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ギリギリ! 俺勇者、39歳!  作者: 綾部 響
6.女王の棲み処
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女王の間 ―死の直前―

無謀にも、クリーク達は女王の間へと足を踏み込む事にしたみたいだな。

若いってのは勢いに任せた行動を躊躇なく取れるんだけど、それが裏目に出る事もある。

さて……彼らはどうかな?

 メニーナの強い懇願もあって、クリーク達は女王蟻(クイーンアント)と戦う事を決意した。……いや、それは少し違うかもな。

 流石に無謀が代名詞のクリークだって、今の自分たちが女王蟻に敵うとは思っちゃいないだろう。それはメニーナ達も同様だな。

 彼らの狙いはそう……女王を守る「従者蟻(バトラーアント)」に他ならない。

 巨大で如何にも強そうなクイーンアントを相手にするよりは、「労務蟻(ワーカーアント)」よりもまだ小さいバトラーアントを相手にしようと考えるのは当然だな。

 クリーク達は、この最下層「女王の間」に来た証……って言うより記念に、初めて見る希少な従者蟻を狩ろうと決めたんだろう。

 それに、女王蟻は巨大な卵嚢(らんのう)を抱えていて動けそうにない。もしも戦闘が始まっても、十分に距離を取ればクイーンアントの攻撃を受ける事は無いだろうしな。


 ……まぁ、それは色々と大きな勘違いな訳だが。


「凍てつく平原っ! 凍み亘りなさいっ! ……氷原(リョート・サフル)っ!」


 開幕は、当然と言おうかソルシエの魔法からだった。本当はパルネの魔法の方が威力は高いんだろうけど、まだ彼女は魔法を無為に使える余裕は無いからな。

 ソルシエの魔法の効果で、女王の間一帯が氷に被われた。巨蟻族の能力を全体的に引き下げるには、氷魔法の効果を及ぼした空間を作り出すのが一番だからな。


「いっくぞぉっ!」


 そして元気爆発なクリークが真っ先に飛び出し、その後をメニーナとダレン、ルルディアが追随する! 後方をソルシエとパルネが続き、最後尾にはイルマだ。

 動き出した彼らに反応して、従者蟻も即座に反応しだした。女王を守る最後の砦なんだから、それは当然だろう。


「どっりゃあぁっ!」


 いちいち五月蠅いクリークが、その張り上げた声同様の気合を込めて大上段からの一撃を繰り出す! その彼の背後にはダレンがピッタリと付き、次の攻撃と不測の事態に備えていた。

 言うなればこれは、クリーク達の必勝方法ってやつだな。クリークの一撃が決まれば良し。もしも防がれたり躱されでもすれば、後方のダレンが飛び出し攻撃を継続させる。


「うわああぁっ!」


 一方でメニーナは、どこか捨て鉢的な叫声を上げて両手に構えた剣をもう1匹に突き出した! その姿は、まるで迷いを払拭するみたいな……恐怖を振り払う様にも見える。

 渾身の力を込めた双撃を、防御も考えずに叩きつけている感じだ。でも……力み過ぎだな。彼女の良さはその動きの速さにもあるのに、力を籠める事に頭が行き過ぎてその利点を失っている。


「やぁっ!」


 それと殆ど同時に、側方よりルルディアが刺突攻撃を繰り出した! 無数に放たれた連撃が乳白色の胴体部を狙い撃つ!

 2方向からの攻撃、その全てが当たらなくてもこの2人の技量ならば数撃は敵を捉える。他の誰でもない、この2人が少なくともそう考えていただろうな。

 しかし彼女等の武器が巨蟻に当たるその瞬間、2人の目の前から従者蟻の姿が消えたんだ! いや、少なくともメニーナとルルディアはそう感じたに違いない。


「う……うわああぁっ! ク……クリークさんっ!」「きゃああぁっ!」「が……がはっ」


 クリーク達とメニーナ達がほぼ同時に2匹のバトラーアントへ攻撃を仕掛けたその刹那、やはり双方より悲鳴や叫び声が響き渡った!


 白色の巨蟻に放たれたクリークの攻撃はいとも容易く躱され、当人は勿論の事、その後ろで控えていたダレンの認識をも振り切り2人の側面へ回り込み、そのまま攻撃を繰り出したんだ。

 その結果、クリークは胴を深く斬り割かれ、ダレンも右腕肘から先の前腕部を切り落とされた! 激痛なのはダレンも同様だろうが、それよりもクリークの受けた攻撃が致命の一撃だと察したダレンが自分の事よりもクリークを案じて叫び声を上げたんだ!


 メニーナ達も状況は同じであり、メニーナとルルディアの攻撃を躱した蟻は2人の側方へと回り込むと、彼女達を同時に前足で突き刺したんだ! 

