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ギリギリ! 俺勇者、39歳!  作者: 綾部 響
1.秋嵐の古塔
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少女たちの挑戦

魔界から連れ出したパルネたちを、俺はある場所へと連れて来ていた。

その場所とは……。

 トーへの塔


    見上げる先に


        秋の雲


 ……おっと、思わず一句謳っちまったぜ。

 でも、それも仕方がないよな?

 なんせ今日は、少し肌寒いけど凍えるほどじゃあない、何とも季節を感じさせる日和なんだ。それに加えて、この抜ける様に高く感じる青空。

 過行く秋を思っちまえば、感慨深くもなろうってもんだ。


「ねぇ、ゆうしゃさま? 空なんか見上げて、何してるの?」


 そんなセンチメンタルな雰囲気を醸し出していると、同行していたメニーナに不思議そうな顔で突っ込まれちまった。


 ……ふっ。メニーナの奴は、やっぱりまだまだ子供だな。


 こんな郷愁を感じさせる景色を前にして何も感じないなんて、この娘に侘び寂の何たるかを理解しろってのが……酷か。


「いいや。今日は良い天気だなぁって思ってな。最近は寒くなって来たから、こういう秋晴れには季節の良さってのを感じるもんなんだ」


 俺は目の前にいる青い髪と目をした|人族の姿をしたメニーナ《・・・・・・・・・・・》にそう話しかけたんだ。

 彼女の後ろには、同じく(・・・)人族の姿をして(・・・・・・・)無言で表情の読めない黒髪黒目のアカパルネが、俺から身を隠すようにメニーナの陰でじっとしている。

 そのくせ、俺の方をじぃっと凝視して一挙手一投足に注意を払ってんだから……。

 興味があるのかないのか、もうちょっとはっきりしてくれい。


 言うまでもなく彼女たちは、れっきとした魔族だ。

 アカパルネにはあまり目立たないが、メニーナの頭には小さいながらも立派な角と、これまた小さいながらも明らかにそれと分かる翼が背中から生えている。

 本来の肌もメニーナは色黒で、人界では少し珍しいかな?

 でも今俺の前にいる2人は、人族だと断言しても問題ない容姿をしていた。

 2人には翼はおろか角さえ生えておらず、メニーナの肌の色も一般的な肌色をしている。

 当然ながら、これには理由があって……。


 ―――特殊アイテム「変化の首輪」。


 これは魔界を治める現魔王「リヴェリア=ソシエル=カサルティリオ」……愛称魔王リリアが俺の要請で作ってくれた、容姿を変えるアイテムだ。

 人族ならば魔族に、魔族ならば人族に変化することが出来るアイテムなんだが、今のところなんの問題もなく機能しているみたいだな。

 原料として人界でのみ精製する事の出来る「魔法石(エーテル)」が必要な訳だが、それを手渡してほんの数日で作っちまうなんて……天才ってのは、どこかに居るもんだなぁ。

 ほんと、魔王リリアと全面戦闘にならなくて良かったよ。


「それで、ゆうしゃさま! これからこの塔に上れば良いの?」


 俺がそんな感慨に耽っていると、もうこれ以上我慢ならんと言った雰囲気を発してメニーナがにじり寄って来た。


「お……おう。お前たちにはまず、ここで力試しをして貰おうと思う」


 俺が彼女達にそう告げるとメニーナの眼は一層爛々と輝き、アカパルネ……愛称パルネの表情は更に陰りを濃くしたんだ。

 ……こいつらのテンションの違いってのはどうなってるんだ?

