アヴィドの娘
切羽詰まった表情のルルディアからの申し出。
これを受けるのは簡単だ。
……でもなぁ。
ルルディアと名乗った少女は、俺との一騎打ちを望んでいる。
でもその技量は、俺の見る限りではアヴィドよりも遥かに下だ。
いずれは奴を上回る可能性だって秘めているだろうけど、今はまだ未熟そのものでしかない。
それにつけても……この子は本当にあのアヴィドの娘か? とても血の繋がった親子とは思えないんだけどなぁ。
「……私との闘い……受けてくれる?」
でも、この娘の本心を彼女との会話から知る事は出来ない。それくらい、ルルディアの表情や声音には感情が籠っていないんだ。
「……良いだろう」
そして俺は、彼女の提案に了承を示した。それにこの娘は頷いて応じた。
俺と戦えば、恐らく瞬殺される事くらい十分に分かっているだろう。
それでも彼女の決意は固く、恐れている様子はない。それどころか、死をも望んでいる様にしか見えなかったんだ。
ただ、この場を一切引けないと言う決意だけは伝わって来た。
「……ありがとう」
礼を言われる筋合いでもないだろうに、ルルディアは一言そう告げると俺の前に出てスッと槍を構えたんだ。
幼いながらも、中々に堂の入った構えだ。
……さて。彼女の要望に応じたものの、どうしたものかな……。
あっさりと勝っても良いものかどうか。
何よりも、俺は彼女を殺そうなんて考えちゃあいない。
この部族をアヴィドと共に襲ったってのは問題だろうけど、デジール族の者たちが憤っているのはアヴィドの振る舞いであって、ルルディアのした事じゃあない。
部族の者の話じゃあ、ルルディアは部族の戦士と戦ったって話だ。一方的な虐殺やら略奪に加担したって訳じゃあ無いだろう。
その他に傍若無人な振る舞いをしてないんだったら、死をもって償わせるって程の事じゃあ無いだろうなぁ。
それに、アヴィドの罪はもう奴の死をもって償われている。今更ルルディアが背負うものなんて無いんだよなぁ……。
「ゆうしゃさまっ! ちょっと待ってよっ!」
俺が悩んでいたその時、背後からメニーナの声が聞こえたんだ。
彼女はそう叫ぶとズンズンと歩み出て、俺とルルディアの間に割り込み彼女と対峙した。
何だ? メニーナの奴、どうしたんだ?
「こんな奴、ゆうしゃさまが相手するまでもない! 私が相手してやる!」
そんな事を考えていると、メニーナはズバッとルルディアに人差し指を突き付け、見事な啖呵を切ったんだ。
いきなり割り込んできたメニーナの行動に唖然としていると。
「……何、あんた? 私はこの人と戦うの。……あんたなんか、関係ないでしょ?」
「関係あるもん! ゆうしゃさまは、私の先生なんだからね!」
何やらルルディアの意識も、メニーナの方へと向いてしまったようだ。
「……先生だから何? 何であんたが、私とこの人の決闘を邪魔するのよ?」
「だから言ってるじゃん! あんたなんかゆうしゃさまが相手するまでもないって言ってんのよ! 私が相手になってやる!」
もはや、子供の喧嘩だな……。いや、双方ともに見た目は十分幼いんだが。
でもこの言い合いから、俺に1つのアイデアが浮かんだんだ。
「……よし。ルルディア、メニーナ。2人が戦って、勝った方の言う事を負けた方が聞く……ってのでどうだ?」
「……どういう事?」
俺が2人の会話に割って入り提案すると、怪訝な表情となったルルディアが詰問して来た。
「どうもこうもない。言った通りだよ。もしもメニーナが負けたら、俺はお前の言う事なら何でも聞いてやるよ。一騎打ちでも何でもやってやろう。でもメニーナが勝ったら、俺の言う事に何でも従う事。……どうだ?」
俺の話した内容を聞いて、ルルディアは深く考え込んでいる。
流石に命を所望されても応じる事は出来ないけど、改めて邪魔をされずに一対一の戦いが出来るようになると言うのは魅力的だろう。
それに、今のままだとまともな戦いにはならない。それは彼女だって十分に理解出来ている筈だ。
例え戦えたとしても、俺が手加減した挙句に助命される……なんて彼女にとって望まない結果となるかも知れない。
だけどもしも本当に死を望んでいるならば、俺と命を賭けて戦えと望む事だって出来るんだ。
これは今の彼女にとって、十分に魅力的な条件だと言えなくもないよな。
「ふっふぅん。あんた、私に負けるのが怖いんでしょ?」
「なっ……。そんな事はない。……だいたい、私よりも弱い者に負ける訳がないだろう?」
「わ……私はあんたなんかに負けないもん! 私の方が、あんたなんかよりも強いんだから!」
「……どうだか」
「ムッカ―――ッ!」
俺がそんな思案に暮れている間にも、彼女達の口喧嘩は留まる事なく繰り返されている。
しかし、何で子供ってのはこんな生産性のない言い合いをするんだろうねぇ……。
「……わかった」
しばらく不毛な言い合いを繰り返したのち、ルルディアは大きな溜息を吐いて俺に向けて小さく呟いた。
どうやら、メニーナとの論争にも飽きてしまったらしい。いや……終わりのない言い争いに疲れてしまったのかな?
