表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世紀末サバイバルライフ  作者: 九路 満
北の地 編
20/54

3.観戦者(7)

 ようやく廃業したラブホテルにつき侵入した形跡がないか建物を一周した。次は鍵が閉まった扉をピッキングで開けて全員で中に入る。内から鍵を閉めてフロントで鍵とそのまま放置されていたガウンを一着とタオルを一枚取り男に渡した。

「今は水をこれしか渡せない、大事に飲んで、その汚い体を綺麗にしてくれ。俺は入って直ぐの部屋にいるから全部終わったらノック四回で知らせてくれればドアを開ける」

 そう伝えてリュックから水を一本取り出して男に投げて渡した。そして足早にマルを連れて部屋に入った。その瞬間、緊張感が切れてしまい、全身から汗が吹き出した。ベッドに腰を下ろしてマスクとゴーグルを外し呼吸を整える。少し落ち着きを取り戻し側で待機するマルの頭を一撫でした。リュックから水を取り出し手でマルに飲ませる。マルが飲み終わると水をリュックに戻して、代わりに小瓶のウイスキーを出し一口飲んで、またリュックに戻した。ベッドに横になると部屋の天井に備え付けられた鏡に自分の姿が映っている。少しふくよかだった昔に比べて輪郭がハッキリと分かる程度に健康的に痩せている。皮肉なもので暴飲暴食を繰り返していた平和だった頃よりも確実に騒動が起きた今の方が体調がいい。

 マルがベッドに登りノックの音よりも早く、あの男が部屋に訪れたことを教えてくれた。ドアを開けるとそこには今まさにノックをしようとしている男が立っていた。

「なんでわかったんだ?」

 眉をひそめる男の質問には答えず、早く中に入る様に促した。洗いはしたのだろうが男からはまだ腐敗した肉の臭いが漂っている。不快感を示しマルは部屋の隅に移動してふて寝を始めた。

「ただのおっさんさん。物騒な物持ってるけどあんたは誰で、目的は何だ?」

 渡したガウンを羽織った長髪の男は部屋に置かれているスロット台の前の椅子に座って俺に問いかけた。

「なら、ガウンを羽織ったおっさん。あんたは何処から来たんだ?まずはそれを聞いてからだ」

 そう答えると男は俺の目を見つめて沈黙が続いた。これはどうしたものかと考えたが、急に男は静かに笑い出した。俺は奇怪な目で男を見た。

「悪かった。あんたが居なかったら逃げ切れたかわからなかった。借りができた、助かったよ」

 男は深々と頭を下げた。

「いや、こっちとしても情報が欲しかったから助けただけだ。だから情報を貰えれば貸し借りは無しでいい」

「情報って言うと、どんな情報だ?」

 頭を上げて俺の目を真っ直ぐに見つめて問いかけてきた。

「なんでもだな。たとえ知っている情報でも俺の情報との擦り合わせができるからな」

「なるほどな、ならまずは基本的な所から。原因が分からない感染が急速に広がって行くうちに何故夜の外出が厳禁になったか、理由はしっているか?」

「最初の頃には分からなかったが、謎の感染を除けば日が暮れてから外出した奴が続々と感染したってラジオで説明していたな」

「それが公にされた話だな。だが完全じゃないんだよその話は。日が暮れると奴らが菌を撒き散らすんだ」

「奴ら?なんだ奴らってのは?」

 男は直ぐには答えず、手に持っている先ほど渡した水を飲んだ。

「自然に起きた事だとしたら、変だと思わないか?なんの前兆も前触れもなく瞬く間にこんな事になるなんて。感染が始まったと思った時には既に日本全土に広がってるなんて都合がいいだろ?」

「まさか人為的とでも言うのか?」

「そのまさかなんだよ。感染したら最後、即座に思考障害が起きてまともな判断ができなくなる。その後は全身の穴から出血し始め、末期になると全身が赤黒く変色する。最初は空気感染や接触感染も疑われたが、それを否定するデータしかでない、それなのに夜に外に出て居ない奴らの間にも感染が広まり始めた。要するに撒き散らす何かが居たんだよ。まるで出来の悪いB級映画の設定にありそうな展開だろ」