 メニーナは位置的に身を捩る事で肩を貫かれるにとどまったけど、ルルディアは腹部を深々と突き刺され倒れてしまった! こちらもまた、命に関わる傷だろうな。


「ク……クリークッ! ルルディアッ!」


 後方で一瞬の惨事を目の当たりにしたソルシエが、思わず声を上げていた。それでも杖を胸のあたりまで持ち上げて次の魔法の準備を行っている当たり、彼女も随分と場数を踏んできたことが分かるな。

 そしてイルマは、すでに魔法を行使していた。

 クリークとルルディア。命の危機があるこの2人に向けて、イルマは回復魔法を放っていたんだ。後方から戦況を確りと把握している、落ち着いた良い判断だけど……惜しむらくは、彼女の技量では彼らを助ける事は出来ないだろう。


「あ……あああぁっ! メニーナッ! ルルディア―――ッ!」


 瞬間の惨劇に、真っ先に取り乱したのは……パルネだった。彼女の目には、メニーナとルルディアが従者蟻に殺される未来が映っていたのかも知れない。

 狂声に近い奇声を発して、パルネに悍ましいほどの魔力が集まって行く!


「ちょっ! パ……パルネ、あなたっ!」


 同じ魔法を使う者として、ソルシエは一番にその異常を察した。彼女の目には、周囲の魔力がパルネに集まる……と言うよりも、パルネが吸い取っている様に映っているに違いない。

 それは、正しく……暴走。トーへの塔の悪夢再来だ!

 でも今回のそれは、以前パルネが無意識に用いた〝術〟ではなかった。赤黒く禍々しい魔力球が、パルネの前面に集結し凝縮され小さく小さくなってゆく!

 全方向に無作為に攻撃したあの時(・・・)とは、質も手段も全く異なっていた!


「だ……だめええぇ―――っ!」


 目は虚ろ……焦点は勿論、色さえ失っている。

 そんな意識があるのかさえ疑わしいパルネが、それでも作り出した魔球体を前方へと射出した! その狙いは……女王蟻だ!

 気を失いながらもパルネは、仲間を守ろうと必死なのかも知れない。この辺り、以前よりも成長したと判断して良いのかもな。

 速くはないが決して遅くもない。力を凝縮させた球体は、真っすぐにクイーンアントへと向かって行った! 

 本当だったなら、周囲に控えていた従者蟻は身を挺して女王蟻を守る筈だった。それがこの蟻たちの役目でもあるんだからな。

 でもおかしな事に、バトラーアントたちはパルネの攻撃に微動だにしなかった。それどころか、崩壊しているクリーク達前衛陣への止めも刺さずにいる。

 まるでこれは、パルネの攻撃をあえて受けるクイーンアントの動向を静かに見守っているみたいだ。

 何ものにも邪魔されず一直線に進んで行った魔力球は、そのまま女王蟻に直撃する!


「う……うわぁっ!」「す……すごいっ!」「パ……パルネッ!?」


 クイーンアントの元に到達したパルネの攻撃はそのまま凝縮する様な爆発を起こし、巨蟻の長を飲み込んだ! その炸裂はこれまでに誰も見た事が無いだろう色の燃焼を発して、敵を飲み込み消し去ろうとしているみたいだ!

 攻撃の余波に襲われたダレンが声を上げ、これまでにない魔力攻撃にソルシエは震撼し、初めて見るパルネの状態にメニーナは驚嘆した。

 魔法に精通していない者でも、その光景を目の当たりにすれば威力が推し量れようというものだ。それほどのパルネの一撃だったんだ!


「パルネッ!」


 全てを……それこそ己の中にある何もかもを出し切ったんだろう、結果を知る前にパルネが紙切れのように倒れた。それを見ていたメニーナが、よろける様にして彼女へと駆け寄った。

 そして暫しの後、パルネの攻撃に依る魔力の燃焼は収まりを見せ……クイーンアントが姿を現したんだ。


「う……そでしょ……!?」


 その屹立した姿を見て、声を出せたのはソルシエだけだった。もっとも、他に発声出来ただろう人物はダレンだけだったんだが。

 そのダレンは絶句して言葉を発せられなかったし、メニーナは結果を見ていない。クリーク、ルルディア、パルネは意識を失っているし、イルマは回復魔法を行使し続けるだけで手一杯なんだからな。

 ソルシエが絶句した通り、そこには殆ど痛手を負っていない女王蟻の姿が浮かび上がっていた。

 両手に携えている大鎌のような前足を十字にして防御の構えこそ取ってはいるが、その姿に傷ついている様子は伺えなかったんだ。

 戦意を喪失したのか、ユックリと膝をつくソルシエの姿がこの戦闘の結果を物語っていた……。


殆ど全滅状態。クリーク達の運命は決したと言って良いだろう。

こんな地下迷宮の最奥じゃあ、奇跡的な救援だって期待できない。

彼等の冒険も……ここまでだな。

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