3:わたくし、婚約解消されますの……?
ゆらゆらと心地よい揺らめきを感じ、深い眠りに就きたかったのですが、本能が『このまま寝るな!』と訴えかけてきたので、頑張って目蓋を押し上げました。
「っ⁉」
「……目覚めたか」
目の前にユリシーズ様の凛々しい横顔がありました。ダンスをしているときくらいに、とても近くにあります。
どうやらユリシーズ様に横抱きで運ばれているようです。
「もうすぐ部屋に着く」
「え……はい?」
ちらりと辺りを見回すと、我が家の二階の廊下でした。
いつの間に帰って来たのでしょうか? なぜにユリシーズ様に抱きあげられているのでしょうか?
「体調が悪かったのか?」
「え? あ……」
思い出しました。
あまりにもな衝撃的事実に目の前が真っ暗になったのでした。
「あの……その…………」
どう切り出したものかと悩んでいるうちに部屋に着いてしまいました。
「ベッドに下ろすぞ」
「はい。あの、ありがとう存じます」
「…………? 本当にどこか悪いのか? 頭か?」
あら? 軽やかにディスられましたね、今。
「ユリシーズ様、私と婚約破棄したいというのは本当ですか?」
「…………誰に聞いた」
「え、アリアに」
いつも凛としていて、どちらかといえば無表情なはずのユリシーズ様のお顔が、ありえないほど険しくなりました。
親の敵かのように睨まれていますが、それほどに⁉
「そうか。良かった」
「へ?」
「事実だ。それを知ったということは、もういいということなんだろうな」
「ほへぇぃ⁉」
「明日、婚約解消の書類を持ってくる」
「明日⁉」
明日って、あす、あした……いや、早くありません⁉ 今何時ですの⁉ え、二十一時⁉ 明日ってか、ほぼ数時間後ですよね⁉
いやいやいやいやいや、早い早い!
「ちょ、ちょいとお待ちくださいません⁉」
「なんだ?」
片眉をクイッと上げて、不可思議なものを見るような顔のユリシーズ様、カッコイイ! 撫でつけていた金色の髪の毛をクシャってやるの、カッコイイ! って、違うぅぅっ!
「婚約解消はしません!」
「……は?」
ひっ、何だか人殺しでも出来そうな顔になられましたわ。え、どうしましょう。
「あ……あの、しないといいますか、したくないといいますか。その、時間が欲しいと言いますか」
「十年近く待っていたが?」
「あうっ……」
そういえば、アリアが言っていましたね――――。
「あと半年! あと半年ありますわよね⁉」
「……」
「それまでに、必ずや真人間になりますので!」
「真、人間…………。ん、あと半年だな。わかった」
ユリシーズ様が、鼻でフフッと笑いながら部屋を出ていかれました。
これは……首の皮一枚、繋がったのでしょうか?
ユリシーズ様と入れ違いに部屋に入ってきたアリアにドレスを着替えさせてもらいつつ、意思表明をすることにしました。
「わたくし、真人間になりますわ」
「え、お嬢様、人間じゃなかったんですか?」
まさかの人外扱いを受けました。そういう意味ではありません。
忠誠心が微妙すぎるわ。
「ところで、真人間って……どうやってなるのかしら?」
「お嬢様、躓くの早すぎます」
「う、煩いわねっ!」
頑張って頑張って頑張って、なんやかんや頑張っているうちにきっと真人間になれるはずですわ!
「なれるといいですねー」