3.観戦者(8)
いつもよりも早めに起きて、柔軟体操を終わらせ装備を整えた。マルも既に出発を待ち入り口で待機している。ドアが四回ノックされ開けると男がガウン姿で、ドアの外に立っていた。腕時計を見ると午前六時を表示している、時間ピッタリだ。
「すごいな特技だな」
「慣れればそう難しくもないぞ。まぁ練習次第である程度は誰でも出来る事だ」
鼻にかけない物言いをする男の態度に少し好感度が上がる。
「名称だが、俺のことはおっさん、相棒の犬はマルで呼んでくれ。それと今更だが、あんた名前は?」
「まだ名前を名乗り合う程の仲じゃないんだろ?なら俺のことはロンゲとでも呼んでくれ」
「わかった。それじゃあそろそろ行くとしようか」
ホテルから外に出たら、ちょうど朝日が昇り辺りの街を照らし始めている。ロンゲよりも街の地理にまだ詳しいこともあり俺が先行してその後ろをマルとロンゲが付いてくる形で移動を始めた。出来るだけ大通りを通らない様に進み、途中で小さなスポーツ用品店を見かけたのでロンゲの服を調達する為に店に寄る事にした。スポーツ用品店と言うこともあり、店に置かれた服の多くは運動着だった。ちょうどロンゲのサイズに合いそうなズボンを見つけて手に取りロンゲに見せた。
「誰がそんな短パン履いて行動するんだ?真面目に探せ」
「いや、マラソンランナーが使うぐらいだから移動には適してるだろ?」
「ならお前のズボンを俺が履くからその短パンはお前が履けばいい」
冗談が通じない奴だと諦めて、真面目に探すと良さげなジャージを見つけたのでロンゲに渡す。
「普通の服、あるんじゃねーーかよ。これでこの腐敗臭ともおさらばだな」
そう言うとロンゲはその場で服を脱ぎ捨てジャージに着替えた。あまり大の大人が着る類のジャージではないが髭を剃り、髪を整えれば見れる程度には似合っている。満更でも無さそうなロンゲは店の鏡の前で長々と着こなしを確かめていた。
「アホか、ガキじゃないんだからもう満足しただろ。さっさと行くぞ」
ロンゲは後ろ髪を引かれるようにギリギリまで鏡を見ていたがようやく店の外に出てきた。外で見たロンゲは緑のジャージにまとめた髪に無精髭、その上肩からかけたアサルトライフを構えて街中を闊歩する。一言で言えば変態と言って差し支えのない姿だ。またその光景を平然と受け入れる自分に、人間という生き物の順応性を感じた。
「ここからは更に警戒して進むからな遅れるなよ」
気を引き締める為に言ったが、振り返りジャージ姿のロンゲが格好良く親指を立てて合図する姿がツボに入り笑わずにはいられなかった。
ロンゲの案内の元、ようやく奴らの拠点が見える所に着いたのはホテルを出て二時間ほど経った頃だ。奴らは中学校の敷地にある校舎や体育館を拠点として使っているそうだ。近場に中学校を見渡せそうな窓付きの大きな三階建の工場が建っており、全員で建物に入り三階まで駆け上がった。建物周囲、建物内どちらも人の気配はなかった。窓から敷地内を見渡せるのが確認出来てようやく俺とマルは腰を下ろして一息つけた。しかし、ロンゲはいくら監視を代わると伝えても頑なに自分が観ているといい張り、休もうとはしなかった。
「それで、仲間を助ける何かいい案はあるのか?」
「まぁ、潜入して救う以外ないな。だが奴ら朝の九時ごろになるとほとんどの奴らが偵察に出かけて建物は手薄になるんだ。だから、狙うならその時だな」
目を離さずに話すロンゲ。時計を確認すると、午前八時五分を表示している。
「なら時間潰しついでに昨日の話の続きを聞いてもいいか?」
「まぁ、知ってる事なら答えてやるよ」
「なら失礼して聞かせてもらうか。まず、昨日聞いた話の奴が逃げ出したのはここの中学校でいいんだよな?」
ロンゲは口には出さず頷いて答えた。
「あの場所は何なんだ?目的は?集められた人たちどうなるんだ?」
