景勝地「オルミガの集落」にて
どうやら、魔王リリアとメニーナたちは仲良くなったようだ。
まぁ、親睦を深める事は良い話だよな。
もっとも……何だか分からない異様な雰囲気は気になる処だが。
メニーナの無礼な申し出もリリアは鷹揚に応じて、愛称で呼ぶ事を快諾してた。
そこからは更に和やかとなり、その日俺たちは結局魔王城に泊る事となったんだ。まぁ特に火急の要件も無いし、1日ぐらいは問題無いんだけどな。
しかもメニーナたちは、リリアの寝室で過ごしたんだからこれはかなり驚きだよなぁ。
もっとも、大きな括りで見れば魔族同士。仲良くする事は良い事だ。
未だに人族と魔族では親交を持てていない事を考えれば、せめて同族内では親睦を深めて欲しいものだし。
「それでは勇者よ。またの登城を心待ちにしているからな」
そして翌朝。
形式的に魔王城で魔王への挨拶を行った俺たちに向けて、魔王リリアは穏やかな表情で語りかけた。
それに俺は、強く頷いて答える。
リリアはなんと、昨晩の内にルルディア用の「変化の首輪」を用意してくれていて、俺はそれを既に受け取っていた。
当面この魔王城へとやって来る明確な理由も無いんだけど、魔王リリアとは情報の擦り合わせなんかも必要だし、色々と相談を受けて貰いたいってのもある。
また、今後必要になるかも知れない特別なアイテムなんかも用立てて貰わなければならないしな。
そう言う意味では、今後も頻繁に訪れる事は間違いないんだ。
「……それにメニーナ、アカパルネ、ルルディア。そなたたちも、気兼ねなくこの城を訪れるが良い。色々と聞きたい話もあるしな」
「うん、リリア! また、いぃっぱい話しましょうね!」
そしてリリアがメニーナへと声を掛け、それを受けたメニーナは満面の笑みで元気いっぱいに返事をしていた。
随分と仲良くなったのは分かるんだが、まだ話し足りないって一体どんな内容だったんだか。
……んん?
メニーナの返答を聞いてリリアが微笑を浮かべ、メニーナやアカパルネ、ルルディアも笑みを浮かべて見つめあっている。
これだけなら、非常に微笑ましい光景なんだが……なんだ、これは?
4人の笑顔の裏には、何だか異様な迫力がある!
そして、この感じる事の出来る気配は……殺気!? いや……それよりも、もっと潜ませて忍ばせている……暗殺!?
笑顔を交わしているリリアとメニーナたちの間には、確かな緊張感がある! それは、痛いほどの晴天の中に浮かぶ場違いな一握りの雷雲とでも言おうか。
「じゃ……じゃあ、俺たちは御暇しようか」
「はぁい!」
もう、こんな不可解な場所にはちょっとでも居たくない! 俺は早々に退散するようメニーナたちに声を掛けた。
それを聞いた3人は、何事も無かったみたいに子犬みたいにこちらへと駆け寄って来た。
俺たちはこの場から、転移を使って移動し人界に向かう事を決めているからな。俺はそのまま、即座に転移を発動させた。
俺たちの姿が消えるその時まで、リリアは俺たちへ向けて笑みを湛えて見送ってくれていた。
全く崩れず些細な変化すら起こさない、まるで能面の様な笑い顔を浮かべ続けていたリリアの表情が、俺には最後まで気になった……。
人界へと戻って来た俺たちは、そのまま「オルミガの集落」へとやって来ていた。
メニーナたちは「レベルの恩恵」を授かったばかりで、未だにレベル1ではある。
とは言えその自力……基本能力はかなり高く、人族と同じように最初は「プリメロの街」周辺で戦う必要性なんて無い。「トーへの塔」さえ役不足だろうな。
そう言った訳で、更に先へと進んだこの集落へとやって来ていたんだ。
「うわぁ! 何だか綺麗な処―――!」
ここはこれと言って特徴のある集落じゃあ無いんだけど、その代わり周囲には美しい自然が観賞出来る隠れた名勝だ。
「俺はこれから、少し用があるから出掛けてくる。遅くても明日には帰って来るから、その間この村から大きく離れないなら自由にしておいて良いぞ」
この村の周辺には、景観の優れた湖やら絶景を誇る小高い山、中々の勝景である滝なんかがある。また酪農も盛んで広大な牧場を有しているのも特徴だ。
彼女達にその気があるなら、1日とは言わずに1週間は観光でもして時間を潰せるはず……なんだがな。
「お……おとうさん。その……早く帰って来てね?」
でも、少なくともルルディアにはそんな気なんて無いようで、そっと俺の腕に抱き着いて来た。「おとうさん」と呼ぶ事を了承したけど、それで彼女の俺への依存が何だか強まった気がするな。
何と呼ばれても問題ないけど、今後ルルディアの戦闘においての動きに影響があるなら考える事が必要だろう。
「あぁっ、ルルディアッ! 何でゆうしゃさまの手に抱き着いてるのよっ!?」
「……ふん。あんたには関係ないでしょ」
もっとも、今のところそれは心配ないみたいだけどな。寧ろ、ルルディアのこのギャップには不安にさせられるものがあるんだが。
「あ……あぁっ!? パルネまでっ!?」
「……早い者勝ち」
なんて考えてたら、反対側の腕にはパルネが抱き着いて来ていた!
