武と魔の寵児達
ライアンとマリアの子供たちが旅立ったと殆ど同じころ。
遠く離れた地では、別の家族の子供たちが世界へ足を踏み出そうとしていた。
ライアンとマリアの子供たちは旅立った。
そして、勇者の仲間は後2人……いや1組残っている。
「それじゃあ父様ぁ、行っても良いんですかぁ?」
「……母さんは良いと言っているのか?」
ここはエルモソ王国より遥か西に位置する森の中。ポッカリと出来上がった広い空き地には平屋だが屋敷と呼べるほどの大きな家屋に、その家よりも更に広い畑、ヤギやニワトリなどが放たれている区画と自給するには申し分ないほど整っている。
そんな広い畑を一人の男が黙々と耕していた。いや、今は少女と会話をしている様なので黙ってと言う訳では無いだろうか。
「まだ聞いてないけどぉ、母様がダメって言う訳ないじゃなぁい。ねぇ、エルロイ?」
「……うん」
もっとも陽気な声で楽しそうに話し掛けているのは少女の方で、畑で精を出す父親は手を止めずに応じているだけだ。そしてそれは、話を振られたエルロイと言う少年も同様だった。
少女の幼さの残る顔は可愛らしいものの、挑戦的な目元は好奇心が旺盛で物怖じしない雰囲気を醸し出している。それが証拠に、そのオレンジの瞳はこれから向かう冒険にキラキラと輝いていた。
黒く伸ばした髪を項辺りから編み込み1本にして背中へ流している。その毛先が、忙しない彼女の動きに合わせて尻尾のようにフリフリと動いていた。
弟のエルロイも姉と同じ様な格好をしているが、受ける印象が随分と異なる。姉のように明るい表情ではなく、どちらかと言えば暗く沈んで何事にも無関心の印章を受ける。
半眼にした目に浮かぶ黒い瞳はどこか胡乱で、明るい筈のオレンジの髪はどこかくすんで見えた。それを姉のように纏めて後ろに流されているが、重たい感じを受けるその髪は鉛のように垂れ下がって動かない。
「あぁあ! 私も父様みたいに世界中を楽しく回れると良いなぁ」
そんな少女は、遠くへと思いを馳せる様にうっとりとした声音で呟いたのだった。
少女が話し掛けているのは父であるロン=チュアン。一昔前は「龍虎王ロン」の呼称で名を馳せ、勇者パーティの一員として世界を旅していた事のある男だ。
それが今では、森の中に隔離された一角で家庭を持ち畑仕事に精を出す毎日を送っていた。
「……もう、ローザ。一体何を騒いでるのよぅ?」
そんな会話に、家屋の方から女性の声が割り込んできた。欠伸でもしそうな気怠そうな声だが、どこか妖艶さを醸し出している。
「あっ! 母様っ!」
それに真っ先に反応したのは、やはりと言おうか姉……ローザであった。ロンとエルロイは、目立った反応を見せずにゆっくりとそちらの方へと視線を送るだけだった。
この辺り、流石は親子だと思わせる一面でもある。
「あのねあのねぇ。私とエルロイでここを出て冒険の旅に出ようって思ってるのぉ。……ねぇ、母様ぁ。良いでしょう?」
全く物怖じも躊躇いもなく、ローザは先ほどロンに話していた内容をエマイラへと告げた。少し上目遣いとなっているのは、彼女の〝あざとさ〟なのかそれとも様子を伺っているのか。
「あらぁ? もうそんな事を考える年になったのぉ? 冒険ねぇ……」
娘の質問を受けて、エマイラ=P=カシマールは頬へ手を当ててどこかウットリとした表情で空を見つめていた。その表情や雰囲気はとても二児の母親とは思えず、それどころかアラフォーにさえ見えない。
着ている物も露出が多く、大きく開いた胸元に長くスリットの入ったスカートと妖艶さを醸し出している。この辺りは、女性の魔性さえ利用する〝魔女〟の特徴だと言えた。
そしてそれは娘にも受け継がれているのか、ローザの着ている服……武闘着もエルロイと同じデザインながら所々で露出が見受けられたのだった。
彼女がここまで色気と若さを保てているのは、家事の殆どをロンに任せて自分は好きな事……魔術の探究を行ってきた結果だろう。
ロンとエマイラは勇者パーティ解散後に行動を共にし、すぐに結ばれこの地に根を下ろしたのだった。
世界を周り探求すると言う事は出来なくなったが、エマイラには別の「研究対象」が現れたので退屈はしなかったようだ。
それはつまり……自分の子供たちの事である。
