9:わたくし、本当に嫌われていますのね……?
ポタリポタリと落ち続ける雫を無視して、タオルをユリシーズ様にそっと渡しました。
ユリシーズ様は、何故か呆然とした表情でタオルを受け取ってくださいました。今日のユリシーズ様の表情筋はとても忙しそうです。
「引き続き、訓練……頑張ってくださいませ」
「え、あ……」
「しづ……れいいだぢまず」
鼻声で変な発音になってしまい、ちょっと恥ずかしいです。
扇子で顔を隠しながら馬車へと向いましたら、後ろからアリアが慌ててついてきました。
「ちょ、お嬢様⁉ え? なんで⁉」
「だでぃぼ、だぃ」
「いや、そんなボロ泣きで『なにもない』と言われましてもですね。そんな無茶な……」
「がえるっ!」
早く、家に帰りたいの。
こんな顔、人に見られたくないの。
特にユリシーズ様には――――。
部屋に戻り、濡れタオルで目元を冷やしでいましたら、部屋の扉がノックされました。
アリアもメイドたちも全員追い出して、誰も来ないでって言っておいたのに!
無視していましたが、コンコンコンコン、ずっとノックが続けられています。
「一人にしてってば!」
コン、と小さな音がしたあと、ノックが止みました。
「…………私だ」
低く柔らかな声に、心臓がドクリと跳ねました。
聞き間違うはずがありません、ユリシーズ様の声です。
「ユリ――――」
あら? ユリシーズ様は、私の部屋まで何をしに来られたのでしょうか?
訓練を邪魔したことへの注意? 苦情? 婚約解消の前倒し?
ユリシーズ様が訪れてくださったということだけで、嬉しくて飛び起きそうになりましたが、すぐさま現実に引き戻されてしまいました。
「イザベル」
「っ、いぃぃいませんわっ」
「…………返事をしたら、意味がなくないか?」
「うっ」
「開けていいか?」
「っ⁉ 駄目ですっ!」
部屋着だし、スカートが翻って膝が丸見えですし、わけも分からず泣きまくったせいで目がパンパンですし……。
「…………今日は、すまなかった」
囁くように謝罪されました。いつものクールなユリシーズ様とはなんだか違う気がします。
「ユリシーズさま?」
「……ん」
「ゆっ……許して差し上げますわ!」
「…………」
――――っ、ああぁぁぁぁぁ! 私の馬鹿ぁ! 本当に馬鹿ぁ!
「ハハッ。いつものイザベルだな」
あら? あらららら? いま、笑われましたわよね?
慌てて身なりを整えて、髪も手櫛でちょちょいと直して、ズバァァァンと開けましたら、目が溢れ落ちそうな程にビックリしたお顔のユリシーズ様がいらっしゃいました。
「もっ、もっ、ももも、もしかして、もしかすると……わたくしのこと、好きになってくださいましたの⁉」
「…………どうだろう?」
「って、なぜに焦らしプレイですのぉ⁉」
「ハハッ」
ユリシーズ様が、幼い頃のような、晴れやかな笑顔で声を上げて笑い出されました。
え、どうしましょう。かわいいです。
――――どっ、どうしましょぉぉぉぉぉ⁉
あ……ああああ、明日こそは19時にっっ!