第1話「夏の誘惑」
図書室の隅。そこには男子生徒の中で密かな人気を集めていた本があった。
男女、それぞれの裸が写っている本。
大人から見れば何ら普通の学術的な本が、青春真っ盛りの男子生徒には、別の意味を持っているのだ。
男子の中で噂になっているその本が置かれた本棚の近くをうろうろしている少年がいた。誰も図書室にいない放課後の時間を狙って。
彼は周りに誰もいないことを再三確認し、少し背伸びをして、その本を本棚から取り出した。
急いでページをめくる。
そして彼は目的のページにたどり着いた。
「何を一人で見ているの?」
彼は即座に本を閉じた。パタンという大きな音が図書室に響いた。
彼の耳元に紅い唇。ようやく、彼はその匂いで彼女がいることを知った。
「い、いつからそこに!」
「あまり大きな声を出すと人が来ちゃうよ」
それを聞いて冷静になろうとする彼。しかし、呼吸のスピードは速いままだ。
「図書館にある本は誰かが勝手に持ち込んだ本じゃない。ちゃんとした学校のルールを経て、図書館に置かれているんだよ」
「急になんだよ!?」
彼は彼女から離れ、黒髪を後頭部で縛る彼女と向かい合う。
「そんなに焦る必要はない、ってこと」
両手を後ろで組みながら微笑を浮かべる彼女。優しそうなその表情に彼は吸い込まれそうになりつつも、何とか正気を保つ。
「そ、そうだ、僕は何も……」
「ね? じゃあ一緒に見よっか」
そう言って彼女は彼の背後に回り、彼は緊張しながら本を開いた。
「そのページじゃないよね?」
無言でページをめくる彼。一ページずつめくる彼は、そのページが来ないことを祈っていたが、無情にも先程開いていたページにたどり着いた。
「うん、ここだね」
彼女は右手を、彼の首元からシャツの中に入れた。彼は驚くも声が出ない。
すべすべとした温かい手のひら、腕。明らかに自分のものではないと彼は悟った。
左胸からゆっくり触れ、そのままお腹へ手を回す。痩せて浮き出た腹筋の溝を指でゆっくりなぞる。途中でおへそに指先を絡めた後、また上部に移動して右胸へ。
そして再びお腹へ手を写し、腹筋の溝に指をはめたり、あるいは腹筋の溝を舐めるかのように指でなぞり、おへそにも触れ、左胸まで手を移動させた。
それを彼女は繰り返した。まるで振り子のように。
その時、六時を知らせるチャイムが鳴った。それと同時に彼女はゆっくりとシャツの中から手を取り出した。
「帰らなきゃね」
彼は何も答えられない。
「じゃあまた明日、ユウ君」
彼女はそう言って図書室を後にした。
彼も歩き出し図書室を出ようとした時、まだあの本を持っていることに気づいて急いで本棚のところに戻った。
背伸びをして本を入れる。
そして今度こそ図書室から出て、彼は思った。
こんなに蝉の鳴き声って騒がしかったっけ?