現状把握の大切さ
厳しく言い放った俺の台詞で、クリーク達は完全に小さくなっちまっていた。
多少厳しい言い方になるかも知れないけど、ここは少し真剣に考えて貰う必要があるからな。
しょげ返るクリーク達。閉口したままのメニーナ達。
俺の正論を受けても、彼等には彼等の言い分があるんだろう。それでも反論しないのは、今回は間違いなく死に掛けたからに他ならない。
「例えば……だ」
まるで権力を笠に着て言葉攻めをしているみたいに見えるだろうけど、これはクリーク達にとって大事な事だからな。本気で命を落としそうになったからこそ、適当な処で済ます訳にはいかない。
「お前たち1人1人に親衛蟻と辛うじて渡り合えるだけの力があったとしようか。その上で、今回の最終到達点である〝女王の間〟まで辿り着けたとしてだ。……その結果、お前たちはどうなっていたと思う?」
今回クリーク達が〝女王の間〟に辿り着けたのはタイミングに幸運が重なった結果だ。もう一度あそこまで行けと言われても、絶対に到着するとは断言出来ないだろうな。
恐らくだけど、彼等もその事は理解している……はず。
「……今よりも強かったらって事だよな? なら……先生に助けて貰わなくても無事に帰って来れたんじゃないか?」
ウンウンと唸っていたクリークが、それでもその浅い考えを披露した。何とかの考えは休んでいるのと大差ないとは言うけど……それを地で行く模範的回答だな。
ダレン、メニーナ、ルルディアも同意みたいで、それぞれ小さく頷いている。ただイルマ、ソルシエ、パルネは少し違う見解を持っていたみたいだ。
「あんた、馬鹿なの? そんな訳ないじゃない」
そして最初に口火を切ったのはソルシエだった。彼女は心底呆れたようにクリークへとダメ出ししたんだ。
「な……なんだとぅ!」
一瞬で沸騰して噛みつこうとしたクリークだったけど。
「今の私たちよりも強かったら、あんな所は余裕で攻略出来るよね? なら、クリークの言った通りなんじゃないの?」
同じ意見を持つメニーナの発言が、不毛な2人の言い争いを未然に防いだんだ。
「それは違うわ。あんた達前衛の戦士だけで、全く援護も必要とせず回復もいらないってんなら話は別だろうけど。親衛蟻や従者蟻、女王蟻の力は突出していたけど、それ以外にも兵隊蟻や労務蟻だって数で圧されたら苦戦は免れないでしょうね」
こういった平時の場では特に冷静で正論を口に出来るソルシエの話を聞いて、クリークとメニーナはウッと言葉を詰まらせていた。
具体的なソルシエの話は、つい昨日の激戦やら苦戦の数々を思い起こさせていたんだろう。
「それに、大事なのは目的地に辿り着くその後にあるわ。〝運よく〟女王の間に辿り着けても、今度は地上まで戻れないと意味がないんですから」
そんな彼等に、更にイルマの正確で重要な論が継ぎ足されていた。これには、楽観視していた者達は全員口を閉ざさせられる羽目に陥っていたんだ。
俺が言いたかったのは、正にこの事だった。
冒険は、ただ目的地に辿り着ければ良いと言う話じゃあ無い。そこから〝無事に〟戻って来れて、初めて完遂となるんだ。
それが出来なければ、幾ら目的の物を手に入れようが、例え魔物をどれだけ倒そうとも意味がない。
目的達成の為に命を落としていては、その後には全く続かないんだからな。
「イルマの言う通りだわ。今回は好奇心に勝てなかったけど、冷静に考えれば最下層に来た時点で引き返すのが最善だったのよ」
そして、ソルシエの言う事も正しくその通りだった。
戦闘による高揚感は、一種異様な雰囲気を醸し出す。それが、事が上手く進んでいるなら尚の事だ。
好戦的、前向き、積極的で肯定的……。後ろ向きな考えは鳴りを潜め、前へ進もうと言う思いだけが先走る。
想いのままに進むだけ進んだ結果、行くに行けず戻るに戻れない……なんて事は良くある話だ。そして大抵の場合、そのパーティは……。
「……そうだ。今よりも多少強くなっても、それでもあの巣の深淵から戻って来るにはまだまだお前たちは力不足と言う事になる」
結論を見た所で、俺はソルシエやイルマの意見を肯定する形で話し出した。クリークやメニーナ達は、俺の方へションボリとした目を向けている。
