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世紀末サバイバルライフ  作者: 九路 満
北の地 編
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2.別れ道(6)

 住民たちが行き交い騒々しかったであろう町役場内には、外の吹き荒れる雨風がドアや窓、建物の壁を打ち付ける音だけが響いている。それがより侘しさを際立たせた。

 衣服から滴る水滴が廊下に水溜りを作っていた。先行して目的の部屋に警戒しながら向かう。役場内は特に荒らされた様子もなく、前に荷物を運び入れた時から変わっていなかった。目的の扉の鍵を開けると地下へと続く階段が現れた。リュックから取り出したライトで照らして階段を降りると更に施錠された扉に行き着く。その扉を開けるとようやく目的地に着いた。町役場が資料室に使っていた地下室だ。

 鍵を閉めて部屋の隅にまとめた物資からランタンを取り出して部屋を照らした。明かりに照らされた全員が雨でずぶ濡れになっていたので山巣と少女にバスタオルと毛布を手渡した。

「風邪引くから服を脱いで身体を拭け。あと濡れた服は絞って適当にそこら辺に掛けて干しておけ、あともう会話しても大丈夫だが声は抑えてな」

「わかりました。あの、……何から何まですいません」

「こんな時はありがとうでいいんだよ」

「ありがとうございます。おじさん」

 自分でおっさんと言った手前仕方がないのだろうが、おっさんとおじさんではニュアンス的に、より年寄り呼ばわりされた気分になると思い知った。

「おじさん、じゃなくておっさんにしてくれ」

「おっさんは恩人には言い難いですよ。……それじゃあ、おっちゃんはどうですか?」

「まぁ、それなら。あとその畏まった話し方もやめてくれ、身体がむず痒くなる。……今から俺とマルは建物内を見回ってくるから俺たちが出たら鍵を閉めろ。帰ってくるまで部屋を出るなよ」

 頷く二人を残してマルと共に部屋を後にした。


 町役場にしては立派な三階建の建物がこの町が潤っていたことを物語っている。まだ真新しいこの建物がこうも早くお役御免になるなんて、建てている時は誰も考えもしなかっただろうに。

 町長室の札が掛かった部屋にも鍵が掛けられていたがピッキング道具を持っていたおかげで難なく入れた。部屋に入るとそんじょそこらの市長室なんて比較にならない程、豪華な机に、高そうなソファ、恐らく著名な画家の絵画。まさにこの町を象徴したような部屋だ。聞いた話によると周辺の市長どころか、知事でさえこの町の町長には頭が上がらないなんて話があった。この町の町長は長年に渡って勤め上げ企業を誘致したが噂を聞く限りでは清廉潔白な人物ではないだろう。完全に日が落ち部屋はライトの明かりだけが照らしている、明るい一部を除けば暗闇が部屋を覆っていた。

 建物内に特に問題はなく濡れた服が身体から熱を奪ったせいでやけに寒さを感じたので足速にマルと地下室に帰った。

 地下室の扉を開けると部屋の隅で毛布に包まる二人の姿があった。

「おかえりなさ、……おかえり」

 山巣は賢い奴だ。

「あぁ、腹は空いてるか?」

 申し訳無さそうに頷く二人に、運び入れておいた段ボールから適当に缶詰を取り出して手渡して食べる様に促すと余程お腹が空いていたのだろう、夢中で食べ始めた。俺とマルはそれを横目に濡れた身体を拭き服を乾かし、物資の中から適当に選んだ服に着替えた。山巣と少女にも適当に見繕った服を渡した。

「お嬢ちゃんサイズの服は流石に無いからブカブカだが、我慢してくれ」

 俺の心配を他所にブカブカの服に着替えた少女はなにが楽しいのかクルクルとその場で回って喜んでいた。だが山巣に促されて食事に戻った。

 少しすると腹を満たして安心したのか、はたまた疲れが出たのか、またはその両方か。うとうとし始めた少女は山巣の太ももを枕に寝初めた。山巣はそれを優しく見つめていた。俺は少女が寝入ったのを確かめて山巣に話しかけた。

