気なんて感じないよ?
気配……うまりは「気」を感じる練習を、メニーナとパルネは取り組みだした……んだが。
ここは往来の真ん中で、いつ魔物が出てくるか分からないんだけどなぁ……。
その後もメニーナとパルネは、独自に周囲の気配を探ろうとあれこれ試行錯誤していた。
っと言っても、そう簡単に誰にでも出来る事じゃないからな。
「うぅ―――ん……。ぜんっぜん、分かんないよぉ……。パルネは?」
「……ダメ。……良く分からない」
2人はまだ、切っ掛けさえ掴み切れていないみたいだった。
あれこれと四苦八苦して、技術ってのは身に付けていくもんだからな。
個人差もあって、すぐに覚えることが出来る者も入れば、何年経っても出来ない奴には一向に出来ないもんだが、そう言った事も全部ひっくるめて経験なんだ。
……って思っていたら。
「ねぇ―――……、ゆうしゃさまぁ―――……。全然出来ないよぉ―――……」
すぐに音を上げたメニーナが、縋る様に俺へ目を向けて来た。
ううぅん……子供は根気がないなぁ……。
「すぐ出来ないのは当然だ。そんなに簡単に出来る事じゃあ無いからな。続けて何回も、出来るまで続けていく事が大事なんだ」
出来ないからと投げ出せばそれまでだ。
気配を探るようになれなくても、それですぐに自分の命が失われる訳じゃあ無いんだから、匙を投げたとしてもそれはそれで仕方がない。
でも、いずれはそれで困る事が出てくるだろうなぁ。
特に俺たち冒険者は、死と隣り合わせの世界で生きる事になるんだ。
生き残る可能性が高くなる技術を身に付けるのは、ある意味では必須な技能と言っても過言じゃあない。
「うう―――……。でも、分かんないもんは分かんないぃ!」
だけど、子供にはその理屈はピンと来ないみたいだ。
実際に困ってから、初めて俺の言っている事が理解出来るようになるんだろう。
まぁ確かに、俺も昔はそうだったし。
だからこそ、先達である俺たち大人が若者に指導する訳なんだが……子供にはそれさえも「小言」やら「説教」に聞こえるんだろうなぁ。
……そう考えると、俺も年を取ったなぁ。
「……パルネも、切っ掛けも掴めない感じか?」
ふぅっと一つ溜息を吐いて、俺はパルネの方へと問い掛ける。
さっきの2人の会話でも、パルネは「良く分からない」と言う答えをメニーナへと返していた。全く分からない訳ではなさそうだと思ったんだが。
「……何かが居る感じは……する。でも……良く分かりません」
ふむ……パルネはもう入り口に立っている感じだな。
もしかすると彼女は、自らの「気」を遣う以外に魔力も使っているのかも知れない。……無意識だろうけどな。
実は「周囲の気配」を察知するには、自らの内面に存在する「気」が非常に重要だ。
突き詰めていけば、その内在する「気」を周囲に拡散し、知覚を広げるイメージで周辺の自分とは別な「生命」を感じ取る必要があるんだ。
とは言えその内在する「気」を把握し、それを辺りに広げ別の存在を察知するって行為が難しいんだけどな。
これに魔力を加える事で、パルネはメニーナよりも早く知覚出来ているのかも知れない。
「……しょうがないな。2人とも、そこに並んで立て」
本当なら、もしも先にパルネが出来るようになったなら、彼女からメニーナへアドバイスして覚えていく……ってのが筋だろう。
自分たちで発見して覚えていった方が、絶対に深く身になるものだからな。
そしてこう言った行為は、他にも転用が利くんだ。出来るだけ、慣習付けた方が良い……んだけどなぁ。
反面、子供はまぁ……飽きっぽい。
ちょっと出来ないと、すぐに飽きちまって二度と取り組もうとしなかったりする。
こうなったら再度取り組ませるのにも時間が掛るし、やり出したとしても集中力を欠いたりする。
俺の時はもしかすると遠回りだったかも知れないが、先駆者としては後輩になるべくスムーズな道を進ませるのも役目か。
頭に疑問符を浮かべた2人の背中に立ち、俺は少しだけ「気」を発散する。
彼女達の身体には触れていないし、声も掛けていない。何をするかも伝えてはいないんだが。
「あ……あれ!? これって……!?」
「うん……。感じる……」
2人は俺の気配を察知して、驚いたように騒ぎ出したんだ。
「気配」を察するってのは自分の「気」を周囲に発散させる訳だが、それだけで相手の存在を知る事は出来ない。