「……ソルシエ。ここにいる今のお前の考えで、〝今のお前たち〟が行って戻って来れる階層はどれくらいだと思う?」
そんな視線を無視して、俺はソルシエへ向けて質問した。平常心の彼女ならば、冷静な判断が下せるはずだろう。
「……6。……いえ、5階層まで行って戻って来るだけで精一杯です。最初からメニーナ達と協力しても、7階層が限界かと……」
そう……その辺りが限界だ。無事に生きて戻って来るなら、余裕をもって行動しなければならないのは当然の事だからな。
「ええぇ!? 最下層まではいけるんじゃないのぉ? ……ねぇ?」
「……そうねぇ。私も自分の技術には少し自信を持ってるし、ワーカーアントなら後衛の手助けなしに倒せるし。それを考えれば、もう少し深くに進むくらい……」
「……わ……私も。……私も、次は上手く魔法を抑えるから」
そのソルシエの見解に、今度はメニーナ達が異論を挟んできた。
最深部にいた親衛蟻は確かに強敵だったし、兵隊蟻だけが数を頼りに襲って来れば如何にメニーナ達でも持て余すだろうが、実際は多くの労務蟻に複数の兵隊蟻と言う構成が主だった。
それを考えてのメニーナ達の意見だったんだろうけど。
「まだ過信してるわ、メニーナちゃん。今回は襲われなかったけど、もしも兵隊蟻だけが群がってきたら、例えメニーナちゃんたちがいても応戦出来なかったと思う。……それに」
常に最悪を考えて行動する。イルマは正しくそれを語っていた。
上層は、主に労務蟻だけの構成だっただろう。中層からは、兵隊蟻が姿を現してきた。そして下層に至っては、労務蟻と兵隊蟻で半々と言った処か。
クリーク達の脳裏にはその時の事が刻まれてるんだろうけど、それも必ずそう言った編成であるとは断言出来ない。……と言うか、これほどハッキリとした組み合わせ自体が珍しい。
まぁ、百歩譲ってそれで間違っていなかったとしてだ。問題は、これからイルマが話す部分にもあったんだ。
「それに、今回は1匹も『希少種』と出会わなかった。巨蟻族も魔物なんだから、『希少種』が出現する事も考えないとだめです」
正しくその通りだ。巨蟻族にも「希少種」が存在し、その能力全般は同じ種類と比べても突出している。
もしも「労務蟻」の「希少種」が現れたなら、例えメニーナとルルディアが2人がかりでも勝てないだろうな。
最弱の蟻でも負けるんなら、「兵隊蟻」や「親衛蟻」の「希少種」が出てきたら全員で戦っても勝てるとは限らない。しかも、たった1匹に……だ。
「ソルシエ、イルマ。お前たちの意見で、どれくらいの余力を残して戻って来るのが最良だと思う?」
慎重を期するイルマの考えも含めて、俺は2人に問い掛けた。今の彼女達なら、今後の行動の基準を正しく導き出せるだろう。
「……あたしは、戻ってきた時点で体力が2割は残ってるくらいが良いと思う」
「うん、そうだね。私もそれくらいが適当だと思う」
「えぇっ! って事は、目的地に4割の消耗で辿り着けって事かよ!?」
導き出したソルシエとイルマの答えに、クリークが大げさとも思える台詞を口にした。
元気で無鉄砲なクリークなら、目的地に6割の消耗で辿り着いてもまだ足りないだろう。そしてそれは、恐らくメニーナ達も同様みたいだ。
「あんたねぇ、イルマの話を聞いてなかったの? 例えば行って戻って丁度体力が無くなるように計画した時、もしも最後の最後に予想以上の数の魔物や『希少種』と遭遇したらどうするのよ?」
「うっ……」
相変わらず、深い考えもなく思った事をそのまま口にするクリークは、ソルシエに半ば呆れたような反論を受けて今度も声を詰まらせてしまっていた。
ここまで少なからず話に加わっていたなら、如何に無茶や無謀が命に関わるのか十分に理解出来るだろうからな。
それでなくても、そんな粗暴な行動で死に掛けたんだから言い返せるはずもないか。
拙くても、自分たちで考えて意見を言い合い、自分たちなりの答えを出してゆくことが大切だ。
実際は、もっと大局的に物事を見なけりゃならないんだけどな。
良い線まで考えが向いているんだけど、まだもう一歩足りていない部分がある。
冒険者は、ただ目の前の敵を倒しまくれば良いって話じゃないって事なんだが。