「山巣、お前たちは何処から何をしにこの町に来たんだ?」

「何処から話せばいいのか……、まず僕の事を話すと、始まりは一年ほど前の感染だけど、おっちゃん感染の事、何処まで知ってるの?」

「防疫対策も役に立たず、全国に感染が広がった。それをラジオで聞いたのが最後だな」

「そっか、こんな北の果てならそうだよな。その続きは簡単に話せるよ。本土を含め全国の全ての地域でライフラインは止まって警察や自衛隊も感染が広まって壊滅したんだ」

 暗い顔で遠くを見つめながら話をする山巣の目には堪えている涙が溜まっているのがライトの光で反射している。言葉に詰まる山巣をそっとしておき、運び入れておいた物資の中からガスコンロとヤカン、コップを二つ取り出して湯が湧くのを静かに待った。

 落ち着きを取り戻した山巣が話を再開しようとするのを静止して、沸いたお湯でインスタントコーヒーを入れて渡した。

「熱いから気をつけて飲め」

 一度止まったはずの涙が溢れ出すのを服の袖で拭う姿を見ないように俺はいれたてのコーヒーを口にした。

「コーヒーなんてこんな事になってから初めて飲んだ」

 まだ赤い瞳の山巣が冷ましながらゆっくりとコーヒーを飲むのをみて少しほっとした。人付き合いが苦手なこともあり他人が側で涙することなんて、なかったのでどう反応すればいいのかがわからなかったからだ。

「国外からの支援はなかったのか?」

「たぶん。僕が知っている限りはだけど」

 聞いておきながらそうだろうとは思っていた。誰が好き好んで未知のウイルスが蔓延している国に即時支援なんてするだろうか。そう、それが国としての対応だろう。だが何処にでも気狂いした輩はいる、そんな連中は火事場泥棒の心理でしてはならないことを平然とする。理性や良識、常識さえも通じやしない。その典型が隣の街を根城にする狂ったあいつらだ。

「何でこの町に来たんだ?それに隣街で問題に合わなかったのか?」

「問題?普通に通って来れたけど。この町に来たのは、この町に住んでた葉山さんの提案だよ」

「葉山?……葉山って人は何処にいるんだ?」

「何処って、ショッピングセンターに来たあいつらに連れて行かれたよ」

「葉山の下の名前は何て言うんだ?」

「えっと、……確か、カリモさんだよ」

 その名前を聞いて合点がいった。写真でしか見たことがなくその写真さえ学生時代の物だった為気づかなかったが、奴らに連れて行かれた面長の女性は葉山さんの娘さんだ。大学進学を機にこの町を離れて東京で結婚生活をしていると葉山さんに聞いてはいたが。

「お前たちは東京から来たのか?」

「そうだけど、なんで知ってるの?」

 懐疑的な目を向ける山巣に矢継ぎ早に質問を繰り返して大体の全容は掴めてきた。どうやら彼らは感染により行き場を無くした人たちが集まって作った集落、通称ランドで共同生活をしていたが決定権を持つ者たちの独裁がはじまり、命の危険さえ感じ始めた為、団結して集落から逃げ出したそうだ。そして話が出来ない少女はカリモさんが連れていたとの事だ。

「カリモさんの子供なのか?」

「違うって言ってた。それに葉山さんも名前知らなかったし」

「名前も知らないか。……わかった、とりあえず今日はもう寝ろ。話はまた明日以降聞かせてもらう」

 話を終えると山巣は少女と身体を寄せ合う様に眠りについた。疲れていたのだろう、ものの数分で寝息が聞こえてきた。俺はまだコーヒーが残ったコップにリュックの底に入れておいたウイスキーを継ぎ足してまたリュックの底に戻した。

「マル、なんだかややこしいことになりそうだ」

 側で眠るマルの頭を一撫でしてウイスキー入りのコーヒーを口に含み香ばしい香りとほのかに感じる苦味を堪能した。

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