4.変転(1)
いつの間にか寝てしまっていた。腕時計に目をやると、午前四時を表示している。起きておくには長く、眠るには短い困った時間だ。今日自分が取る行動に多少なりとも不安を覚えているのが原因でこんな時間に目覚めてしまったのだろうかと考えるとその小心さに我ながら笑いが出てくる。以前奴らの拠点に侵入した際は無勢とマルがいたので心強さがあったが今回は一人で侵入し、更に人を助け出すとなれば流石にナーバスにもなると自分に言い聞かせた。リュックから取り出したスキットルでウイスキーを一口飲み少しでもリラックスした状態で事に移れるように心を落ち着かせる努力をする。
早々に日課の柔軟体操を行って。装備の確認も終わらせた。腕時計の表示はようやく午前六時を過ぎ、荷物を持ってホテルを後にした。
外に出ると空には雲一つない青空が広がっている。俺としては今日のところは視界が良くない、曇り空か雨が好ましかったがここまできたらそうも言ってはいられなかった。既に陽の光は街に降り注いでいるにも関わらず、少し肌寒さを感じて、日に日に冬が近づいていると思い知らされた。
以前監視に使った事がある工場に到着したのは午前七時を過ぎた頃だった。かれこれ一時間以上、窓から覗き奴らの拠点である中学校を監視を続けている。ちらほらと敷地内を巡回する武装した人間を見かけはするがまだ動き自体はない。奴らの行動が変わっていなければ午前九時を目処に武装した集団の大部分は外に出る。さらに仕掛けて置いた爆発が起きれば更に混乱をきたすだろう。時計は午前八時三十分を表示しているのを確かめて俺は監視を終了して奴らの拠点である中学校に向かう為に工場から出た。ここからは昔も使った道順を使い進む。警戒を強め先を進むが相変わらず敷地周辺にはトラップなども仕掛けられておらず警戒心の無さは変わっていない様だ。敷地を目指して進むがトラックなどの車両の出入りが激しいグラウンド側を大きく迂回する形で校舎側へと移動する。時折奴らの車両がグラウンドから出てきて道路を走ってくるがその都度、辺りの物陰に潜んでやり過ごした。校舎近くに建つ住宅の庭に身を潜めたのは午前九時前と予定していた通りに到着できた。校舎周りには前と変わらず形だけの巡回をする数人警備が居るだけで侵入は容易に出来そうだ。俺が潜む住宅と校舎の間に通る道を頻繁に奴らの車両が通っている。タイミングを見計らい中学校の敷地を囲むフェンスを乗り越えた。物陰に隠れて進むがタイミングが悪いことに近くを奴らの一人が巡回に来た為その場を動く事ができなくなった。時計を確認すると九時少し前を表示しておりいつ爆発が起きてもおかしくない。ようやく警備がその場を離れたので足早に以前侵入した部屋を目指した。部屋の外に着き中を確認すると部屋は変わらず物置のまま触られた気配はなかった。以前訪れた時、帰り際にわざわさま糸を使い鍵を掛けて帰った甲斐があった。以前観たように見様見真似で窓を上下左右に動かすと施錠された鍵が少しずつ動いて直ぐに窓を開けられた。
素早く侵入し、窓を閉める。手にカランビットナイフを握り締め、身を隠しながら廊下側のドアの前で腕時計を見つめてその時が来るのを待った。ドアを開けて手鏡を廊下に出して辺りを見回すが廊下に人の気配は無い。
そしてその時は訪れた。まず最初に大きな爆発音が一つ街に響くとその直後に二度三度と爆発音が続いて鳴り響いた。音を聴いた奴らが次々に扉を開けて外に様子を見に出てきた。数分も経つと校舎内から多くの研究者と数人の警備がグラウンドに出て行ったのを見計らい廊下に出た。まずは中庭の様子を伺うが特別なにもなく、一先ずは胸を撫で下ろした。続けて姿勢を低くし素早く部屋の中を見ながら進む。だが一階部分には奴らが研究に使っているであろう機器が置かれた部屋や、食料が保管された部屋などばかりで捉えられた人はいなかった。仕方なく上に登る階段を見つけ辺りを警戒しながら進む。二階に上がると巡回している警備の姿があった。物陰から様子を伺い人数を確かめたが見える範囲では時計回りに廊下を回る一人だけだ。普段ならやり過ごすところだがグラウンドに出た奴らが、戻ってくるのも時間の問題だ。俺はやり過ごす事を諦めた。
