戦いの終結と帰還
女王蟻との激しい激突が続いていた!
もっとも俺にとっては、奴の攻撃も大したものでは無かったんだけどな。
一騎打ちのように無数の鎌と剣を交錯させる俺とクイーンアント。その様子だと、まるで互角に映るかも知れないな。
でも実際は、圧倒的に俺の方が優勢だった。気のせいではなく、女王蟻の方からは焦りが感じられるからな。
「あっ!? 先生っ!」
突然、イルマが驚きの声を上げた。彼女が真っ先に気付けたのは、俺の言いつけ通りに広範囲を俯瞰して警戒していたからだろう。
膠着している俺と女王蟻の加勢に、それまで控えていた従者蟻が動き出したんだ! クリーク達では追いつけない動きで、2匹の従者蟻は俺を挟み込むように左右から斬り込んできた!
「ゆうしゃさまあぁっ!」
2匹はそのままその鋭い前足を俺の身体に突き立てた! それを見たメニーナの悲鳴が響き渡る!
「ギ……ギギ……」
でも残念ながら、その攻撃は俺の身体を突き刺すには至らなかった。奴らの前足は俺の身体に触れてはいるものの、その切っ先は俺の肉体に毛ほどの傷さえ与えちゃいない。
これが……レベル差ってやつだ。
バトラーアントのレベルは大体で30くらいか。今のクリーク達じゃあ逆立ちしたって勝てないし、メニーナ達だってその強さには届かない。
でも、俺のレベルは98だ。
しかも今は「勇敢の紋章」が発動中で更に能力が底上げされている。攻撃力は無論、防御力もな。
従者蟻の攻撃程度で、俺が害される訳なんて無い。
そして、実は女王蟻の攻撃だって俺には通用しないだろう。
だけどここは……クイーンアントとはまともに立ち合い、その姿をクリーク達に見せる必要があったんだ。またそれは、女王蟻の為でもある。
この魔獣の長が圧倒的な力に屈して恐怖心を抱けば、今後周辺の人間にどんな被害をもたらすのか分かったもんじゃない。これまで共生出来ていたんだから、出来ればこれからもそうあって欲しいしな。
執拗に突撃を繰り返してくる従者蟻を意にも介さず、俺は繰り出される女王蟻の攻撃にだけ集中した。夥しい斬撃を、俺は悉く弾き続けた。
永遠とも思える攻防の中で、突然甲高い金属質の音が響き渡る! 互いの攻撃の圧力に負けて、クイーンアントの鎌が欠けたんだ。
それに合わせて、俺たちの攻撃が止む。バトラーアントも、俺に向けての攻撃を止めて引き下がって行った。
ここまで戦えば、もう十分だ。俺としても女王蟻を倒す意図は無いし、魔獣どもも帰ろうとする俺たちに手を加えないだろうしな。
俺はゆっくりと巨蟻に背を向けると、そのままクリーク達の元へと向かった。
「な……なんだよ、先生。なんであいつに、止めを刺さないんだ?」
攻撃を止めて帰ってくる俺へ向けて、クリークはどこか不満げに告げて来たんだが。
「いてっ!」
そんな彼の頭を、俺はポコリと小突いてやった。
クリークは大袈裟に痛がっているみたいだけど、考えてみれば今の俺は能力が著しく向上しているからな。もしかすれば、本当に痛かったのかも知れん。……すまんな。
「お前は死にかけたくせに、何を言ってるんだ? 俺が巨蟻族を倒して、一体俺に何の得があるんだ?」
今更俺が何匹巨蟻族を倒したって、俺の経験やレベルには全く影響しない。こんな所で戦うくらいなら、魔界へ行って手強い魔獣を相手にした方がどれだけマシな事か……。
「だ……だってよぉ。俺たち、あいつに……」
「だってもクソも無い。大体、お前たちが自分の力量を顧みずに突っ込んだのが悪いんだろうが。本当だったら、お前たちはここで死んでたんだぞ?」
俺の正論を受けて、クリークは正しくグゥの音も出せずにいた。それは、他の面々も同様だろう。
身の程知らずに虎の尾を踏んじまえば、どんな子猫でもその命はない。ましてや彼らは本当に死に掛けたんだから、俺の言っている事も冗談には聞こえないだろうな。
「……まぁ、お説教はまた後だ。とりあえず、ここを離れるぞ」
クリーク達を一塊に集めて、俺はそれだけを告げるとそのまま「転移魔法」を発動させた。
