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ギリギリ! 俺勇者、39歳!  作者: 綾部 響
6.女王の棲み処
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共存の魔物

俺の話を聞いて、クリーク達は自分たちで論じ始めた。

これは、実に良い傾向だよな。

 俺の説教は続く。と言っても、今はもうクリーク達に依る反省会の様相を呈しているけどな。

 冒険に出て生きて戻れたなら、良かった良かったで済ませてちゃあいけない。それだと、また同じような間違いを起こすかも知れないからな。

 行き当たりばったりで何とかなるのは、本当に旅の序盤だけだ。

 長く生き延びてその生活を続けたいなら、1つの冒険を終える度に問題点や反省点を話し合い改善する必要がある。

 そうして力や能力だけじゃあなく、考え方や人間的にも成長しなけりゃその先(・・・)は期待出来ないんだ。


「……お前たち、今回のクエストについてどう思う?」


 クリークとソルシエが喧々諤々(けんけんがくがく)と言い合っている横から、俺がみんなに向かって話し掛けた。

 それほど大きな声で問い掛けた訳ではなかったけど、たったそれだけで全員の会話が止み俺へと視線を向けて来た。

 その表情は、どこか恐れを孕んでいる。……あれ? そんなに怖い言い方だったっけ?


「……クエストについて……ですか?」


 その中でも比較的落ち着いて俺に注目しているイルマが、声に出して質問を反芻していた。それは自分に言い聞かせていると言うよりも、他の全員に改めて伝えている感じだった。


「どう思うって言われても……なぁ?」


「そ……そうですね。巨蟻族(ジャイアントアント)は手強かったとしか……」


 俺の質問は確かに大雑把であり、クリークとダレンには即座に正しい答え(・・・・・)は浮かばなかったみたいだ。彼等だけではなくソルシエやメニーナ、ルルディアやパルネも考えてはいるものの、クリーク達以上の回答は導き出せなかったようだ。


「……それじゃあ、質問を変えてみようか。……ソルシエ」


「は……はい」


「この集落にあったクエストにどんなものがあったか覚えてるか?」


 そんな彼等の内、ソルシエに向けて俺は新たな質問を投げ掛けた。クエストの受注を請け負っているのは、今は主にソルシエって話だしな。

 俺からの問い掛けに、ソルシエは暫し考え。


「……殆どが巨蟻の討伐系だったわね。どの種類を何匹倒すとか、牧場や畑に現れた蟻を倒すとか。……後は、蟻の卵を持ち帰るってのもあったかも」


 いくつかの依頼をスラスラと口にした。

 この集落周辺は、風光明媚ではあっても特に目立った観光地や施設がある訳じゃあ無い。それでもここまで賑やかなのは、偏に冒険者たちが(・・・・・・)多く立ち寄る(・・・・・・)通過点(・・・)となっている事に他ならない。

 被害にあった住人たちから巨蟻を何とかして欲しいと言う問い合わせは勿論、「蟻の卵」は珍味として需要がある。巨大な卵をジャイアントアントの巣から持ち帰るってのも至難で、だからこそ流通量が少なく高額で取引されていた。

 それらはクエストとしては特に際立ったものでも無く、また緊急を要するもの(・・・・・・・・)は少なかった(・・・・・・)んだ。


「まぁ、そんな所だな。そこで、何か疑問は湧かないか?」


 ソルシエの答えに頷いて、俺は更に質問を追加した。

 彼女が答えた通り、この集落にあるクエストには「巨蟻族」に関わるものが多い。そしてそれらを総括して考えれば、ある事に(・・・・)気付くはず(・・・・・)だからな。

 と言っても、ソルシエにはすぐに何も思いつかなかったようで深く考えこんじまった。


「疑問って言っても……なぁ?」


「ええ……。僕には分かりませんが……」


「パルネは、何か分かる?」


「……ううん。分からない……」


「他に、何があるの? おとうさん」


 そして、他の面子もこの通りだ。広い視野で物事を見ないと、事の本質には中々気付けないもんだからなぁ。……なんて考えていたら。


「そう言えば……。『巨蟻族』に関する依頼が多いですが、『女王蟻』の討伐はありませんね」


 そしてやはりと言うか、真っ先にそれに気付いたのは……イルマだった。

 でも、それも当然かも知れない。パーティ全体を見て、周囲も常に警戒しているイルマは、俯瞰的な物の見方が身に付いているのかも知れないな。


「……そう言えば」「へ? なんで?」「問題の元凶ですよね?」


 ソルシエとメニーナ、ダレンはそんな疑問を口にしていた。言われてみれば確かに……と言う様な意見が大半だが、それも仕方が無いだろう。

 ここに居を構える冒険者たちにとって、「巨蟻族の巣」に立ち向かうだけでも精一杯。多少レベルや腕が上がった処で女王蟻(クイーンアント)は勿論、従者蟻(バトラーアント)親衛蟻(ナイトアント)には太刀打ち出来ないだろうからな。