巡回するそいつは身体の前で銃を持ち引き金には指が掛かっていない、その上欠伸をして見るからに注意力散漫に歩いている。俺は反対周りに進み男子トイレに入った。都合よくトイレの入り口にはドアが付けられていない作りの為、容易にトイレの中に引き摺り込める。背負っていたリュックを床に置き、息を押し殺して足音が近くのをじっと待つ。ようやく警備がトイレの前を通ったがそいつはトイレの入り口で身を低くして待っている俺に気づかずにそのまま通り過ぎようとした。そこを背後から襲う、左手で口を塞ぎもう片方の手に持ったナイフで相手の銃のグリップを握った手を何度も切り刻み引き金を引けなくした。塞いだ左手に恐怖と痛みの叫びが振動として伝わってくる。間髪入れずにトイレの個室に引き摺り込む。暴れるのを力尽くで抑え込み、洋式の便器に相手の頭を押し込む、そして躊躇なく手に持ったナイフで首を切り裂いた。驚くほど強い勢いで吹き出した血で、便器の中は一瞬で綺麗な赤で染まり止めどなく血が溢れ出てくる。切り裂いた直後には頭を押さえつけている手に伝わっていた抵抗が次第に弱まり、最後は全身の力が抜けるのを感じた。出血の殆どは便器の中に収まったが跳ね返った血が俺の服の所々についていた。頭を押さえつけていた手を離し掌を眺めるが震えなどは一切無かった。次に死体が肩から掛けていたアサルトライフルのスリングベルトを外して取る。そして自分が持つライフルと一緒に肩に担いだ。その他にも腰に付けたベルトにはマガジンポーチが複数個付いていたのでそれもベルトごと奪い自分の腰に付けた。自問も自戒もする間もなくリュックを背負い先に進んだ。廊下を周り窓から中の様子を伺うが、どの部屋も物資の保管や資料、研究室として使われている部屋ばかりだ。残された三階に行くこうと階段に向かうと途中、部屋の中が見えないように目貼りされた部屋の前を通り掛かった。リュックとライフル二丁を床に置きナイフを握りしめてドアに耳を押し当て中の音を聴くが、何の音聞こえない。少しだけ扉をスライドさせて開けて中を見るが暗くてよく見えない。急いでリュックからライトを出して照らすと室内には鉄格子で囲わられた真ん中で椅子に縛られ項垂れた人の姿が見えた。その周りを計測器などの機械が取り囲む、警戒しながら部屋に入るが部屋には椅子に座る人以外いなかった。
「おい、あんた生きてるか?」
声に反応したのか指が動くのが見えた。俺は鉄格子に近づいてライトで椅子に座る人を照らした。すると急に座ったそいつが顔を上黒目が無い瞳で俺を観て聞き覚えのある嗚咽の様な声を上げた。ライトで照らした身体の赤黒い色は感染した末期患者のそれと同じ色に見える。だが身体のあちこちの肉が削がれ骨が見えており人間だとすれば生きてはいられない姿だ。俺は目を離さないように後退りしながら部屋を出て扉を閉めたが部屋の中からはまだそれの声がしている。リュックを背負いライフル二丁を肩に担いでいる間も変わらず部屋から漏れてくる声にあの夜の声の正体を観たことに気づいた。奴らがこれを使ってどんなことをしているのか不安になるが、今は当初の予定を優先して階段を上がり最上階の三階に向かった。階段に向かった背後からはずっとアレの声が聞こえて背中に冷や汗が流れていた。
三階に上がると不思議な事に廊下を巡回する警備の姿はなかった。部屋を一つ一つ回るとようやく捕まっていると思われる人達を見つけられた。その姿をみて巡回をしていない意味がわかった。部屋には連なる足枷を着けられた人たちが居る。その為、逃走の心配をしていないのだろう。しかし今までのあらゆる雑さから見ると、統制は取れてはいるが軍隊みたいに規律は重んじられていない、または規律事態がないと思われる。それを踏まえると武装している連中は傭兵の類であると思えた。部屋を回って確認すると並んだ三部屋に分けて人を管理しており、この階を警備している奴が一人、別の並んだ一室でくつろいでいた。くつろいでいるそいつの腰には幾つかの鍵が掛けられている。恐らくは足枷の鍵と部屋の鍵だろう。まだカリモさんの姿は確認出来ていないが先に鍵を手に入れる為に荷物とライフルを物陰に隠して鍵の元に向かった。




