1:わたくし、悪役令嬢でしたの……?
「貴女、その程度も出来ないの⁉」
「はいはい、すみません」
「謝罪は『申し訳ございません』でしょう⁉」
「はいはい」
「返事は一回!」
「はぁい」
「もうっ! なんなのよ!」
私の幼い頃から側にいるせいか、専属侍女のアリアは返事が適当です。
何度厳しく叱ろうとも、へこたれません。小憎たらしいです。
「いやぁ、普通の侍女は窓枠の修理とか出来ませんって」
「なんでよ。お母様は『一流の侍女は何でも出来るものよ』って言ってたわよ⁉」
「うわぁ、出た……。いい加減、言葉の意味を考えずに鵜呑みにするの、やめてくださいよ」
「つべこべ言ってないで、さっさと修理なさい!」
「はぁぁ。はいはい」
アリアがハウスボーイか修理工を手配するとかなんとか言っていますが、断固拒否です。なぜ私の部屋に異性を入れないといけないのです。
「……ありえない勢いで窓を開けたお嬢様のせいですけどね?」
「何か言ったかしら?」
「いいえ、なーんにも言ってませんよー」
全くもうっ! こんなにも口答えが多すぎる侍女を雇っている私って、なんて優しいのかしら。
「雇ってくださっているのは、伯爵様ですよー」
「煩いわよ。さっさと作業なさい」
「はいはーい」
今日は久々に婚約者であるユリシーズ様に会えるというのに。朝からモヤモヤさせられっぱなしですわ。
夜会に参加するために、ドレスアップして鏡で全身をチェック。
蜂蜜色のゆるふわロングヘアと、青空に引けを取らないほどの透き通る瞳。そして、それを彩る赤いドレス。
完璧な仕上がりですわ!
「イザベル……今日も新しいドレスを着ているんだな」
「ええ! ユリシーズ様に見てもらいたくて。新しいものを仕立てましたの」
「ん……真っ赤だな」
夜会のため迎えに来てくださったユリシーズ様の右腕にそっと左手を添えると、少し会話したあと玄関ホールから馬車までエスコートして下さいます。
彼はとてもクールで無口なのであまり会話は弾みませんし、眉はつり上がっていて厳しそうなお顔をしていらっしゃいますが、それは私が『可憐で眩い令嬢だから』らしいのです。
今日はユリシーズ様の瞳の色に合わせたドレスを褒めていただけたので、早急に仕立てさせた甲斐がありました。
馬車の中では基本は私がずっと話し続けています。
ユリシーズ様はうんうんと頷いて話を聞いてくださいますが、私と目が合うとそっと窓の外に視線を逸らしてしまいます。
『美しい顔を直視できない』と言われているので、その仕草だけで私はキュン死にしてしまいそうです。
夜会の会場に到着して挨拶回りを終えた後、ユリシーズ様は男性方と歓談されるので、私も友人たちと歓談などをして過ごします。
「貴女! 上位である私と同じ色のドレスを着るなどといった愚行、良くできますわね! 恥を知りなさい!」
「きゃっ」
急に甲高い怒鳴り声が会場に響き渡りました。
そちらに視線を向けましたら、当国には四家しか存在しない公爵家のひとつであるマイスター公爵令嬢――エリザベート様が、男爵家のオリビア様をドレスの色で責め立てていました。
オリビア様の淡い黄色のドレスに真っ赤なワインをびしゃりと掛けて、鼻息荒く「今後一切、私に関わらないでちょうだい」と言い捨てて、取り巻きのご令嬢たちと立ち去っていかれました。
「まぁ……あの方って、あんなに苛烈なご令嬢でしたのね。人にワインをかけるなんて初めて見ましたわ。物語に登場する悪役令嬢のようだわ。ねっ?」
「「……」」
「ハハッ。お嬢様、手鏡をご覧になられては?」
周りにいた友人たちは、無言でサッと視線を逸らし、侍女のアリアは鼻で笑いながら、なぜか手鏡を見ることを勧めてきました。
「え? 化粧が崩れてるの⁉」
「いえ。実状をまったく理解しておられないようなので」
「は?」
アリアがズイッと手鏡を私に近づけて来ます。近すぎてよく見えないのですが⁉
「はい、ここにも悪役令嬢がいますよー」
「……え?」
鏡に映る、お化粧バッチリな私。視線を逸らす友人たち。ドヤ顔のアリア。
美しい私。視線の合わない友人たち。鼻の穴が広がったアリア。
何度チラチラと見比べようとも、鏡に映されたのは私なわけで。
「私、悪役令嬢でしたの……?」