1.ニューライフ(2)
目的地のホームセンターを目前にしたがすぐには向かわない、まずは周囲を見渡しホームセンターの敷地を監視できる場所を探す。条件は大まかに三つほど、一つは周囲の安全が確保されている事、二つ目は高い位置から監視できること、三つ目が何より優先される、衛生的な場所である事だ。
ちょうど条件を満たしていそうな小柄な二階建て住宅を見つけた。庭などがない建ぺい率ギリギリで建てたであろう現代的な佇まい。それに加えて玄関や窓が開けられた形跡がない。つまり外部からの侵入者はいないということだ。大通りから死角になる裏手に回りこみ窓ガラスにウエストポーチから取り出したガムテープを貼り付ける。こんなご時世にご丁寧にと思われそうだがそうではない。ガラスを割るポイントにしっかりと貼り付けておけば室内にガラスが飛び散らずに足を守れるからだ。近くに落ちていた石でガラスを割り鍵を外し窓を開け室内を見渡した。マルに合図を出し、建物内の最終安全確認をお願いする。建物に入る時はいつもの手順を踏まえる。無事戻ってきたマルの頭を一撫で、ついでに尻のポケットに入れているマル用の一口ジャーキーを与えて労う。
「お邪魔します」
人様の家に入るのだから、良識ある現代人らしくご挨拶ぐらいはする。本当は靴も脱ぎたいが、いざ何かが起こった際にコンバットブーツを履く時間は恐らくないだろうから許してほしい。部屋は綺麗に片付けられているのを見るにこの家の住人達は大分早い段階で危険を察知してこの街を離れたのだろう。戸締りも忘れず、またここに戻り日常を送ると疑わずに。そう思うとこの家から何かを持ちだすと惨めな気になりそうで目的だけ果たすことにした。二階へと上がり外から見えたホームセンターを目視出来る部屋へと入り、隠れながらホームセンターの敷地内を見た。今の所人影は無さそうだ。左手につけたミリタリーウォッチは午前十時を表示している。ライフルを立てかけ、リュックを下ろしゴーグルとマスクを外し、ホームセンターの監視を続けた。マルは慣れ親しんだこの時間を休息に充て、静かに時間だけが過ぎた。
狩はじいちゃんに教えてもらった。いや、狩だけでなく今、生きるのに活用している大半のものをだろう。厳しい所や見習えない所も多い人だったがこの状況下に置いては感謝しかない。そんなじいちゃんに教わった一つが待つことだ。あれは狩を始めてまだ日が浅い頃、じいちゃんを連れて山に入った時のことだ。恐らく四、五時間ほど山を彷徨って獲物を探し回ったが何も見つけられなかった。今日はついてないとじいちゃんに愚痴を溢すと。
「お前は何を探して歩き回ってるんだ?」
「何って獲物だよ、それ以外ないだろ」
「獲物ってのは、ウサギか狐か猪か?それか鹿や熊か?」
「それ全部いれて獲物だろ」
溜息をついたじいちゃんが俺の頭にゲンコツを振り下ろしてあまりの痛さに俺は座り込んだ。
「馬鹿タレが、命をなんだと思ってる。なんでもいいから頂きますなんてお前は神様にでもなったんか、ワシらは他のお命頂いて生きながらえさせてもらってるのを忘れるな」
いちいちもっともな説教に俺は怒りどころかぐうの音も出なかった。そんな様子を見たじいちゃんはまた口を開いた。
「それに生き物ならわんさか居るだろう」
そう言うとじいちゃんは俺を連れて周囲を回り地面を指差した。
「ほら見ろ。こりゃ鹿だな、足跡からしてついさっきまでここに居てワシらのことを見てたんだろうな」
「全然気づかなかった、じいちゃんは気づいてたの」
「いや、人間は安全な生活を長く続けすぎてそういった感覚を失ってる。だが適者生存を生き抜いてきた野生は違う、そういった能力を駆使して生きてきたんだからな」
「じゃあどうやってみんな狩ってるんだよ」
「そりゃあ人それぞれだが、ワシの場合はまず獲物を決め、痕跡を探す、そして自然に溶け込み、ただただ待つのみだな。野生の動物は物音は勿論、殺気にも頗る敏感だ、がさつに山に入り殺気を放って歩き回ればそりゃあ警戒されて当たり前だ」
「わかってたなら教えてくれたらいいのに」
