.惜別(1)

 早朝六時過ぎ、団地を訪れると佐志は大きないびきをかいてまだ眠っていた。足で体を揺すると機嫌が悪そうに体を起こしてタバコに火をつけた。

「俺の前で吸うな、臭いんだよ」

「あーー?……ああ。わかったわかった」

 佐志は目一杯肺に煙を吸い込み俺に向かい煙を吐きかけてきた。態度云々の前にこういった行為ができるやつの気が知れない。こいつも何か大事なものが欠落している同類なのだろう。

「下で待ってるから早く降りてこい。十分だけ待つ、遅れるようなら置いて行くからな」

 玄関のドアノブを掴み振り返って伝えると悪態こそついては来なかったが手を挙げてヒラヒラと振るだけで返答すらしなかった。先に階段を降りてすぐ目の前に停めている大型のバンの運転席に乗り込み、シートベルトを装着して佐志が降りてくるのを待つ。無勢に教えられて鍛えた体内時計がまさかこんなに早く役立つとは、思いもしなかった。世の中何がどうなるかわからないものだ。

 リミットまで残り二分に差し掛かりようやくドアを開閉する音が聞こえた。次に聞こえたのは階段をのっそりと降りる足音。今は亡き凸凹コンビの片方、佐志の相棒に認定した太った男。確か浜屋という名前の男だ。彼ならその体格からのっそり移動するのもわかるが、細身の佐志がそれをすると嫌がらせにしか感じられない。ようやく降りて来たと思ったら車で俺が待っているのを目にしても急ごうとすらしない、それどころか新しいタバコに火をつけた。さらに有ろう事か、そのタバコを吸ったまま助手席に乗ってくる始末だ。親の顔が見てみたいとはまさにこのことだ。

「お待たせさん。……と言うか、お仲間さんの姿が見えないけど何処に居るんだ?それと食料は?何も載せないでのまま走るつもりか?酒持って来といてくれって言ったよな?」 

「今から仲間を迎えに行くんだよ。そこで荷物も積む、心配するな」

 佐志は鼻で笑い、ダッシュボードの上に足を乗せて組んだ。

「随分と態度が悪いが、何か気に入らない事でもあるのか?」

 佐志は返事をせずに、座席を倒して鼻歌混じりでタバコを吹かしている。対話を諦めて車を発進させた。車を低速で走らせて辺りの建物やバックミラーで後ろの様子に目を配る。町の中心部では乗り捨てられた車両も多かったので縫って走るのに苦労したが、町の外れに向かうにつれてその手間は減った。かれこれ三十分ほど走った所で佐志が痺れを切らせて怒鳴り声を上げた。

「いつになったらお仲間のところに着くんだよ。同じところを何度も通って何がしてぇんだお前は?」

「仲間の所に向かうんだ。万が一にも尾行や監視なんてされてたら一溜まりもないだろう」

「それが意味ねえって言ったんだよ」

「なんで意味がないんだ?」

 即座に質問し返すと佐志は舌打ちをしてため息を吐いた。

「……さっきから後ろには誰も着いて来て無いからに決まってるだろ。御託はいいからさっさと先に進めってんだよ」

 興奮して唾を吐き散らしながら、懸命に自分の望みを訴えかける佐志の姿は正に、自分の思い通りにいかなくて周りに当たり散らす中高年のそれだ。そう考えるとつい笑いが溢れそうになるがこれ以上中年男性の唾液の雨あられを浴びるのは勘弁ならないのでグッと堪えた。

 ちょうど体内時計が示す時間も予定の時刻に近づいていることもあり、佐志の望み通り先に進む事にした。来た道を戻るためにハンドルを切った。まずは町役場の前を通り窓から建物をながめる。短いながらも充実した心穏やかな時間を過ごした場所だ。そこを過ぎると次はマルと二人で一番長く過ごした拠点の前を通り過ぎた。あの場所があったから安心して長く夜を過ごせた。平和だった頃の方が長くこの町で過ごしたが、その時に持てなかった愛着が今になって生まれてしまうとは皮肉だ。結局どれだけその時々を真剣に生きるかによってその価値が変わると知った。いつも大事な物は無くして気づく、だからこそ今回は無くす前に気づけてよかった。失わないように、後悔しないように行動ができるのだから。

「何考えてんだお前?まだ仲間も荷物も積んで無いのになんで町を出ようとしてんだよ。さっさと町に戻れ」

 旧道の入り口前で車を停めると佐志が早くも悪態をつきはじめる。予定の時刻まで後数分ほどだ。

「落ち着けよ。実は仲間は隣街に待機してるんだ。だから今から迎えに行くんだよ」

「聞いてた話と違うじゃねーーか。俺を騙しやがったなこの役立たずが俺は此処で待っててやるからお前一人で迎えに行ってこい」

「誰もこの町に居るなんて言ってないだろ?被害妄想が強すぎるぞ。行ってこいって事はお前はこの町に残るのか?佐志」

「佐志だと?俺はお前より目上だぞ?さんを付けろ。いや、様を付けろ。このクソガキが。黙って聞いていればお前と呼んだりタメ口を聞いたりしやがって。もうお前なんかとは一緒にいられねぇよ。俺は降りるからお前はさっさと行きやがれ」

