4.変転(2)
鍵を持った男は椅子に座りタバコを吹かしくつろいでいる。部屋の外で俺は何度も右手のナイフを握り直す。室内を見渡すと男の物と思われるショットガンが立てかけてあった。観たところ男の周りには武器は置かれてない。それを見て握ったナイフを床に置いた。代わりに部屋の入り口に散らばって置かれていた電気コードを手にして体勢を低く静かに近寄る。男の背後まで近寄りタバコの煙を吐き出したタイミングで電気コードを男の首に巻き付け力一杯締め付けた。男は必死に首に巻きつくコードを指で引っ掻き解こうとするが指が入る隙間はあるはずもない。座っていた椅子から飛ぶ様に自分の体重を利用して床に俺を打ち付けるが巻きつけたコードの紐が緩むことはない。次第に必死に首に巻きついたコードを解こうとする男の手から力がなくなり、代わりに身体が痙攣を始めた。最初は打ち上げられた魚のように激しく動いていたがそれもすぐに収まった。指で男の手首を触り、脈が完全に止まったのを確認してから手を離し立ち上がった。動かなくなった男のズボンには失禁したシミができていた。俺は男の腰の鍵を取り廊下に置いたナイフを拾って他の荷物を担いだ。
捕まった人達の部屋を覗くが、部屋の外側の窓には板がつけられており奥が暗くて正確な人数はわからない。だが見覚えのある顔を見つけ、その部屋の鍵を開けた。部屋に入ると最初に人間本来の匂いなのか強い悪臭が鼻をつく、痩せた体で俺を見る人達の目は怯えきっており全員が部屋の端へと身体を寄せ近づく俺を避けた。その中の一人でまだ肌艶がいい細身で長身の男が居る。先日連れて行かれた凸凹コンビの片割れだ。
「おい、そこの細身のあんた。名前は?」
細身の男は少し後ろにたじろいだが口を開いた。
「佐志 夏浪だ」
「なら佐志さん。あんたと一緒に捕まった葉山カリモって女性の居場所を教えてくれ」
「……あんた誰なんだ?」
「時間がないんだよ。あんた達の敵じゃないからさっさと教えてくれ」
「わからん。あの子は昨日、浜屋と一緒に連れて行かれちまった」
俯きながら話す佐志の顔には悲しさが溢れていて、嘘をついている様には見えなかった。そんな時俺たちの話を聞いていた中年女性が震える声で話しかけてきた。
「た、……多分。校舎の横に建てられてる大きな物置に居ると思います」
「なんでそこだと思うんだ?」
「定期的に人を連れ込んでは遊んでるってあいつ達が廊下で楽しそうに話してるのを聞きました」
確かに校舎の側には大きな物置があったのであながち的外れでもなさそうだ。確認をしていないのは後、体育館と今聞いた物置だけだ俺は鍵を使って情報をくれた中年女性の足枷の鍵を外した。
「ありがとう助かった。俺にはこれぐらいしか出来ないが逃げるなり此処にとどまるなり好きにしてくれ。鍵もあんたにやるからみんなを助けたいならそうしてくれ」
そう言って鍵を渡して俺はすぐに教えてもらった物置を目指して階段を駆け降りた。運良くまだグラウンドに出た奴らは校舎に戻っていない。おかげで大量殺人者の悪名を背負わなくて済んだ。最初に侵入した部屋について外の様子を伺う。見回りの姿は見えず窓から出た。前回は鍵を閉めたが今後訪れないこともあり鍵は閉めずに物置に向かう。草むらなどの物陰に隠れながら進む。幸運はそうは続かず目的の物置はグラウンドの側に建てられていた。グラウンドからは数キロ離れた爆発で生じて立ち昇った黒煙がしっかりと見えた。恐らく仕掛けた住宅は燃え上がっているだろう。せめて飛び火なくあの住宅だけで済むこと祈った。グラウンドでは白衣を着た奴らが集まっている。その姿は多種多様な人種と性別をしている。集団の輪の中心に立つ老人が校舎を見ながら、レシーバーか衛星電話のような物に向かって何やら怒鳴っている。校舎の方を見ると捕まっていた人達が病衣を着たまま校舎から飛び出している。校舎から出た人達の行動は様々で、そのまま敷地の外を目指して走る者から手に刃物を持って、白衣を着た奴ら目掛けて走る者も多くいた。武装した数人の奴らは銃を構えて白衣の集団の前に立ちはだかり襲ってくる人達を銃撃している。しかし、幾ら撃たれても次から次に襲い掛かる彼らの姿は最早常人には見えなかった。
