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世紀末サバイバルライフ  作者: 九路 満
北の地 編
18/54

3.観戦者(5)

 ホテルに帰って来て、もうすぐ二、三時間ほど経つだろうか。恐らく外はもうそろそろ暗闇に覆われている頃だろう。持参した鯖の缶詰を夕飯として食べながら、ベッドの上に横になる。昔の自分が今の自分姿を見たらきっと大声で怒鳴っていただろう。靴を履いたままベッドの上にのり、更には缶詰を食べながら寝床で横になるなんて、布団が汚れる危険性を多分に含んだこんな行為、俺だけでなく多くの日本人にとっては受け入れられない姿のはずだ。それだけ今の環境に慣れてしまったのかと複雑な気持ちに包まれる。

 夕飯を食べ終わりスキットルのウイスキーを嗜み明日の緊張を少しでもほぐす。よくあるありふれた映画の様に、最後は全て丸く収まる展開を妄想しながらも、自分は映画に登場するような超人では無いことを思い知らされる。最大の目的でもあり最低限の成果としてカリモさんの救出だけは決定事項だろう。その難易度をわかっているだけに頭が痛い。

 あれはたしか半年以上前、感染病の流行の波が収まった頃だったか、北の大地の更に端に位置するこの街に奴らが現れたのは。何台ものトラックで連なり奴らは何も無いはずの海岸から現れたって話だった。あの頃の事はまだ鮮明に覚えている。


「マル、そろそろ出かけるぞ」

 二人きりの生活にも少しずつ慣れて来た、しかしまだ数ヶ月だというのにもう人恋しい気持ちが出てきている。そんなおれの不安を感じ取ってか執拗に身体を足に擦り付けるマル。そんな気遣いに救われる日々を過ごしている。

 階段を上がり床下扉を少し開き辺りを見回し、問題がないかを確かめる。マルを先行させ一、二階に異変がないかを確かめてもらい何もなければマルに続いて一階に出る。この場所は一月ほど前にたまたま見つけた完成間近の住宅だが、とても重宝している。それもあり当面はこの場所を棲家に行動すると決めていた。そのため外出する際と、帰宅時の両方に気を使う。感染が広まり多くの人が亡くなった。だが少ないながら生き残れた人もいた。しかし、生き残った人は隣街から救援に来たトラックに乗り、より物資が豊富で国からの支援が得やすい隣街に移動した。その為、今やこの町に滞在しているのは俺とマルの二人になってしまった。隣街からの迎えが来た時に俺はマルを連れて身を隠していた。救援された後に向かう場所はどうせ管理された生活を強要されるに決まっているからだ。俺は人に管理された生活なんて送りたくはなかった。

 表に出ると静寂が広がっている。奇妙なことに感染が広がる少し前から鳥類はおろか、猪や鹿など野生動物を見かけなくなっていた。その理由が分かったのは感染が広かった後だった。ペットとして飼われていた動物達が次々に死に始めたのだ。恐らく感染が動物にも広がったのだろう。野生の生き物はその危険をいち早く察知したのだろう。今日は町と街を繋ぐ道沿いに広がる農園の探索に向かう。上手くいけば以前栽培していた作物が今も収穫できるかもしれない。

 冬が過ぎて日の光の温もりをようやく感じ取れる季節になってきた。おかげで外出時、寒さに凍えないのは助かるが別の問題も発生し始める。雪と氷のおかげで免れていた腐敗が急激に加速する事だ。既に近場のスーパーの生鮮食品コーナーは腐敗した悪臭と湧いた虫が辺りを飛び回る酷い有様になっている。その為これからの季節の食糧の保管には気を揉みそうだ。

