魔王の許可
ここの部族を仕切っている大男は、明らかに敵対行動を取っている。
でも今の俺には、それだけで奴を葬る事は出来なかったんだ。
さて、こいつの決意はさっき確認した。それにより、奴の運命も決したと言って良いだろうな。
それでも、俺が勝手にこの場を解決する訳にはいかなかった。
その理由の1つは、この世界の風俗の問題でもある。
こう言った部族の成り立ちがこの魔界で普通なら、俺がこいつにとやかく言うのはお門違いだ。
その場合は然るべき手段を用いて、改めてここへと訪れる必要があるだろう。
もう1つの理由が、こいつが魔族だと言う事だ。
どんなに嫌な奴でも、どれほどの悪人であっても、もう俺の一存でその命を奪う事は出来ない……いや、しないと決めているんだ。
魔王城で戦った十二魔神将たちは、今は仕方がなかったと思っている。
望んだ戦いではなかったが、それでも俺は先へと進み魔王に会う必要があったんだ。
それを阻むのは魔王配下の仕事であり、激突は避けられなかった。
なんせ、俺の双肩には人界の未来が掛かっている……って、その時は本気で思っていたからな。
でも今は……違う。
「……ああ、もしもし? リリアか?」
「……お前ぇ、何やってんだ?」
俺は戦闘の最中に通信石を取り出して、魔王リリアへと通信していた。
それを見た奴は、拍子抜けした声を出して問い掛けて来たが今は無視だ。
『ゆ……勇者か!? どうしたのだ!?』
まぁ俺の思い込みかもだけど、何故だか俺がリリアへ通信石を使うと、彼女は嬉しそうに出てくれるんだよなぁ。
「ああ。それで今、聖霊神殿に来ているんだが、どうやらここはどこぞの部族に占拠されているらしい。それで、メニーナたちのレベル付与が出来ないんだが……」
『ああ……なるほど。確かにこれまで、テムブルム地方は殆ど放置されていたからな。よもやそんな事になっているとは、考えも及ばなかった』
向こう側では、魔王リリアが心底申し訳なさそうな声で釈明していた。
彼女だって、そう暇な身分じゃあ無いんだ。立ち寄る必要のない地域なんて後回しだろうし、そこに住む辺境の一部族の動向にまで目を光らせるなんて出来ないよな。
「いや、それは良いんだが。それで、どうやらここに陣取る奴は俺の話を聞いてくれそうになくてな。剣で決着を付ける事になりそうだ」
『ふむ……。しかしそれならば、そなたにとっては問題にもならないのではないか? よもや、その者に勝てそうにない……等と言う話でもあるまい?』
どうやら魔王リリアは、俺が負けるなんて事は微塵も考えていないみたいだった。
ここまで信頼されていると、少しこそばゆい気もするけどな。
「まぁ、それは問題ない。ただ、ここで魔族の者を手に掛けても問題ないのか?」
そこで俺は、本題を切り出した。
魔王リリアにとっては、同族を人族に殺されると言う見方も出来るからな。
事後承諾では今後の関係を考えると大問題だし、ここでストップがかかるならばもう1つの方法……魔王リリアに出て来て貰わなければならないだろう。
つまり結局のところ、俺で対処出来ない事は彼女に出張ってもらうしかないって話だったんだが。
『……そいつは、話が通じないと言ったな? どの様な風体なのだ?』
質問に質問を重ねる形で、リリアはそう問い掛けて来た。
この会話で一部族の者が処断されると考えれば、彼女が真剣に情報を欲するのも分かる話だ。
「まぁ主観なんだが……とにかく粗野だな。それに、この神殿にハーレムを作っているんだが……そんな部族はあるのか?」
『何っ!? ハーレムだとっ!? ……私の知る限りで、その様な歪な形態を持つ部族は存在しなかったはずだが。……そこに、そいつ以外の者はいるのか?』
「……ああ、いるな」
『ならば、その者たちに聞いてみるが良い。その結果でどう行動するのかは、そなたに一任する。どの様な結果となろうが、責任は全て私が負うので心配無用だ』
そこまで信頼されちまっちゃあ、返って迂闊な真似は出来ない。
でもだからこそ、その信頼に応える働きをしないとと思わされちまう。
