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第9話「イツキとノゾミ」

 まだイツキがユウと出会う前、中学生の頃のこと。

 テストの順位が書かれた壁一面の貼り紙の前に、大量の生徒がひしめき合っていた。

「イツキ、またあんた1位じゃん」

 イツキが座る窓際の席の机に腰掛けながら、黒髪ボブの関ノゾミはぶっきらぼうに言った。

「ありがとう」

「私はいつもの如く二位だよ。あんたどういう勉強の仕方してんのよ」

 そう言ってイツキに顔近づけるノゾミ。ノゾミの几帳面に整えられた毛先が一瞬乱れるも重力で再びまっすぐに揃った。

「教科書と問題集かな」

 呟くイツキは窓から遠くのどこかを見つめていた。イツキの回答に満足しなかったのか、ノゾミはイツキから目線を外し黒板の方を見ていた。

「川端さん、すごい! また一位じゃん!」

 女子生徒達が興奮気味に走り寄ってイツキの席を取り囲んだ。

 それと同時にノゾミはイツキの机から降り、横目でイツキの席をちらりと見て自分の席へ戻っていった。

「ありがとう」

「今度勉強教えてよ〜!」

 ノゾミは自分の席に着くとかばんからカバーのない問題集を取り出した。一見すると古書のようなその装いは、外から見ただけでは何の教科であることもわからなかった。

 彼女はそれを開き、シャーペンを持ってノートに書き始めた。

 テスト前もテスト後も変わらない。彼女はそう確信していたのであった。




 その月は教育実習の先生が来ていた。

 毎日の給食の時間、それぞれの班に日替わりで教育実習の先生が入ることになっている。

 今日はイツキの班に教育実習の先生が入る日。

 しかし、イツキの班の男子生徒が教育実習の先生に強気な態度を示した。

「一緒に食べなくていい」

 イツキの班に給食の乗ったトレーを持ってきた教育実習の先生に、その男子生徒が言った。

「なんでそんなこと言うの。私は先生と一緒におしゃべりしながら食べたい」

 と班の女子生徒が言う。

 それに対して、

「俺はくちゃくちゃご飯を食べる人が嫌なんだ!」

 と語気を強めて彼は言った。

「そう、それじゃ仕方ないわね」

 それを聞いた教育実習の先生は、この班は飛ばそうとした。

 その時、イツキが口を開いた。

「先生、彼は恥ずかしいんですよ。綺麗な女性の先生と本当はご飯を食べたいのに、それが素直に言えないんです。そういう年頃なんです」

 男子生徒はそれに反論しようとする。

「なんでそんな勝手なこと!」

「じゃあなんで先生の咀嚼音のことを知っているの?」

 彼はそれを聞いて動きを止める。彼の動揺を見逃さなかったイツキはさらに続ける。

「本当にどうでもいいのなら、他の班で食べている先生をそこまで見ないよ。本当は先生のことが気になるから、咀嚼音まで観察しているんだね」

 教育実習の先生はイツキの答えに驚きながらも、自分が嫌われていないことに安心、それどころか生徒に好かれていることに喜びを見出しつつ、思春期特有の男子生徒の異性に対するつっけんどんな姿勢の裏を見抜けず、愚直にストレートに反応してしまった恥ずかしさから、微笑みながら給食の乗ったトレーを班の机に戻した。

 男子生徒は顔を赤らめながら黙々と給食を食べる一方、イツキを含めた他の班員は教育実習の先生と楽しいひと時を過ごした。




 学校からの帰り道、川沿いのベンチに腰掛けながら、イツキとノゾミは缶のジュースを飲んでいた。

 遠くに架かる鉄橋の上を走る列車が夕日の逆光を受ける。イツキはそのシルエットを目で追っていた。

「ねぇ、ノゾミ」

 イツキは遠くの列車を見ながら呟く。

「何?」

 少しかったるそうに答えるノゾミ。

「私って何なのかな」

 今度は缶の口を見ながらイツキは言った。

「出た。またイツキのテツガクトーク」

 ノゾミはため息混じりに返事をした。

「イツキはイツキ。それじゃダメなの? 皆からも慕われているしそれでいいじゃん」

 ジュースを飲もうとするも口に流れてこないので、ノゾミは勢いよく缶を上に向けた。

「私にはわからない。あんたが何を求めているのか」

「私にだってわからない」

 缶の口から目を離し、イツキは夕日に照らされて憂いを帯びた表情をノゾミに見せた。

「あ〜辛気くさ!」

 ノゾミは空になった缶を潰してベンチを立ち上がった。

「別に何でもよくない? もう何かになれているんなら十分でしょ。そういうのまどろっこしいんだわ、私には」

「そう……」

 両手で大事そうに缶を持つイツキが囁くような声で答えた。

 少しの沈黙があった後、

「私はノゾミが羨ましい。自分を持っていてブレなくて、いつも迷いなく走り抜けているから」

 イツキはノゾミを見ながら先程よりもはっきりと言った。

「何それ嫌味?」

 ノゾミは眉間にしわを寄せる。

「そんなわけないじゃない」

 即答するイツキ。

「私には迷っている余裕なんてないだけよ」

 そしてまたため息混じりに答えるノゾミだった。

「ノゾミはさ、北極星って知ってる?」

「知ってるけど、何よ急に」

 唐突なイツキの質問の意図がわからないノゾミは眉をひそめた。

「私いつもノゾミが北極星みたいだなって思うんだ」

「はぁ?」

 ノゾミはさらに眉をひそめた。はたから見れば怒っているようにも見える。

「いつも同じ場所にいて、揺るぎなくて、自分を持っていて、まるでノゾミのように見えるの」

「はいはい、万年二位ですみませんでした」

「そういう意味じゃなくて!」

 ノゾミの答えに被せ気味で答えるイツキ。

「わかってるよ。でも、イツキって妙にロマンチストだよね」

 眉をひそめるのをやめたノゾミの表情は柔らかく、笑みを浮かべていた。

「そう?」

「そうでしょ。私からすれば、北極星なんて歳差運動でまた別の星に変わるもんくらいにしか思わない。要はブレブレってことよ」

 それを聞いて笑い出すイツキ。

「何がおかしい」

「ノゾミらしいなって」

 笑いながら答えるイツキに、ノゾミは呆れ顔をしつつも優しい眼差しを向けた。

「ありがとう、ノゾミ」

「何が?」

「今日の私、すごく嫌なやつだ、って思って、落ち込んでいたから」

「あー、給食の時間のやつ?」

「え、なんでわかったの?」

 ノゾミの即答に驚いて、イツキはノゾミをまじまじと見つめる。

「そりゃわかるでしょ。わかりやすすぎ」

 さらっと言い切るノゾミはそのまま淡々と続ける。

「別にあんなの気にする必要ないでしょ。元はと言えば、教育実習の先生と一緒に食べたくないって言い出したあいつが悪いんだ。それをうまく言って丸く収めたイツキはすごいよ」

「丸く収まったのかな?」

「丸く収まったよ。それでいいじゃん」

 ふふっ、と笑ったイツキは、

「それもそうね」

 と答えた。

「もう遅くなるから帰るわよ」

「うん」

 二人は沈みゆく夕日を背に、川沿いの道を歩いていくのだった。

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