対立の2人
一先ず、この場の騒動は収まった。
残る問題は、対立しているメニーナとクリークを仲裁するだけだな。
さて……。
問題の元凶となっていた冒険者共はこの場から立ち去った。……まぁ、俺が追っ払ったんだけどな。
それが分かっているのかイルマやダレン、ルルディアは敬慕の眼差しを俺へ向けている。って言うか、そこまで凄い事をした訳じゃあ無いんだけどな。
でも本当だったら一番騒ぎ出しそうなメニーナも、一番興奮するだろうクリークだって何も言葉を発しない。
もっとも今は俺がこの2人の頭を押さえつけているんだ。何が起こったのかは明確に分からないだろうし、頭にはまだ血が上ったままだろうしな。
「……もう大丈夫です」
「ひぃっ!」
そして俺は、そんな2人から手を放して未だに動き出せないでいる親子の元へと歩み寄り声を掛けたんだけど……なんだか父親の方は怯えた声を発したんだ。あれ? 別に脅した訳じゃあ無いんだけどなぁ。
相変わらず俺の人相は、初対面の人間にはかなり戦慄を覚えるらしい。
ひょっとしたらさっきの3人組も、俺の気配に怯えたんでなくてこの顔が怖かったから逃げ出したのかも知れないなぁ……。
ふ……ふふ。これでも俺、勇者なのになぁ……。
なんて思っていたら。
「おじちゃん、ありがとう」
その娘は、俺の袖を少しだけ摘んで笑顔を浮かべてお礼を言ってくれた。
……ふっ。良い報酬を貰っちまったな。
だからこの際、本当は「お兄さん」な俺を「おじちゃん」と呼んだ事は水に流しておこう。ふ……ふふふ……。
「あ……あり……ありがとう、ございましたっ!」
一方の父親は、まるでさっきの冒険者が如く子供を抱えて去って行った。
ああ……。年を取るって、空しいのかもなぁ……。
「……私、悪くないもん」
全てが終わり人混みもばらけて、残されたのは俺たちだけになった頃合いを見計らったみたいにメニーナがポツリと呟いた。
流石はメニーナだ。俺が怒ると分かっていて、先に予防線を張って来たか。
「お……俺だって、悪いと思ってないからな」
それに続いて、クリークも言い訳を口にする。と言っても引け目があるんだろう、その声からは何時もの威勢なんて感じられずどこか卑屈になっている。
もうその言い方だけで、罪悪感を抱いている事はバレバレなんだけどな。
「……お前たちが悪い事をしたなんて、俺だって思っていないさ」
だから俺は、出来るだけ優しい声音で答えながら彼女達の方へ振り返った。ここで怒鳴ったり叱っても縮み上がらせるだけで効果は無いからな。
……なんて思ってたんだけど。
俺の顔を見た途端メニーナ、パルネ、ルルディア、クリーク、イルマ、ソルシエ、ダレン全員が……蒼い顔をして絶句しちまっていたんだ。
パルネとダレンなんかは、今にも泣き出しそうだぞ。……俺の顔って、どんだけ恐怖をまき散らしてるんだよ。
兎に角、ここは天下の往来でゆっくりと話すには不適切だ。
「……とりあえず、ここで話も無いだろう。……お前たち、付いてこい」
確かこの近くに、この人数でも丁度良い食堂があったはずだ。名前は確か……「軽食喫茶マクド」だったか?
先頭を切って俺が歩き出すと、全員が無言で付いて来た。
振り返って様子を伺うと、その姿は正に死刑場へと向かう囚人のそれだ。……いい加減俺だって泣くぞ。
店に入り、俺は店員に「ファミリーセット」を8人分注文し席に着いた。
「あ、俺はドリンクをシェイクに変えてくれ」
それを見たクリークが、すかさず注文の一部変更を店員へと伝えていた。……こいつは殊勝なのか図々しいのか一体どっちだ?