「まったく慌てん坊だな、一つ一つ聞けないかね。あの場所では海の外から来た奴らが感染の研究をしているんだよ。集められた奴らはモルモットのように使い捨てられてる。武装している奴らは恐らく訓練された集団だ、統率が取れているからなかなか一筋縄じゃいかない。だが校舎の中は数人の警備を除けば研究者のばかりだ。一人で身を隠して行けば何とかなる」
「一人で行くつもりか?」
「そこまで付き合わす訳にはいかないからな」
俺はマルに顔を向けると、マルはいつもの顔で俺を見つめた。そんなマルの頭を一撫でして腹は決まった。
「せっかくここまで来たんだ。残りも手伝ってあんたに貸を作るのも悪くないだろ」
「今の俺に返せる物はないぞ?」
「そこは利子付きで貸しておいてやるよ」
変わらず監視から目を離しはしないロンゲだったが、横から見える口角は確かに上がっていた。
「話は変わるが、奴らの拠点でどんな研究をしてるんだ?」
「正確な事までは分からんな。捕まった奴らは何組かに分けられてそれぞれ別の部屋に詰め込まれているんだが、部屋を出た奴らは二度と戻ってはこなかった。……そう言えば一つ疑問に思った事もあったな」
「なんだその疑問てのは」
「歳を取った人間が何故かいなかったように思う。たまに部屋を出されて廊下を歩くんだが、その時に他の捕えられた奴らの部屋の前を通るもんでザッと目を配らせていたんだ。それこそ千人近くの人が居たと思うが老人やそれに近い年齢層の人間は不思議と見かけなかったな」
要は奴らは年老いた人を除いて集めていた。結局確信めいた事は何一つ分からなかったが、今はそれ以上の情報は出そうにないので話を変えた。
「ロンゲ、お仲間を救ったらその後はどうするつもりなんだ?」
ただの興味本位では無く、万が一ロンゲが俺頼りで計画を立てていては困るため、それを踏まえた質問でもあった。ただこの男に限ってそんな事は無いとも思ってはいたのだが。
「……まだ言えないな。別にあんたを疑う訳じゃないが、これは本当に俺にとっても捕まっている彼らにとっても、生命線になる話だからな。無事その時を迎えたら話してやるよ」
この質問をするまでは、聞いた事を基本的にすんなりと話してくれていたロンゲが隠すというのは余程大事な情報なのだろう。またそれを素直に話してくれたのは、ある程度は信頼してくれているからに他ならない。それらを踏まえればこれ以上の追求は無粋だろう。その後俺はマルの隣に座り、奴らが動き出すその時をただじっと待っていた。
「動き出したぞ」
ロンゲが小声で話しかけてきた。俺が立ち上がると目を閉じていたマルも身体起こして背伸びをしている。
「なら直ぐに出発するか?」
「いや、十分ほど待ってから行動を開始しよう。奴らは一度外に出ると帰ってくるのは大体正午だ。だから慎重に事を進める」
ロンゲの指示に従い出発までの時間を使い再度装備の確認を済ませておく。ライフの装弾、腰につけたナタがホルダーから取り出せるか。そして隠密での行動の為、リュックからカランビットナイフを取り出した。
「おいおい、お前さんそんな物まで持ってるのか?と言うよりもそのナイフ使いこなせるのか?」
時間が来たのだろう。ロンゲは窓から離れて俺が手にしたナイフを見て驚いていた。それもそのはずだ、カランビットナイフは一般人には必要がない上に扱いも難しい代物ときているのだから。
「親族にたまたま使い方を教え込まれただけだ」
「そうか、昔俺も訓練で手にした事があるが、俺には向いていなかったよ。それにしてもたまたま使い方を習うものとは思えないが、……まぁ、そこはあえて聞かないでおこうか。そろそろ出発するぞ」
一々説明をする手間が省けるのはこちらとしても有り難いので、俺はそのまま何も話さずに先に工場の出口にマルと共に向かった。その後ろから小走りでロンゲが追いかけて来て一緒に奴らの拠点へと足を向けた。