自らの「気」で、相手の「気」を感じ取らないといけないんだ。
よく肉食獣に狙われた時などは「嫌な気配がする」ってのがあるが、あれはこの「気配を探る」とは逆の現象が起きている。
狙っている獣の気配が自分の「気」に触れ、それを感じ取っているんだ。
つまり「探られている」と気付くって事なんだ。……まぁ、その時点で危険度は最高な訳だが。
今彼女達は、俺の発した「気」に捉えられてそれを感じているに過ぎない。
でも感覚としては、これで何となく理解出来る筈だ。
「……どうだ? 分かったか?」
「う……うぅ―――ん……」
とはいえ、それだけで習熟出来る筈も無い。
メニーナは、何だか分かり掛けているって反応だったけど。
「何となく……分かりました……」
どうやらメニーナは、何かを掴み取ったみたいだ。
そう思えたなら、後はそれを実践するだけ。もしも間違っていても、その時はまた俺から助言を与えれば良いからな。
「えぇ―――っ! パルネ、ずるいぃ―――!」
そんなパルネに向けて、メニーナがブーブーと文句を垂れだした。
いや……ズルいとかそういう問題じゃあないんだけど、子供にはそんな事は関係ないか……。
しかし……。
メニーナもパルネも、こうしてみるとつい忘れてしまう訳だが、実は俺よりも随分と年上な筈なんだよなぁ……。
それでもこうして精神的に子供ってのは、それだけ魔族が無為に時を過ごしているって事になる。
確かに人生は人族よりも長いんだろうけど、ほとんどの魔族は恐らく人族と同じ比率で時を送ってるんだろうな。つまり、ただ単に子供の時期が長いだけなんだろう。
「え……と……。あのね、メニーナちゃん……」
そんな理不尽な文句にも、パルネはゆっくりと対応しようとしている。
この辺りが、2人が友達……親友でありえた理由なんだろうな。
話し合う2人を見つめながら、俺はそんな事を考えていたんだ。
色々と教えなければならないってのは当然だけど、だからと言って道端で立ち止まり長々と話をしている訳にはいかない。
目的はあくまでも、2人に「レベル」の恩恵を与える事なんだからな。
それに彼女達が会得しなければならない事は、何も戦闘に関する事ばかりじゃあないしな。……いや、会得って程の事でも無いんだが。
「今日はここに泊るぞ」
漆黒の禍々しい鎧に身を包んだ俺は、メニーナとパルネへ向けて話した。
そんな2人は元気よく頷いて……って訳じゃあなく、何やら疑問を浮かべた表情でこちらを見ている。
「ねぇ、ゆうしゃさま? 何で……そんな格好?」
そしてメニーナは、思っている事をすぐに口にしていた。その隣ではパルネがウンウン同意している。
まぁ既に親しいって間柄な俺とこいつ等なら、俺がこんな格好をしているのも不思議だろうがな。
「いいかメニーナ、パルネ。俺は人族で、魔界では非常に稀有な存在であり嫌われている可能性もあるんだ」
だから俺は、この2人に懇切丁寧に説明してやる事にしたんだ。
こう言う事だって、今後の彼女達の行動にも直結している訳だからな。
「配慮する」って事も覚えないと、魔族である2人が人界を旅するのに今後問題が起きないとも限らない。
フンフンと頷いているメニーナとパルネだが、ここまで話してもまだ分かっていないようだな。
「だから出来る限り正体を隠して、無用なトラブルは引き起こさない様に心掛けているんだ。この格好なら、一目見ただけじゃあ人族とは思わないだろうからな」
武を尊ぶ種族である魔族は、こう言った全身鎧姿でもそれほど違和感を覚えられる事は少ない。
それに旅をしている者は多くないだろうけど、居住地の外側に出るならば確りとした装備は不可欠だからな。
……まぁ、それに子供を同伴しているってのは、人界であっても少し目立つっちゃあ目立つ訳だが。
「へぇ―――……。なるほど」
それでもメニーナとパルネは、俺の説明に納得しているみたいだ。
どれだけ理解しているのかは不明だが、こういう事は反復する必要もあると聞く。
俺は街中での振る舞いの注意点を口にしながら、今日泊る宿を捜し歩いたんだ。
メニーナとパルネには、本当に教える事が盛りだくさんだ。
とりあえず一気に詰め込むんじゃあなく、ゆっくりとその都度教えていくか。