 興奮して怒っている様に見せかけてはいるが、今この時においてはこの場を離れたい偽りの怒りである事は一目でわかる。佐志は必死にドアを開けようと試みるが、俺が運転席からドアをロックしているので開けられない。佐志は動揺してそれに気づかずに狼狽している。

 あまりにも慌てふためく姿が面白かったので観続けるのも悪くはなかったが、時間が迫っていたのでシートベルトを外して、背中を向ける佐志の首に腕を巻きつけて絞め上げた。佐志は吊るし上げられた豚のような悲鳴を上げて必死に抵抗する。だが細身のこいつが完全に極まっている裸絞(はだかじめ)を外すことは不可能と言っていい。暴れてくれたお陰であっという間に気絶した。運転席に移動させようと身体を動かすと気絶したせいで失禁しており助手席の床が汚れている。生理現象なので仕方ないが、あれだけ横柄な態度を取っていた人間がお漏らしをしているのを見ると憐れにも思えた。だが何よりもやはり気持ちは晴れた。

 運転席に佐志を乗せて後部座席に隠しておいたテープと棒を引っ張り出す。まずはテープを使い手足をぐるぐる巻きにして固定する、次に座席と佐志の身体を一緒にぐるぐる巻きにした。これでもう運転席から動く事は出来ない。車の前に立ち旧道の入り口の方向を見て、地雷が置かれた位置と車の進む位置を見合わせてタイヤの通り道を確かめれば用意は完了。

 拝借したい物があったので、佐志が持ち歩いていたカバンを開ける。中にはタバコにタバコにタバコとライター、せめて水と食料ぐらい待てよとツッコミたくなる。何を考えて生きているのか確かめるために、一度頭蓋骨を開いて脳を見てもらいたいぐらいだ。タバコ以外に一つ出て来た。大きく立派なレシーバーだ。レシーバーだけ頂戴して背に背負ったリュックの大口のポケットに入れてから佐志の顔をビンタする。軽い一発では起きないので仕方なく力一杯往復で頬を叩いた。この時脳裏に昔からの疑問が浮かんだ。往復ビンタと呼ばれているが往路は確かに掌だからビンタだが、帰りの復路は手の甲だから裏拳ではないのかというどうでもいい疑問が。往復ビンタが効いたのか今度は寝起きの豚の様に鳴いて佐志は起きた。

「……こ、この野郎。何しやがる」

「それはこっちのセリフだ。お前は何をしてるんだ?」

「何もしてないだろうが、さっさとこれを外せ。様ないとえらい目にあわすぞ」

 お得意の悪態に加えて脅迫まで加わった。

「えらい目……ねぇ。例えばこの旧道の先に完全武装した奴らが待ち構えていてこの車を待ってるとか?」

 驚くほどに目は泳ぎ額には油汗がにじんでいる。

「お前何で知ってる?俺を騙したんだな」

 もう驚くこともないがこの手の人間は、自分がしていることを棚に上げるのが常になっていて話をすると疲れる。

「なぁ、佐志よ。どうせ他の逃げた人たちの事も奴らに売ったんだろ?お前良心は傷まないのか?」

「黙れ、何をガキみたいな青臭い事言ってんだ?お前、真夜中に車で走っていても誰もいない赤信号で停まるタイプだろ?そんなのは規則を守る自分が好きで酔ってるだけなんだよ」

「考え方が違いすぎて話にもならないな。人様に迷惑かけるなって習っただろう?」

「そんなのは自分を通すことができねぇ弱虫達が、自分達に都合のいい様に言ってるだけなんだよ」

 同じ言語のはずが佐志の話している内容が脳で処理が出来なかった。

「わかったわかった。なら試しに自分のやりたい事を通してみるとするか」

 車のハンドルを固定して次にアクセルペダルにつっかえ棒をすると全開になったエンジンが唸った。

「何すんだ?やめろ、後悔するぞ」

「何って今から地雷に突っ込むだけだ。一度は助かったんだろ?なら次も助かるさ。まぁ失敗したら昨日の軽トラの運転手と同じでただ焼け死ぬだけだ心配するな」

 助手席に座り運転席との間にあるシフトレバーを素早くドライブに入れて車から飛び降りた。高鳴るエンジン音が響く中、佐志の醜い叫び声が耳にまで届く。その声が最後に聞いた彼の声だった。猛スピードで旧道に進入した車は、最初に踏んだ地雷でアクロバティックに宙に舞うと逆さまになり地面に着地した。そして着地地点にあった別の地雷を作動させてまた宙に舞うと、見事にタイヤを下にして着地した。いや、正確にはタイヤがあった面を下にしてだが。地雷の爆発音が響き、車体が炎上して発生した黒煙が開戦の狼煙として空に立ち昇った。

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