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ギリギリ! 俺勇者、39歳!  作者: 綾部 響
6.女王の棲み処
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女王の間 ―最後の敵を前にして―

覗き込んだ先は、正しく女王の座す場所だった。

ここまで来て、クリーク達は再び話し合いに入ったんだ。


 クリーク達は、ゆっくりと通路から広間の中を覗き見た。出来るだけ気配を抑え、物音を立てずにこっそりと……だ。

 中に居るのがイルマの言葉通りなら、そこにいるのは女王蟻とその護衛蟻だからな。強さは折り紙付きだし、出来れば気付かれずに中の様子を確認したいのも分かる話だ。


「げっ……!」「こっち……見てますね」「バッチリ目が合いました!」「これって気付かれてるって事!?」


 でもそんな慎重な行動も徒労に終わった。既に中に居る蟻共はクリーク達の存在を察していたんだからな。

 この辺りは、普通の蟻共(・・・・・)とは格が違うってこった。


 女王蟻(クイーンアント)は、一目見ればそれがどれだか分かる。何よりも、燃える様なその深紅の身体が他の蟻とは一線を画す威圧感を放っていた。

 それに、その巨体だ。親衛蟻よりも更に巨大な体躯は、それだけでそれが女王蟻だと誰でも思うだろうな。

 その大きさに比例して、強さは格段に高い。ハッキリ言って、クリーク達全員が束になって掛かっても、僅か数分すら持ち堪えられないだろう。

 それが分かるんだろうな。メニーナとルルディア、パルネはさっきから蒼い顔をして一言も発せないでいる。

 相手の強さが分かると言うのも己の強さの一つだけど、やっぱりこの子達はクリーク達よりも頭一つ抜けて強いみたいだ。

 もっとも彼女達が顔面を蒼白にしていたのは、なにも女王蟻の強さに気圧されていたばかりじゃあ無いんだけどな。


「……ねぇ。あの白いのって、今まで見た事なかったけど……。あれも護衛蟻なのかな?」


 その存在を見たソルシエが、クリークに小声で話し掛けた。すでに見つかっているんだから声を顰めても意味は無いんだけど、そこはやっぱりこの場の雰囲気ってやつかな。


 クイーンアントの周囲に、2匹の白い蟻がいた。その様子は、まるで女王を守るように緊張感を漲らせているのが分かる。

 守る……と言っても、その大きさは女王よりはるかに小さい。それどころか、労務蟻(ワーカーアント)よりも一回り小さいくらいだ。

 それだけを見れば、とても女王最後の砦とは思えないだろうな。


「あれは……。もしかすると『従者蟻(バトラーアント)』かも知れません。私たちが見るのを初めてなのは当然ですけど、他の冒険者たちの中にもその姿を確認した者は多くないって言われています」


 ここでイルマが、自分の憶測を口にした。流石はイルマ、よく調べているな。


 彼女の言う通り、あの白い個体は「従者蟻」と呼ばれ、殆ど表には出て来ない。その存在理由は、主に女王蟻の身の回りの世話だからな。

 だけど、その強さは他の蟻たちよりも群を抜いている。小型故の素早さも然る事ながら、攻撃力は親衛蟻(ナイトアント)をも大きく上回っているんだ。

 幸いなのは、女王蟻が生涯で「従者蟻」を生み出せるのは1度だけで、しかも僅か数匹だけって事なんだけどな。

 それでも、戦えばやっぱりクリーク達に勝機は無い訳なんだけど……こいつら、ちゃんとその事を理解してるんだろうな?


「……へぇ。そんな蟻もいたんだなぁ。でも見たところ大して強くなさそうだし、単純に世話役って感じだよな」


 ……残念ながら、分かってなかったみたいだ。

 クリークの台詞を聞いても、ダレンやソルシエ、イルマからさえ異論が出ない。これは、彼らの敵の強さを感じ取る能力がまだまだ未熟だって証に他ならない。

 いままでずっと口を開かないメニーナ達の様子を伺い知れば、そのヤバさ(・・・)も少しは分かるってもんなんだろうけどなぁ。今はみんな、女王蟻にだけ意識を向けている。


「……それで? どうするのよ?」


 ここでソルシエは、クリークに向けて質問した。ここまで来た時点で目的は達成している。彼等だって、まさか女王蟻(クイーンアント)に勝てるとは思っちゃいないだろうからな。


