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世紀末サバイバルライフ  作者: 九路 満
北の地 編
19/54

3.観戦者(6)

 長い坂道を歩き葉山さんの家に向かう。昨日の男が言った事が気に掛かり隣街を観たくなったからだ。葉山さんは奥さんと共に感染が発生してまもなく東京の娘さんの元に行くと言って街を離れたのだが、もうすでに三、四ヶ月は経っている。出掛けに何か困ったら使えと家の鍵を渡されたのが最後だった。頂上にある葉山さんの家に着き、隣街が見える場所を目指してヤブを進んだ。気がつけば以前葉山さんに案内された開けた場所に出た。リュックから双眼鏡を出して隣街を見下ろせるポイントまで移動する。街を眺めると衝突音がこだまし、その少し後に黒煙が立ち昇った。双眼鏡を覗いてその発生元を探すと、トラック同士が衝突しており、そのエンジンから黒煙が上がっている。

 昨日の男と同じ病衣を着た数人の集団が片方のトラックの荷台や運転席から飛び出し散り散りに走り始めた。もう一方のトラックからは昨日男を射殺した奴と同じ装いをした連中が降りてきて銃を手に持ち統制の取れた動きで病衣の人達を追いかけ回している。どうやら隣街から現れた奴らはまともな奴らでは無さそうだ。続けて奴らの様子を伺っていると一人の病衣を着た長髪の男が丸腰ながら、上手く相手の虚を突き武装した奴らの一人を締め落とし近くの建物へひきずりこんだ。その他にも各所で逃げ切れなかった病衣の人達が最後の抵抗か奴らに襲いかかっていた。しかしその多くが奴らに射殺された。殺されなかった者たちは新たに現れたトラックの荷台に押し込められ連れて行かれた。奴らの内の数人が現場に残り周囲の建物をしらみつぶしに探している。見間違いでなければ病衣を着た人の生き残りは最初に唯一奴らを倒していた長髪の男だけだ。その彼は入った建物から出てきた気配が無い。

 双眼鏡から目を離しマルに目をやるといつものようにマルが真っ直ぐに目を見返してくる。少しの間目を閉じて思考をまとめて、痒くも無い頭を掻きむしる。

「マル、行くぞ」

 声をかけるとそばで横になっていたマルは身体を起こして付いてきた。今から現場に向かえば少なくとも二時間ほどかかる為、彼が生きている保証などどこにも無いが、それを踏まえて道無き山道をかき分けて隣街を目指した。


 山道をようやく抜けて街の郊外に着いた時には、立ち昇っていた黒煙は見えなくなっていた。マルの身体には木の葉に蜘蛛の巣とゴミが至る所に付いて取るのに苦労する。

「帰ったら綺麗にしてやるから、今は我慢してくれ」

 ある程度ゴミを取り終わり先に進もうとすると、マルが少し不満そうにしていたが、気に留めずに目的の場所を目指して移動を再開した。先行する俺のすぐ背後をマルが付いてくる形で移動を進めた。目的地である事故現場周辺に差し掛かった時、曲がり角の寸前でマルが俺の服の裾を噛んで俺の前進を止めた。その意図を察して近くの乗り捨てられた車の下にマルと共に入り、ライフルを構えて安全装置を外して息を殺した。

 すぐに足音と共に二人分の足が曲がり角から現れた。二人は談笑しているのか、時折笑いながら警戒心なく歩いている。耳を澄まして会話を拾おうとしたが、驚いた事に日本語ではない。そして英語でもない。奴らは俺たちが隠れている車の側で吸い殻を捨て足で踏みつけて火を消すと来た道を戻って行く。引き金にかけた指を外しゆっくりと安全装置をかけた。奴らが姿を消した後にもマルの耳は頻繁に動き周囲の音を拾ってくれている。気配がなくなりゆっくりと車の下から出て、ウエストポーチから出した手鏡で曲がり角の先を反射させて確認したが、先ほどの連中の姿は無かった。捨てられたタバコを拾い、吸い殻を眺めると特徴的なフィルターに見覚えがありロシア産のタバコであるとわかった。拠点に集めたタバコがこんな形で役に立つとは思いもしなかった。これらを踏まえて考えるとあの二人組はロシア人で間違い無さそうだ。俺は拾い上げた吸い殻を元の場所に戻してまた先に進んだ。