ここに来る前に、同じように「魔法印」を刻んだ「使い魔」を部屋に残して来たからな。行先は「オルミガ集落」の宿屋にある俺の部屋だった。
その一連のやり取りの間、女王蟻たちからの妨害は一切なかった。……まぁ奴らにしても、法外な力を持つ招かれざる者にはとっとと出て行って欲しい処だろうからそれは当然か。
瞬間的に、俺たちは宿屋の部屋へ戻って来た。さっきまでの異臭漂う、死の予感がつき纏う空間とは打って変わった平和な場所に突然戻って来ると、その落差で一気に気が抜けちまうな。
「……帰って来た?」「俺たち……無事に帰って来れた……んだ」
だからメニーナとクリークからそんな台詞が零れるのも、まぁ分からない話じゃないな。
本当だったら、このままクドクドとお説教をしたい処なんだけど、俺はもうすぐ眠っちまうだろう。スキル「英雄の紋章」を使った後は、極度の疲労で眠気が襲って来るのが玉に瑕だよなぁ。
今回はそれほど無理もしていないから一晩でも休めば大丈夫だろうけど、その眠気に抗うのは多分不可能だ。
「お前たちには、言いたいことは山ほどある。でも、お前たちも疲れているだろうからな。今日はこのまま休息に入れ。お説教は、また明日だ」
殊の外声を低くした俺の言葉を聞いて、クリーク達は全員顔を青くしていた。……俺の顔が思っているよりもおっかないのはもう理解しているからな。彼らが恐れるのにももう慣れたってもんだ。
そんな事で、イチイチダメージなんかもう……受けないんだからね!
クリーク達は各々自分たちの宿へと戻り、明日改めてここに集まる事になったんだ。
そして翌日。
朝になり、無事に目を覚ました俺は身体の調子を確認してホッとした。思っていた通り、それほど身体を酷使しなかったお陰で疲労はすぐに取れたみたいだ。
朝食を済ませた頃にクリーク達が、そして程なくしてメニーナ達が俺の部屋へとやって来た。いつもと違い騒がしくなく、どこかしおらしいのはこれから怒られると恐縮しているんだろう。
「まずは、昨日はお疲れだったな。思った以上に下の階層へ到達した事には驚いたぞ」
だからだろうか。俺の第一声が怒声じゃなく労い褒めるものだったので、一同は驚きの顔を浮かべていた。
「それに、争っていた筈なのに共闘していたとは吃驚したと同時に感心した。苦難を前にして蟠りを捨てるなんて、誰にでも出来る事じゃないからな」
ただ、評価出来るところは正しく褒めてやらないとな。何でもかんでも否定して頭ごなしに叱るのは間違ってるだろ?
思いもよらずの好評価だったからだろうか、クリークとメニーナは「えへへ」と照れたような笑いを浮かべている。他の者も満更ではない表情を浮かべているが、イルマだけは神妙な顔で俺の方を見ていた。
彼女の懸念は当然なもので、ここからはキツイキツ―――イお仕置きタイムだからな。
「でもな。俺は可能な限り下の階層へ潜って、俺が置いて来た〝印入りの石〟を持って帰って来いって言ったんだ。行ける所まで進んで力尽きろなんて言った覚えはない」
一呼吸置いて発した俺の台詞を聞いて、それまでの和やかな雰囲気は消し飛んでいた。ズンと重い空気に襲われて、クリーク達の表情は一気に青くなっちまっていた。
「俺は言ったはずだな。『無理に進もうとするな』と。『力量を見誤れば自分の命だけじゃなく、仲間をも危険に晒す事になる』ってな。お前たちは、期せずして俺の言った事を証明した訳だ」
俺の話す内容に、クリークやメニーナは一言も反論出来ない。グッと歯を食いしばって耐えるしか無いのが分かる。
ただし、俺は冗談でも何でもなく忠告したつもりだったからな。まさかこれ程俺の言った事を軽んじるとは、実際に想定外だったんだ。少しばかり俺が腹を立てていても、それは仕方が無いだろう。
何の反論もないまま、俺の小言は更に続いてゆく……。
俺の部屋へやって来たクリーク達への説教会が始まった。
今回ばかりは、厳重に注意しておく必要があるからな。