……なんて考えていたら。
「あ、それじゃあ私はオレンジジュースで」「僕は炭酸飲料でお願いします」「わたしもぉ」
イルマ、ダレン、ソルシエもそれに続いたんだ。
まぁ俺はここへ説教しに来た訳じゃあ無いし、こいつ等も怒られるような事はしていない……筈だから良いんだけどな。
「え……と?」「こ……ら?」「しぇ……なに?」
ただ、魔界から来たメニーナたちにはクリークたちが何をして何を言っているのか分かっていないみたいだ。
俺もあまり深く考えていなかったから、注文に付けたドリンクは全部コーヒーになっている筈だ。俺は問題なくても、子供にはちょっと喜ばれないかも知れないな。
何て思い立ち、その場から立ち上がろうとしたんだが。
「なんだよお前たち。マクドに来るのは初めてなのかよ」
ぶっきら棒な物言いながら、そんな3人の異変に気付いたクリークが声を掛けたんだ。
聞き方によっては挑発とも取れそうなもんだけど、困惑しているメニーナたちがそれに気付いた様子はないな。
「あのね、飲み物だけ替える事が出来るんだよ。コーヒーは私たちにはまだちょっと早いから、オレンジジュースなんか飲みやすいんじゃないかな?」
そしてすぐさま、イルマが優しく説明していた。その話しぶりは、まるで妹に言い聞かせるお姉ちゃんって感じだな。
「……では私は……それで」
それに対して、パルネはすぐに返答した。元々対立していたのはクリークとメニーナだからな、他の5人には含む処もないんだろう。
それが証拠に。
「あ……じゃあ、私はその……「こーら」ってやつが良いかなぁ?」
ルルディアはパルネに次いで要望を口にしていた。好奇心が旺盛なんだろう彼女は、何やら得体の知れないものでも果敢に挑戦するみたいだ。
「……お前はどうすんだよ?」
「え……と……。しぇ……しぇく……」
「お前もシェイクにするんだな?」
そしてクリークに促されたメニーナも、控えめではあるけど要望を口にしていた。
元から2人は正義感に駆られて行動し、偶々ぶつかっただけ……だと聞いている。なら、そこまで根強い反感ってのも無いんだろう。
注文を終えた7人が、重い足取りで俺の据わる丸テーブルへとやって来た。俺が視線で座るように促すと、それぞれが思い思いに着席する。
さっきは一瞬和やかなムードになりかけたんだけど、どうも俺の前に来ると借りて来た猫みたいになっちまうなぁ。
まぁ、年長者なんていつでもそんなもんだ。うん、そんなもんだ。
決して俺の顔つきやら雰囲気がヤサグレていて怖いってから訳じゃあ無い! ……筈だ。
重苦しい空気がこのテーブルにだけ取り巻いていた。それは、各々注文したものが運ばれてくるまで続いていたんだけど。
「……メニーナ、クリーク」
「ひっ……」「くっ……」
一通り食事がいきわたった処で、俺は口を開いた。
別にそんな事を意図した訳じゃないんだけど、どうにも重々しい雰囲気が更に重量を増した錯覚さえ覚えた。
それが証拠に、当の2人は小さく悲鳴を上げる始末。……やれやれ。
他の面子も、どうなるのかとハラハラしながら事の成り行きを見つめている。
「お前たちが人助けの為に……あの親子を助けに動いた事は知っている。そこでもう一度、お前たちの口からどうして言い争いになったのか聞かせてくれ」
そして俺は、2人に先ほどの状況に至った経緯を改めて確認した。
すでにイルマから聞き知っているが、本人たちの心情がそこには含まれていないからな。主観が入れば事情も変わるかも知れない。
……もっとも、子供の事情なんてそれほど重大な筈なんて無いんだけどな。
「……私、悪くないもん」
随分と時間が経過して、メニーナは漸く重くなった口を開いた。と言っても俺の方を見るでもなく俯き加減で、唇を尖らせながらじゃあ何か拗ねているみたいだな。
「お……俺だって、悪いなんて思っちゃいない」
そんなメニーナの呟きに、即座に反応したのはクリークだった。ここで何かを言わなければ、自分の非を認めた……って気持ちになるのは分からないんでも無いんだけど、これじゃあさっきと同じ事の堂々巡りだ。それに……。
「どっちが悪かったのかを聞いているんじゃあない。何で揉めていたのか聞いてるんだよ」
やや嘆息気味に、俺はメニーナとクリークへ改めて告げた。
子供ってのは弁が立たない代わりに、黙っちまう傾向があるからなぁ。今はまだ、悪い悪くないの話じゃないんだけど。
こりゃあ、長くなりそうだなぁ……。
子供の喧嘩をうまい具合に収めるってのは至難だなぁ……。
でもこういう事は早く対処しないと、いつまでも引き摺っちまうからな。