「何事もまずはやってみろ、そこから学ぶんだ。聞いてるだけでは覚えることは出来るが何も学べないだろ。今時はインターネットやら何やらでボタン一つですぐに答えを調べられる。だが大事なことは何かをちゃんと自分で考えられる人間になれ」
時計の表示は午後一時になった。監視時間はおよそ三時間、その間目的地周辺、及び敷地内に怪しい動き無し。よって監視を終了だ。リュックを背負い立てかけたライフルを肩にかけ準備を整える、口笛を吹きマルを起こす。
「移動するぞ」
寝起きのマルは大きな欠伸をしながらこれでもかと背伸びした。あまりに可愛かったので意味もなく頭を一撫で、一階へと移動し玄関の鍵を開けた、念の為、覗き穴から周囲を確認し外に出た。注意を払いつつホームセンターの敷地の入り口まで移動し腰のナタを手に取った。
「後ろを頼んだぞマル」
姿勢を低くし敷地内に入った。駐車場にはカートが散乱している。入り口の自動ドアは割られており店内にガラスが飛び散っていた。俺は周囲を警戒しながら足でガラスを除けてマルが通れる道を作った。物音一つしない店内に床の上を擦れるガラスの音がよく響く。
広い場所やすぐに助けに行けない場所では、マル単体での探索はさせない。イレギュラー時に助けられる可能が著しく下がるからだ。普段よりも注意力を高めるがそれに伴い恐怖心も大きくなってくる。手袋の中、掌に汗が滲むのを感じるが革製の手袋のお陰でナタを手から滑り落とす事はない。天井から吊るされたコーナー案内に目をやりまずはペットコーナーへ向かう、コンビニの食料コーナーとは対照的にビッシリと棚に並べられたドックフードから状況の深刻さと残酷さを教えられる。マルお気に入りのドックフードを探して棚を確認していると先に見つけたマルが袋を咥えて俺に見せる。棚一杯の種類からこんなに早く見つけるとは感心する。持ってきたリュックに二袋詰め、残りを手前にずらして棚を整える。出来るだけ痕跡を残したくないからだ。ついでにジャーキーも二袋リュックに入れた。次は灯油だ、これがなかなかに面倒だがこれからの季節これがなくては凍死してしまう。まずは店舗、備え付けの台車を取りに行く。店の至る所に置いてあるからすぐに見つかった。次にポリタンクだ。あまり大きい物だと持ち運びするのが大変なので十リットルのものを二つ台車に乗せ外の給油所へ向かう。途中マスクコーナーに通りかかりついでに防毒マスクの吸収缶とフィルターをいくつかこれまた背中のリュックへ入れた。詰め過ぎたか、目一杯膨らんだリュックを背負うと流石に重い。
給油所に着き計測器の鍵を壊して扉を開けると中にクランが掛けられていたので探しに行く手間が省けて助かった。クランを穴に差し込み、ノズルをポリタンクに突っ込む、そしてクランを回すのだが、これがなかなかに重たい。電力のお陰でスイッチ一つ押すと大量に汲み上げてくれる生活が当たり前過ぎて何も考えていなかったが、なくなってその有…り難みに気づく。懸命に回してもノズルの先から出てくる灯油は少量づつ、この調子だとあと二十分ほどかかりそうだ。ナタは近くの地面に置き、流石にゴーグルとマスクは外した。
「おーい、変わるか?」
マルは見向きもせず日陰で昼寝のようだ。
約二十分掛けてようやくポリタンク二つを満タンに出来た。汗を手で拭うが、拭ったそばから次々と汗が湧き出てくる。日陰で昼寝をするマルの横に座り込み呼吸を整える。
「まったく優雅にお昼寝とはいいご身分だな、…まぁ普段から随分お前に助けられてるから、持ちつ持たれつ、だな」
横になるマルの白い毛を手でなぞる、心地良いかぜが柔らかい毛を靡かせた。少し休み体力を回復できたので帰り支度をはじめた。準備がちょうど終わる頃にマルも昼寝を終えて側に来た。移動時はいつも腰のホルダーに戻しているナタだがポリタンクを積んだ台車の上にいつでも使えるように出しておいた。荒れたコンクリートの上を荷台が通ると酷く揺れるので紐で固定済みだ。時計の表示は午後三時、日が落ちる前に帰れることを確認して帰路についた。