魔女と高名な武闘家の血が合わさった子供は、一体どんな能力を身に付けてどの様に成長するのか? エマイラはその事を調べ、研究して来たのだった。
しかしその結果、子育てさえもロンに任せる事となった。
その事にロンは文句を言う事も無く、家事と子育てそして農作業に狩りと目の回る様な日々を送り今日に至った。そうなれば武術を磨く事も断念せざるを得ず、武術を極めようとしていたロンは見事に主夫道を極めつつあったのだった。
「色んな事を知る為にはぁ、冒険をするのは賛成だわぁ。……別に良いわよねぇ、あなたぁ?」
馳せていた想いを呼び戻したエマイラがロンに問い掛けると。
「……お前が良いと言うのなら、俺に異論はないが。……少し早いのではないか?」
彼は条件付きでエマイラの言葉を肯定した。父親としては、今年15になったローザとまだ12歳のエルロイが2人で旅に出る事に不安を覚えているのだろう。
「……そうねぇ。……ねぇ、ロン。あなたの目から見てぇ、この子達の実力はどう思うのぉ?」
それを受けたエマイラも、ロンの意見に耳を傾けて再度彼に問い掛けた。もしかすると彼女も、まだ子供を手元に置いておきたいと考えているのかも知れない。
「……武道の腕は申し分ない。2人ならば、何も心配する事は無いだろう。……無論、強き敵などいくらでもいる。レベルを上げる必要があるのは当然の話なのだがな。……そちらはどうなのだ?」
そんなロンは、ローザとエルロイにお墨付きを与えた後にエマイラの方へも確認した。
誰に認められるでもなく、あの「龍虎王ロン」が認めたのだ。それだけで、彼女達の実力は知れようと言うものだった。
「そうねぇ……。魔法の方は余り上達しなかったけれどぉ……。その代わり、面白い方向に成長してくれたわぁ。私の方もぉ、教えられる事は全て教えたわよぉ」
そして母親の方からも公認されたのだった。
無論、知識や練習だけでその全てを身に付けられるものじゃあ無い。多くの経験を積み、その中でそれらを昇華し吸収する事で初めて自分のものとする事が出来るのだ。
さらに言えば、それらをもっと高みに押し上げる事だって不可能ではない。
「それじゃあぁ、私たちが冒険に出るのはぁ……」
これまで両親の会話を聞き黙っていたローザが、表情を輝かせて問い掛けた。その身体は、ウズウズと言った風に震えている。
もっとも、その弟であるエルロイの方は何ら反応なく黙って成り行きを見守っているのだが。
「ええ……行ってらっしゃいなぁ。外の世界には、本当に多くの事があなた達を待っている筈よぉ。好奇心の赴くままにぃ、世界を旅してくると良いわぁ」
「……エルロイも、外の世界に触れて多くの事を学ぶと良い。そうすれば、今よりももっと様々な事を得られるだろうからな」
ローザの言葉に、エマイラとロンは頷き応えた。エマイラはローザに向けて、そしてロンはエルロイへと助言を送る。
「は……はい! きっと、色んな事を体験してきますぅ」
「……はい、父様」
そしてローザは嬉しさをこれ以上ないと言う程に体現して喜び、エルロイはと言えば静かに頷いて父の言葉に口数少なく答えていた。その態度から、彼が本当はここから旅立ちたいのかどうかは伺いしれない。
「それでぇ? 出発は何時にするのぉ?」
エマイラのこの問いかけに、僅かに考える素振りを見せたローザであったが。
「うぅん……。明後日かぁ、その次の日にするわぁ」
そう返答したのだった。その姿から本当は明日にでも飛び出したいのだろうが、これは彼女なりに自重したのだろう。
実際、まだここを飛び立つ準備は全く出来ていないのだ。近所にお使いへいく訳でもない事を鑑みれば、旅の用意をするだけでもそれなりに時間が掛る筈である。
「……そうか。……ならば、今夜は少し豪勢な食事を捕って来るとしよう」
ローザの決定に、鍬を置いたロンがゆっくりと動き出す。恐らくは、森へ狩りにでも出かけるのだろう。
「あらぁ、それは楽しみねぇ」
そんなロンの姿を、エマイラは頼もしそうに見送ったのだった。
4人の英雄の子供たちは、様々な家庭事情を抱えながらも旅立った。
そしてここに、もう1組……。
時を同じくして、旅立とうとしている子供たちがいた……。