「……この子と、戦ってあげる。勝ったら……」
「ああ……。お前の言う通りにしてやるよ」
改めて、俺はルルディアとそう約束を交わしたんだ。
こうして、急遽メニーナとルルディアの試合が決定したんだ。
広い空間……礼拝堂だったんだろうか、ここで2人の少女が睨み合っていた。
1人は剣を構え、もう1人は槍を装備している。
言うまでもなくこの2人は、メニーナとルルディアだ。
双方ともに、俺から見ればかなり未熟。本当なら、こんな試合をするって程の技量にも達していない。
それでも、彼女たちなりに真剣で気迫も十分だ。
「……いっくわよぉっ!」
先手を取ったのはメニーナだ。まぁ、相手の出方を待つとか様子を見るってのは苦手そうだからなぁ。
でもそれはそれ。自分の性格や特性を無意識とは言え知った行動ならば、それもまた有効だ。
「……来い」
それに対してルルディアは、待ち受ける方が適していると言った風情だな。
策もなく真正面から突っ込んでくるメニーナを、冷静に迎撃する構えだ。
普通に考えれば、この案は間違いではないんだけど。
「はああぁぁっ! たあっ!」
「……くっ!」
ルルディアにしてみれば、想像以上にメニーナの踏み込みは早かったんだろう。
メニーナの斬撃に併せて自らの攻撃を繰り出そうとしていただろうに、肝心のメニーナの初撃を躱す事に失敗していた。
しかも思った以上にメニーナの攻撃は速く鋭く、そして重かったのか。彼女の攻撃を槍の柄で受け止めたルルディアの表情が一瞬で変わったんだ。
「やあぁっ!」
「く……この……」
しかも、メニーナの攻撃は1撃で終わらなかった。そのまま、ルルディアに向けて連続攻撃を仕掛けたんだ。
俺から見ると滅茶苦茶な剣筋だけど、それでも十分に速く鋭い。防戦一方のルルディアが慌てるのも仕方がない事だった。
「い……いい加減にぃ!」
でも、そんな斬撃もいつまでも続かない。
僅かにメニーナの息が上がったその瞬間に、2人の攻守が交代する。
「せあっ!」
「わっ……ちょっ!」
今度は、ルルディアの連続突きが繰り出される。やはり技は未熟だけど、今のメニーナにとっては十分に脅威だろう。
無数に繰り出される突きをメニーナは何とか躱し、剣で受け流して堪えている。
でもこうしてみると、メニーナは防御に難ありだよなぁ。
辛うじて防ぎきれているのは、ルルディアの攻撃にも粗があるからだ。
それでも、あの慌てっぷりと対処のまずさ。
彼女には、少し盾の扱いを覚えさせようか? それとも徹底的に防御方法を伝授すべきかな?
「やああああぁっ!」
「てえええぇいっ!」
そしてルルディアの攻撃が止むと同時に、それまで受けに徹していたメニーナが攻勢に回る。
でも今度のルルディアは、防御に専念するんじゃあ無くて迎撃を選択したみたいだった。
2人の力量は……今のところ互角。
決着は、まだつきそうになかった。
実力伯仲……って言うか、同じレベルで競っている2人の戦いは続く。
どっちが勝っても悲惨な結果にはならないだろうけど……。
今の時点ではどっちが勝つのかは分からないなぁ……。