「お前たちの疑問はその通りだ。でもそこには〝共生関係〟が存在しているんだ」


 俺の回答に、全員が疑問の顔を浮かべていた。そりゃあ、魔物との共生を口にされてもピンとこないだろうなぁ。


「……先生。『巨蟻族』との〝共生〟なんて、可能なんですか?」


 色々と考えていたんだろうイルマが、それでも答えを見つけられずに質問して来た。彼女達の経験や年齢を考えれば、その解答を導き出せる訳も無いだろうからな。


「……魔物との〝共生〟と言われて、お前たちが不思議に思うのも当然だ。……そうだな。この場合は〝共生〟と言うよりも〝共存〟の方が正しいかも知れない」


 ここで説明を誤ると、今後の彼女達の理解にも語弊を招くかも知れない。だから俺は、出来るだけ言葉を選び、詳しく説明する事にしたんだ」


「……〝共存〟?」「〝共生〟と〝共存〟ってどう違うの?」「……わかんない」


 クリークとメニーナ、パルネが素直に疑問を呟いていた。……彼等には、強さも然る事ながら勉強も必要だろうな。


「……そうだな。共に生活すると言えば受け入れ難いかも知れないが、互いに利用している……って言えばどうだ?」


「互いに……利用」「そんな事が可能なの?」


 俺の説明に、イルマとソルシエが俄かに信じられないと言った声音で反問していた。

 各地から聞こえてくる声の大半は、魔物に生活を脅かされ、それを何とかして貰う為に依頼をすると言ったものだ。魔物は討伐する対象であり、〝共生〟するなんてあり得ないと思っても仕方がないよな。


「例えば、この辺りには巨蟻族の他にも魔物が存在している。しかし巨蟻族がいる事で、他の魔物は近寄って来ないと言う側面もあるんだ」


「他の魔物は襲ってこないかも知れませんが、巨蟻族には襲われますよね?」


 俺の話を聞いて、イルマは当然の反問をして来た。巨蟻族に襲われ被害が出ているからこそ、この集落では巨蟻に関する依頼が常に出されているんだからそう考えるのも当然だろう。


「……そうだ。他の魔物が巨蟻族を恐れてこの地方に入って来ない反面、巨蟻族には襲われる。しかし巨蟻族は越冬の為に餌を集めているのであって、人を襲うのが目的じゃないからな。巨蟻族の意識を逸らすようにすれば、住人に被害が出る事は殆ど無いんだ」


 ここが、他の魔物と巨蟻族との大きな違いと言えるだろう。

 逆を言えば、餌の収集を行動原理としている巨蟻族とは違い、普通の魔物には人を襲うのに最たる目的が無い。餌としてだけならば巨蟻族と同じだと言えるが、動くものに襲い掛かる魔獣もいれば全く理由なく住人の殺害に及ぶ魔物だっている。

 それを思えば、行動目的がハッキリしている巨蟻族の方が御しやすいと言えるだろう。


「それに、巨蟻族は一定の餌を集めきれば過剰に殺害や捕食は行わないからな。ただし、その年によってその量は若干増減する。また襲われる場所も毎年違うから、巨蟻族避けの家畜を用意出来なかった農家なんかは、依頼と言う形で巨蟻族を退けているんだ」


 これがこの地で魔物と〝共存〟する全容だった。ここの住人も、巨蟻族を根絶させて欲しい訳じゃあ無いんだ。

 逆に女王蟻を倒し巨蟻族の巣を滅ぼしてしまうと、また別の問題が発生しちまうだろうな。


「冒険者が程よく力を付けるのに最適で、気を付ければ被害を最小に抑える事の出来る魔物の存在。これが、この地の人たちが巨蟻族を利用している理由だ」


 冒険者が足しげく通ってくれれば、それだけでも収入になる。他の魔物も近寄って来ないから、対処も比較的簡単だ。

 俺の話を聞いて、クリーク達は初めて聞く「魔物との共存」を理解するのにウンウンと頭を悩ませていた。


魔物との共存の説明を終えて、その反応はそれぞれに違っていた。

ただ、こういう考え方や生活があると言う事を知り覚えておけば、今後の役に立つからな。

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