「……どうするよ、メニーナ。……って、おい。どうしたんだよ!?」


 それでもクリークは、まだ戦う事を諦めていなかったみたいだ。メニーナに意見を求めたのが良い証拠だよな。

 相手の強さを計れないと言うのは、ある意味で幸せだ。恐怖を感じる事無く戦いに身を投じれるからな。

 もっともその結果は、無慈悲なものしか待っていないんだろうけど。

 でも、そんなクリークの気持ちに待ったが掛かった。メニーナの様子を見たクリークは、思わずギョッとして彼女の様子を案じていたんだ。

 それもその筈で、あの元気印で勝気なメニーナが、今は顔を青くして俯き返事する素振りを見せていないんだからな。それどころか、クリークのさっき言った台詞さえ耳に入っているのか怪しいまである。


「……パルネちゃん、ルルディアちゃんも。……どうしたの?」


 イルマも、メニーナと同じように口を開こうとしない2人に不安を浮かべて声を掛けた。パルネとルルディアも、まるでメニーナの真似をするように顔面が蒼白となりギュッと口を引き結んでいたんだ。

 この異変に、クリーク達も不安の色を浮かべてどうして良いのか分からなくなっている。こういう時は、本来ならば撤退するのが最善なんだけどな。


「あ……あの、クリークさん。これじゃあ、戦うのも……」


「……ああ、そうだな」


「それじゃあ、ここまでって事に……」


 流石のクリークも、ここへ来て自分たちだけで突っ込もうなんて考えは無いみたいだ。そして、表立ってはいないもののメニーナ達の実力を認めてもいるようだな。


「……まってっ!」


 そんなクリークが撤収の決断を口にしようとしたその時、それまで無言を貫いていたメニーナが焦ったように声を上げた。


「な……なんだよ、メニーナ!?」


「ま……まだよ! まだ……戻りたくない!」


 驚くクリークへ向けて、メニーナは強い意志で今の気持ちを伝えたんだ。それは、ここまで来てただ敵の姿を確認しただけじゃあ帰れない……帰りたくないと言う思いの籠ったものだった。

 見ればそんなメニーナに触発されたのか、パルネとルルディアも顔を上げてクリークを見つめていた。そんな彼女達に目を向けられて、クリークも思わず引いちまってる。

 3人の意見は一致している様だけど、実際はメニーナに引き摺られている感があった。


「戻らないって、お前……。なら、戦うってのか?」


 クリークが小声で再確認すると、メニーナは小さく頷いて肯定した。そんな仕草も、普段の彼女から考えれば弱弱しい。


「で……でも、随分と怯えてませんか? それで戦う事が……?」


 次いでダレンが、彼女達の異変を見て質問したんだ。良く見ると、メニーナ達3人は僅かに震えているのが分かった。


「……大丈夫。……大丈夫だから!」


 それでも、メニーナの決意はかなり硬いみたいだ。右手で左手の震えを抑え込んで、目だけは活力を漲らせてダレンの方を見た。

 ただし、流石にクリーク達から見てもメニーナの言葉が真実だとは言えなかったんだろうな。クリーク達4人は互いに顔を合わせて困惑していた。


「……ここまで来たのに、何もしないで帰るなんて嫌だ」


 そこへ、メニーナの呟きがポツリと漏れ落ちた。俺から見れば、ここまで来ただけでも十分なんだけどなぁ。

 確かに、再びこの巣穴攻略に挑戦したとして、今の彼等では同じようにここまで来れるとは断言出来ない。それを考えれば、メニーナの言う事も分からないではない。

 でも、その決断は一歩間違えれば死を招く可能性だってあるんだ。それを彼女達は理解してるんだろうか?


「……まぁ、せっかくここまで来たんだ。女王蟻に一矢報いる事くらいしたい処だよな」


 そして、折れたのはクリーク達だった。……いや、彼らも戦いたいと思ってるんだろう。

 強敵と戦う事は、今の自分の強さを確認するには打って付けだ。だから俺も、その事自体は否定しないんだけどな。

 問題は、生き残ることが出来るかって話なんだ。

 自分の強さを知ったけど、その結果命を落としちまったら目も当てられない。生き残ってこそ、次に芽の出る事もあるってもんだ。


「そ……そうよね。まだ魔力にも余裕はあるし、倒せないまでも……」


 レベル的に格上で、倒す事が困難だと言う事はソルシエも理解している。だからこんな意見になったんだろうけど。

 戦う雰囲気になって来たこの場で、イルマだけど不安そうに事の成り行きを見守っていたんだ。


若気の至り……と言うには、余りにも無謀な決断だろうな。

せめて、誰一人欠けずに生き残って欲しいもんなんだが……。

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