その隙をついて施錠されている物置の鍵をピッキングで開けて中に入った。窓が無い作りの物置の床は滑り、鼻に生々しい鉄の臭いがこべりつく。ナイフを構えながらポケットに入れておいたライトを出して明かりをつけた。床にはまだ固まっていない赤い液体が一面を染めている。辺りを照らすと天井から伸びた鎖で手を施錠された男が血まみれの全裸で吊るされている背中が見える。その隣にはこちらも全裸で椅子に縛られている女性がいる。警戒して二人に近づいた。
「生きてるか?」
声をかけたが反応は無い。吊るされた男を揺すると吊るされた体が反転して身体の前面が見えたが、酷いもので顔は判別できないぐらい潰され体にも無数の刃物の跡やダーツの矢が残されたままだ。近くの床には拷問に使われたであろう刃物が捨て置かれている。この死体が佐志が言っていた浜屋なのだろう。体格からして恐らく連れ去られた凸凹コンビの片割れだった男だ。
隣の椅子の女性を近くで観るとあの日見かけた女性で間違いない、カリモさんだ。身体のあちこちに刃物による切り傷がありその傷は顔にまで及んでいた。これは手遅れだったかと諦めかけたが、ライトで顔を照らすとカリモさんが反応を見せたので脈を取るとしっかりとした脈を感じた。急いで縛られている紐を解いて俺の上着をカリモさんに着せた。意識は朦朧としていることもあり、逃すには抱えて行くしかない。物置の入り口までカリモさんを運び扉を少し開けて周りの状況を見回す。善戦していた武装した奴らは逃げた人達の勢いに飲まれ次々に刃物で切り付けられていた。しかし道路から現れたトラックが間一髪で研究員に襲い掛かる寸前だった人達を跳ね飛ばし研究員達は難を逃れた。トラックから次々に降りてきた武装した奴らが襲い掛かる彼らを制圧し始める。
行くなら今しかないと思い。カリモさんを横に抱き抱えて物置を出た。グラウンドは通らない様に校舎側に回り込み裏口から敷地の外を目指して走る。裏口の校門の扉は開いており、このまま出られると思ったが外から武装している奴らの一人が武器を構えて入ってきて俺とそいつの目が合った。フェイスマスクをしているので顔は分からないが、綺麗な青い瞳が俺と、抱えているカリモさんを交互に見ているのが分かる。一度カリモさんを物陰に置いてやり合うしかないと思ったが、そいつは構えた銃を手放すと両手を挙げて手で出ていけと合図をした。疑心暗鬼になりながらも背後から別の足音が聞こえてきたので、猶予は残されていなかった。走って男の横を通り過ぎる時に声が聞こえた。
「Good luck」
声に反応して振り返ると声の主が挙げた右腕に入れられた大きな赤い星のタトゥーが目に付いた。
カリモさんを抱えながらの移動は困難を極め、この街で唯一確保している廃ホテルに着いた時には午後三時を回っていた。部屋に着いてすぐに、カリモさんに着せた上着を脱がしてベッドに寝かせ新しいペットボトルの水で血に染まる身体を流し傷口を確かめた。幸い浅い傷がその殆どを占めていたが数カ所深い傷がありまだ血が流れている。リュックから医療品をまとめた小箱を取り出して、中から医療用ホッチキスを取り出し大きな傷口を塞ぐ。痛いはずだが意識が朦朧としているお陰で難なく傷口を塞げた。そして抗生物質と痛み止めを口に入れ水を流し込むとなんとか飲み込んでくれた。処置を一通り終えると次は、別の部屋のベッドをできるだけ綺麗な状態にしてからカリモさんを移した。カリモさんの次は自分の番だ。血塗れの装備を水で洗い流し血に染まった服を全て着替えた。汚れた物は変えがきかない装備以外は袋に詰めて処分して、ようやくひと段落つきカリモさんが眠るベッドの側に椅子を移動させて腰を下ろした。リュックから取り出しておいたスキットルに残っているウイスキーを一気に口に流し込んで飲み干し、ため息を一つ吐く。その息と一緒に集中力が途切れ、一歩も動けないほどに身体が重たくなった。