 この話を聞いて突拍子も無いと考えつつも、数ヶ月前の恐怖を思い出した。たまたま通り掛かった地下水路で人の声の様なものが聞こえたので、様子を見にマルと二人で複雑な水路を進んだら出口を見失ってしまい一晩を地下水路で過ごした。人の声と思っていたのは近づけば近づくほど人でない嗚咽の様な何かに変わっていき、俺とマルは必死に一晩中出口を探して走り回った。そしてようやく外に出た時には朝になっていた。思い出しても身震いする経験だった。

「それを見たのか?」

「いいや、何かを撒き散らす奴を撒き散らした奴らに話を聞いたんだ」

「複雑な物言いだな、結局何を言いたいんだよ?」

「急かすねーー。まぁ、結局これは自然発生した感染じゃなく、生物兵器を用いてのバイオテロだったって話しだ」

 あまりに荒唐無稽な話に頭の整理が追いつかない。気持ちを落ち着かせる為にもリュックからウイスキーを出して一口飲んだ。そして物欲しそうにこちらを見つめる男に分けるために、部屋に残された来客用のグラフを壊れた冷蔵庫の中から取り、埃を払って注ぎ入れたグラスを男に手渡すと、男は待ってましたとばかりに一息に酒を飲み干した。それを見てもう一度グラスにウイスキーを注ぎ元の場所であるベッドに戻り座った。

「その、感染源をばら撒いたってのはロシアなのか?何の目的でこんな事してるんだ?」

「なんでロシアだと思ったんだ?」

「偶然見かけた奴がロシア産のタバコを捨ててたからだ」

「なるほどな、確かにここいらにはロシアの奴らがいるな。だが俺たちが捕まえた奴ってのは中国人だったんだぜ?まぁそれも九州での話だけどな」

 ますます混乱をきたす話に頭を抱えてため息が出る。それを見かねた男は一つの物語を話し出した。

「これはどっかの誰かの話だ、そいつは北の土地で感染が広がってた時、九州のとある駐屯地に居た。そいつの部隊は国からの特命を受けて密航して来た奴らを捕えたそうだ。尋問してみたら、密航者は中国人で依頼された物を持ち込んで地下水路に放ちに来たと話し出した。俺たちが捕まえた時には既にそれは地下水路に放された後でその時はそれを見れなかったそうだ」

「その密航者達は誰に雇われたんだ?」

「そこまでの情報を得る時間はなかった。尋問がまともにできたのは少ない時間だけで瞬く間に密航者は例の感染で死んだからな。その後そいつの部隊は感染の情報を集める為に本州最北の地で諜報活動等の任務に就いたが、所属不明の部隊の襲撃に合い部隊が散り散りになった所を捕えられて北の地に連れて来られましたとさ」

「それで結局は誰の、何の目的かはわからないってことか」

「まぁそうなるな、ただ俺は国家の侵略ってよりも特定の目的を持った集団の仕業だと思うがな」

「何でだ?」

「俺が耳にした情報が正しければ、世界でこれが広がってるらしいからだよ」

 一気に話した男は一息ついてグラスのウイスキーを口に含んだ。

「まさに世紀末だな。それで、そいつは何処から逃げてきたんだ?」

「いや、今日はこのぐらいにしておけよ。頭がついてきてないだろ。話の続きは明日帰ってきたらしてやるよ」

「何処かに行くのか?」

「一緒に逃げた奴らをほっとけないからな。出来るなら助けてやりたいんだよ」

 出会ってまだ間もないがこの男の根にある優しさを垣間見た。

「なら手伝ってやるから道すがら教えてくれ。それとまずはその気色の悪い服装をどうにかしないとな」

 男は自分の服装を見て鼻で笑った。

「助かるよ。なら明朝、マルロクマルマルに出発するからそのつもりでな」

「出発をか?あんた時計なんて持っていないだろ?」

「フタヒトフタマル」

 男はそれだけ言い残すとドアを開けて部屋を出て行った。俺は腕時計に目をやると、時計は午後九時二十分を表示していた。少なくとも俺があの男と会ってから時間は一度も伝えていない。時折俺の時計を見ていたのか、それとも類い稀な体内時計の持ち主かはわからないが、今日見た動きも含めて優れた人物である事に疑いの余地はなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