 農園にたどり着くと、所々潰れてしまったビニールハウスが何棟か目に入った。恐らく冬場の雪の重みで押しつぶされてしまったのだろう。周囲に気をつけながらビニールハウスの周りから中に作物が残っていないか確かめながら歩き回る。運良く幾つかの葉野菜が手に入り喜んでいると耳に微かにエンジン音が聞こえた。ビニールハウスの側には隣街に通じる道が通っていることもあり、マルと共に潰れたビニールハウスの陰に隠れて道の様子を伺う。目を凝らすと隣街の方角から誰かが走って来るのが見える。マルをその場に待機させて、物陰を移動しながらもっと見やすい場所に移動した。ようやく確認出来てまじましとその姿を見ると、至る所に血が付いている病衣を着た小太りな中年男性が必死に走っていた。その後方五十メートルほど離れた所からトラックがゆっくりと付いてきている。トラックの運転席部分の屋根には昔見た映画に出ていた様な全身を黒い生地の衣服やフェイスマスクを付けた人がライフルらしき物を構えて逃げる男を狙っている。次の瞬間、乾いた破裂音が響いたと思ったら走って逃げていた男が前のめりに倒れていた。男は這いずりながらも前に進もうとしている。しかし、次に銃声が響いた時を最後に男は動かなくなった。それを遠くから確かめたトラックはその場でUターンをして街の方角へと消えていった。

 数分ほどその場に留まりトラックが帰って来ないか警戒をした。そして耳を済ませながら動かなくなった男の元に向かい、少し離れた場所で止まる。

「生きてるか?」

 そんな筈はないと思いながらも声をかけた。

「……い。……いたい」

 驚いた。まだ生きていたのだ。しかし撃ち抜かれた傷跡からは止めどなく血が流れていた。それを見てもう助からないのは分かりきっている。俺は決断をした。リュックやウエストポーチ、ライフルに腰のナタをホルダーごと外してマルが待機する場所に置き、リュックからビニール袋と薬品をまとめた小箱を取り出し、数種類あるアンプルの中からモルヒネと、注射器を取り出して男の元に向かった。今モルヒネを打っても効果が現れる前に亡くなる可能性も十分あるが、ここで会ったのも何かの縁と思い貴重な薬品を使うことにした。

「今から注射を打つ、少し痛むからな」

 男は力なく頷いた。本で学んだ程度の知識では静脈に針を打つことなど出来ず、効果が出るまで時間がかかる皮下注射を行った。

「一人に……しない、で」

「心配いらない、ここに居る。あんた前に町で見かけた事があるよ。この町の人間は隣街にいったんだろ?何があったんだ?」

「あ、あいつら、……悪魔だ」

 辛い筈だが搾り出す様に話してくれた。薬が効き始めたのか、その時が訪れるからなのか、男の意識が混濁している。

「今日は……かぁちゃんのカレ、えか……。……あぁ、し、死んだんだった、な……かあちゃ……」

 彼の瞳には涙が溢れてた。傷から大量に流れ出てできた血溜まりに一粒だけ零れ落ちた涙が小さな波紋を作り、彼の死を教えてくれた。最後には痛みが無かった事を祈るぐらいしか俺にはできなかった。血溜まりに立つ俺の靴底には血がこべりついているので、靴を脱ぎ血が付かない場所を探し足を伸ばした。血が付いた靴と手袋をビニール袋に入れて口を縛った。マルの元に戻ると心配そうに俺の顔を見つめるマルの頭を撫でてやりたかったが血に触れた事もあり今は辞めておいた。ビニール袋をリュックのショルダー部分に結び付け、この日はこれ以上の行動を諦め帰路についた。


 靴を履いていないので、足元に注意を払って移動した。その為、拠点までは大幅に時間を要してしまい日が沈みかけている。なんとか日没までに地下室のある拠点に戻ることができ胸を撫で下ろした。建物に入る前にパンツを含む全ての衣服を新しく出したビニール袋に入れリュックに結び付けた分とまとめて近場のゴミ捨てボックスに捨てた。競泳用ゴーグルに防毒マスクをし、肩にライフルを担ぎ、腰にはナタをぶら下げ、果てには全裸。世が世なら閉鎖病棟への片道切符を渡される姿である事は自分でも分かっていた。その為、逃げるように地下室に戻った。地下室に戻ると入念に身体を拭いた。マルの身体も同じように洗い。そして拭いたタオルもビニール袋に入れ、桶の水と共に外に捨てた。全てを終えてドッと疲れが身体を重くした。マルの餌入れに一番のお気に入りの餌を入れるとマルは喜んで食べ始めた。そして部屋の隅に置いたビールを一本取りクッションに座りようやく一息つく事ができた。ぬるいビールを一口飲み翌日にすべき事を考えてため息が出た。

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