しっかり者のイメージが強いパルネだけど、その見た目通りまだまだ精神的には幼いのかも知れない。もしかすれば、故郷の父母が恋しくなっているのかもなぁ。
「じゃあ、私はこうっ!」
とか何とか感慨に耽っていると、メニーナが俺の正面から身体に組み付いて来たんだ。
いや、メニーナよ。これは競い合う事でも無いだろうに。
期せずして俺は、3人の少女たちに両手を封じられ身体を極められて身動きも出来ない状態となっていたんだ。
既に村はずれとは言え通行人がいる。傍から見れば、何とも不可思議な光景かも知れない。
ただまぁ一見すればそれは、仲の良い親娘がじゃれあっている風にしか見えないかも。でも実際は、抱き着く3人の女の子は全員俺よりも年上なんだけどなぁ……。
だけど、いつまでもこんな所でふざけ合っている場合でもない。暫くは彼女達の好きにさせた俺は、まずは宿へと向けて移動を開始したんだ。
「お前たちの宿はここだ」
「うわぁ……。結構大きいねぇ」
連れて来た宿を見てメニーナは感嘆の声を上げ、パルネとルルディアは驚きの表情をしていた。
この「オルミガの集落」は集落……とはいっても、その規模は結構デカい。
この集落周辺に観光地が多くある事がその理由なんだけど、恐らくちゃんとした宿だけでも3つはある。素泊まり専門のものも加えれば10は下らないだろうな。
だから、既にこの集落へと来ているだろうクリークたちと遭遇する確率はかなり低いと言っても良い。
そんな中で、俺は割と高めの宿にメニーナたちを連れて来たんだ。万年金欠のクリークたちなら、まず間違いなく格安宿を選ぶだろうしな。
いずれはこの2組を引き合わせる事になるんだけど、今はまだその時じゃあない。メニーナたちにもちゃんと説明しなけりゃならないし、クリークたちにも話して……と言うより打ち明けなきゃならないし。
「部屋も綺麗ねぇ……」
ルルディアの言葉通り、少女3人が宿泊するにはやや広く豪華な内装をしていた。ちょっと甘いかとも思ったけど、そこはまぁ彼女達をそれぞれの保護者から預かっている責任と言う事で。
「お前たちには、小遣いを渡しておく。食事は3食この宿で摂れるから、これは好きなように使って良い。でも、出来る限り無駄遣いはするなよな。……特にメニーナ」
「あう……。分かったぁ……」
俺がメニーナに念押しすると、それまで上機嫌だった彼女はどこかシュンとして応えた。前科があるから、これに関しては反論も出来ないんだろう。
「今度は……しっかりと監視しておく」
「まかせて、おとうさん。私が無駄遣いなんてさせないんだから!」
そんなメニーナを後目に、パルネとルルディアの返事は実に頼もしい。
実はパルネもメニーナと同罪な訳だが、あの時の俺のお説教を未だに覚えてるんだろう。比較的冷静なパルネなら、同じ過ちを犯すとは考えにくい。
ルルディアの金銭感覚は未知数だけど、彼女の言動を見れば俺の言った事を遵守しそうだからな。2人に任せておけば問題は無いだろう。
「それじゃあ、行って来るからな」
俺はそれだけを言い残して、転移を使いその場から消え去ったんだ。
メニーナたちを集落で留守番させて、俺は顔馴染みである旧知の元へと向かったんだ。
そう……マルシャン道具店にな。