 ともかく今日は、以前俺の教え子であるクリーク、イルマ、ソルシエ、ダレンたちも攻略した「トーへの塔」をメニーナたちに登らせようと考えていた。

 今回は以前のように心配なんて微塵もしていない。

 実力で言えば、メニーナたちにこのトーへの塔は役不足だからな。

 とはいえ、何の説明もなくぶっつけ本番で登らせる……ってのは、ちょっと危険な気もするからな。


「良いか。これからこの塔の事を教えるから、注意して進むんだぞ」


「うん、分かったぁ」


 嬉しくって仕方がないと言うメニーナの返事は、ハッキリ言って分かっているのかどうかも怪しいものだったが、ともかく俺はそのまま話を進めたんだ。


 この「トーへの塔」は始まりの街「プリメロ」を出た新人冒険者の、いわば登竜門的存在だ。

 推奨レベルは10。しかしもしもソロならば、レベル10では苦戦する事だろう。なんせ敵……怪物が、必ずしも1対1に応じてくれるとは限らないからな。

 逆に言えば個人のレベルが10に足りてなくても、パーティとしてレベル10以上の働きや連携が出来れば十分に攻略可能な塔だと言える。


「ふぅん……。じゃあじゃあ、私とパルネはレベル10って事?」


 ここでメニーナが、核心に迫る質問をぶつけて来た。

 ……ったく、子供は本当に考えもなくズバッとくるよなぁ。


 実際の所、メニーナやパルネがレベル10以上であるかどうかと言う事は……分からない。

 何せ魔族はこれまで聖霊の加護なんて受けられなかっただろうし、レベルってもんも無いんだからなぁ。

 ……でも、これだけは分かる。


「お前たちがレベル10以上かどうかは分からないが、俺の見立てではこの塔くらいは制覇出来るんじゃないかって思ってる」


 恐らくだが、メニーナの強さはレベル10を大きく上回っていると思うんだ。

 そしてパルネもまた、メニーナに負けず劣らずの実力を持っている様に感じていた。

 だからと言ってハッキリと彼女達の強さが分からない現状で、これ以上敵の強い場所に2人を放り込む事も出来ない。


「ほんとに!? 私たちだけでこの塔の最上階まで行ける!? よ―――し、ガンバちゃうんだからねぇ! ね、パルネ?」


 そして当のメニーナはと言うと、初めての冒険者らしい行動に期待で胸を膨らませていた。

 話を振られたパルネも、神妙な面持ちでコクリと頷いて応えている。緊張はしているようだけど、過剰に恐れている様子は伺えないな。……大したもんだ。

 この2人の様子を見る限りでは、その潜在能力は間違いなくクリークたちを上回っているな。そして……その戦闘能力も。


 強さも極めていけば、敵の強さを正確に見抜き、塔やダンジョンに住み着くモンスターのレベルも外から察する事が出来てくる。

 これはスキルやら魔法じゃあなく、経験から得てゆくものだ。

 でもそこまでいかなくても、それなりに戦いの場に身を置いていれば所謂“気配”を感じられるようになる。……それが未熟であったとしてもな。

 何となく怖い、近付きたくない、足が竦む……等。本能が訴えかけると言い換えても良い。

 とにかく、この人界よりも遥かに過酷な魔界で育ってきた彼女達だ。

 戦闘経験が少なくても、危機察知能力に関しては非凡なものがあるのは確かだからな。

 そしてその彼女たちが、このトーへの塔を前にしても恐れた様子がないんだ。

 なら、多分この塔の攻略自体はそれほど苦でもないだろう。


「よし。それじゃあ、俺は後ろから付いて行くだけで手を出さない。戦闘も含めて、探索の判断は2人に任せるからな。危なくなったら、必ず退け。本当にヤバくなったら、俺が手を貸してやる。いいな?」


「ふっふ―――ん。ゆうしゃさまの手を借りなくったって、この塔くらいなら簡単に上り切っちゃうんだから! 行こう、パルネ」


「……うん!」


 俺の忠告に元気いっぱいの声で応えたメニーナは、パルネと手をつないでトーへの塔の入り口を潜って行った。

 その様子だけを見れば、まるでこれから遊びに行くかのような雰囲気だ。……ったく、末恐ろしい子供たちだよ。

 まぁ……俺よりも年上なんだけどなぁ。魔族は長命種でもあるし。

 そんな2人の後ろを、俺はゆっくりと付いて行ったんだ。


意気揚々と塔へ挑むメニーナとパルネ。

その後ろ姿は、幼い容姿からは考えられない程に頼もしいものだ。

もっとも。

頼もしすぎると言うのも問題だったんだけどな……。

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