本当に、魔王リリアは人心掌握術に長けてるよなぁ……。
「分かった。後は任せてくれ」
『ああ……。武運を祈る』
そこで俺たちの通信は途切れた。その間、大男はイライラしながら待っててくれているんだから、本当は良い奴なのかも知れないなぁ。
でも、そう思えたのは……それまでだった。
「……おい、お前たち。お前たちは、こいつに進んで仕えてるのか?」
俺は通信を終えると、そのまま壁に張り付いている男たちに問い掛けた。
いきなり話を振られて目の前の大男は勿論、壁際の男たちも声を出せないでいる。
「おい、どうなんだ? こいつは、お前らの主人と言う事で良いんだな?」
全く返答がないので、俺は再度声を上げた。これで誰からも返事がないなら、俺はこの場をそのまま去ろうと思っていたんだが。
「ち……違うっ!」
一人の男が声を上げた。その声はそれほど大きくはなかったけど、静まり返ったこの広間にはよく響き渡った。
それを聞いて、大男がジロリ……と睨みつける。それを受けた男は一瞬身を竦めるが、それでも口を閉じようとはしなかったんだ。
「こいつは……俺たちの部族でもない! ある日突然現れて、俺たちの族長を問答無用で殺しそのまま居座ったんだ!」
「……てめぇ」
そこまで話した男に、目の前の大男が殺意を向ける。もしも俺がいなかったら、きっと間違いなく瞬殺されていただろうな。
「そ……そうだ! それだけじゃあなく、こいつは部族の女性を手籠めにして……」
「それで、お前たちはそのままこいつに従ったって訳か?」
さっきとは違う男の発言に、俺は少し意地の悪い質問をぶつけてみたんだ。
抵抗もせずに服従するって性格の部族なら今後もこいつみたいな者は現れるだろうし、それなら今目の前の男を倒してもあまり意味は無いしな。
「違うっ! 俺たちも抵抗したんだっ! でも……奴の強さは尋常じゃあなく……何人もの戦士があっという間に……」
そこまで話して、男はグッと唇を噛み下を向いてしまった。
なるほど、とりあえず抵抗するだけの気概はあったって訳か。
全滅するまで戦え……なんて、俺にはとても言えない。生き残る事も、間違いなく戦いだからだ。
そして彼らは、今まで辛酸を舐めながら生き長らえて来たんだろう。
それなら、俺の取る行動も決まったってもんだ。
「……って訳だが? どうやらお前は、招かれざる暴君ってところだったんだなぁ?」
「はんっ! 弱ぇ奴らをどうしようと、強い奴の特権だろうがっ! 甘っちょろい事言ってんじゃねぇっ!」
奴は今度は俺に向けて、殺意とも取れる気配を発散しだしたんだ。
それは正しく、戦闘の再開を告げる行動の他にない。
「……なるほど。なら、この戦いで生き残った方が彼らに何をしても良いって事だな?」
「はっ! それこそ愚問だなぁ! 死んじまったら、どうやって抵抗するってんだ?」
そりゃ、ごもっとも。俺も、つまらない事を聞いちまったな。
ここからは、言葉ではなくて剣で語るとしよう。
……と、その前に。
「まぁ意味はないかも知れないが、とりあえずお前の名前を聞いといてやるよ」
この戦いの後に、リリアに報告する必要があるからな。
こんな奴の名前には興味はないけど、出来る限りの情報は得ておかないとな。
「確かに、意味はないなぁっ! お前ぇは俺に殺されて、身ぐるみ剥がされるんだからなっ! でもまぁ、名も知らずに死んでいくのは悔しいだろう。俺はデジール族の族長アヴィド! お前が死んだら、ついでにお前の連れて来た子供たちもここで引き取ってやるから安心しろ!」
アヴィド……か。まぁ、覚えておいてやろう。
でも、こいつを許せない理由がもう1つ増えたな。
それは、メニーナとパルネにまで汚らわしい欲望を向けた事だ。
俺はここに来た本来の理由と、この部族の不遇に加えて、俺の大切な者を守るために……こいつを倒す事に決めたんだ。
アヴィドの奴は、俺に対して最も口にしてはいけなことを言いやがったんだ。
俄然、俺はこいつを排除する事を決定したんだ!