 上から見られたおかげで、進むルートを迷わずに決められた。奴らが来た道の途中からは建物の敷地を通ることで、奴らが捜索に使う大通りを避けて進む事ができた。時々気配を察したマルに服の裾を咥えられては隠れてを繰り返してようやく目的地である長髪の男が隠れた建物に着いた。山頂からはわからなかったが彼が隠れた建物は精肉店だった。通りに気を配り店内の様子を伺うが、入り口からでもわかるほどに店内には腐敗した肉の悪臭が充満している。さすがのマルもこの臭いにはお手上げなようで近くのスポーツカーの狭い車体の下に隠れさせた。さすがの奴らも人が入らない場所までは見ないだろう。マルを隠れさせ腰のナタを手に、一人で精肉店の中へ入った。中に入ると一段と鼻をつく臭いはキツくなった。防毒マスク越しでこの臭いなら何もつけていなかった長髪の男は更にキツいはずだ。暗く狭い店内での競泳用ゴーグルは視界が保てずにリスクを感じた。大きなショーケースには大量に腐った肉が山の様に積み上げられ、ウジが湧いてまるで地獄絵図のようだった。ショーケースを背に奥に進むと肉を加工する機械が部屋に並べられている、恐らくは作業部屋だ。

「動くな、動いたら撃つ」

 後頭部に小さい何かを押し付けられた。言葉からそれが銃口であることは直ぐに分かった。ここで選択肢が二つに分かれる。一つは手を挙げる振りをして銃口をずらして振り返り反撃、これには撃たれるリスクがある。二つ目は言う通りに動かずに従う。俺が選んだのは、ゆっくりと手を挙げるだ。

「あんた、さっき奴らから逃げた人だよな?」

 動揺したのか、突きつけられていた銃口が緩んだのを見計らいナタを手放して銃口から頭をずらす。そして男の方に振り返り引き金を引けないように、指を引き金の隙間に差し込んだ。長髪の男は頭を後ろに逸らして頭突きの体勢をとった。

「待て待て待て。敵じゃ無い」

 小声を心がけていたがつい声高に話してしまう。男は逸らした頭を元に戻して奥に行けと顎で合図を送ってきた。男の身体には腐敗した肉があちこちにつき強烈な臭いがした。引き金に挟んだ指を抜き、床に落ちたナタを拾って男の指示する奥の作業部屋へと移った。部屋に入ると表からは見えない部屋の隅には首が折られて動かない奴らの一人が横たわっている。

「あれ、あんたがやったのか?」

「見てたんなら察しはつくだろ」

 そりゃあそうだと思いそれ以上この事には触れなかった。長髪の男は続けて話をする。

「それで、あんたは誰なのよ?水泳のゴーグルが似合う人」

 小馬鹿にされているのは直ぐに分かったが一々反応は返さなかった。男は近場に置いてある肉を縛る為の紐を適当な所で切るとその紐を使い髪の毛を後ろでまとめた。髪の毛に隠れて分からなかったが歳のほどは三十前後で、無精髭こそ生えているが端整な顔立ちをしている。

「俺はただの隣町の住人のおっさんだ。あんたこそ誰なんだ?」

「なら俺は本土から来たおっさんって事にしとくか。悪いが、今はここを離れるのが先決だろ?」

 残念ながらその意見には同意せざるを得ない。

「近くに潰れたホテルがある。そこに場所を移すから付いてこい」

 男は頷いてアサルトライフルを肩にかけた。先行した俺の後ろを男が付いてくる。今知り合った他人に背中を晒すのはある意味命懸けだが、背に腹はかえられないこともあり、この場からの離脱を何よりも優先した。表に出てマルに合図を送り呼び寄せるが長髪の男を警戒している様子だ。男はマルを見て驚いた様子を見せたが何よりもこの場所からの離脱が先決だったのでそこには触れなかった、躊躇しているマルにもう一度合図を出すとようやく側に来た。だが男への警戒は緩めないままだ。さすがは俺の相棒などと思いながらも移動を始める前に男に忠告をする。

「とりあえず余計な事はするなよ。戦闘は最終手段だ。殺すと色々厄介だからな」

「わかってるよ。誰も好き好んで殺しなんてしやしないさ」

 信用など出来るはずもないが、今はその言葉を頼りにするしかないと諦めて、目的地である廃業したホテルを目指し歩を進めた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 追って読んでるところですが、ラノベの文書ではなく、物書きの基礎を学んだ方なのかな?ここの小説読んでる人は読みにくいかも、この段階でアクション要素やゾンビが主に出てこないから、あんまり得意なテ…
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