もう1つの世界
現れた聖霊様たちの姉「ヴェリテ様」から、魔族にもレベルを付与する事が出来ると確認が取れた。
それならば、すべき事は1つしかないだろ?
「魔族にレベルを付与する事が出来るのか?」
「Yes」
俺たちの問いに聖霊ヴェリテ様が答え、これによってここへ来た大体の目的は達成出来た。
……あとは。
「ならば、我らにその『レベル』を付与する許可を与えては貰えないだろうか?」
俺たちの前に気怠そうな風情で立っている聖霊ヴェリテ様へ、魔王リリアが神妙な面持ちで懇願した。
そう……後は魔族に「レベル」の加護を与える許可さえ貰えれば、俺たちの目標は達せられたと言っても過言ではない。
もっとも……。
新たに聖霊ヴェリテ様が出現した事で、確認事項が増えた訳だけどな。
「……許可。……許可……ねぇ」
リリアの質問に対して、ヴェリテ様はその風貌には似つかない真剣な雰囲気で考え込んでいた。
それは多分、魔族にレベルを与える事により発するリスクを思っているんだろう。
レベルは、上がれば上がるほどにその者の身体的精神的能力を向上させる。
でも当たり前だが、本来なら持ち得ない力を手にすると言う事は、過大な負荷が肉体に圧し掛かっていると言う事でもあるんだ。
本来なら、肉体の限界を超えた力って奴はその者の身を滅ぼすしかない。
つまりは……そんな力を行使した後には、死しか待っていないって事だ。
レベルが上がると言う事は、本当ならば容易にその状態が訪れてしまう話でもある。
でもそうならないのは偏に、聖霊様の加護によるものだ。
ただしそれも、元々「貧弱な」人族ならではと言う事になる。
弱い力が大幅に向上されても、それは聖霊様の加護の許容内となり、だからこそ俺たちも「無茶」が出来る訳だ。
しかし、元々肉体的能力の高い魔族の場合はその限りじゃあない。
いともあっさりと限界を飛び越え、聖霊様の制御も不能となり、簡単に「死」を齎してしまうだろう。
「……与えてやっても良いけどねぇ。ただし1つ、制限がある」
随分と熟考をしたあと、聖霊ヴェリテ様は重い口を開いた。
そこには、彼女の風体からは考えられないほど理知的な思いが含まれているのが感じられた。
「……その制限……とは?」
喉を鳴らして、リリアがヴェリテ様に先を促す。
ただまぁ、その答えも何となく想像つくんだけどな。
「……そう。与えられるレベルの上限は10……いえ、20ってところかしら? それ以上は強化されるどころか、動いただけで肉体が崩壊しちゃうでしょうしねぇ」
なるほど、上限が人族のそれよりも随分低いって事なんだな。
しかし、動いただけで崩壊しちまう強さってどんなだよ……。怖えなぁ……。
「因みに、人族のレベルの上限は99で間違いないのか?」
そこで俺は、兼ねてから疑問だった事を問い質してみた。
一般的に人族のレベル上限は99とされている。そして、今の俺はレベルが98。もうすぐレベルキャップと言う処まで来ている。
このままだと俺は、これ以上強くなれそうにない。
でも、魔王リリアは更に強くなる可能性を秘めているんだ。
彼女だけじゃあない。
もしかするとメニーナやパルネも、簡単に俺を飛び越えて行くかも知れない。
それはそれで仕方がないけれど、何というか……少し寂しいし焦っちまう。
置いて行かれる感覚に囚われちまうからな。
「……いえ? 人族のレベルなんて、199まで上げても許容範囲ねぇ。もっとも、そこに到達するには人族の寿命じゃあ短過ぎるでしょうけどね」
ヴェリテ様の答えを聞いて、俺は思わず絶句してしまっていた。
人族でも最高位に位置する俺のレベルを以てしても、実はまだ半分に手が届くかという処だったんだ。
でも確かに、ここから更にレベルを上げてMAXまで目指したとしても、とてもじゃないが時間が足りないだろうなぁ……。
ただ、俺にもまだ強くなる可能性が見えて来たんだ。
これで少しは、光明が差したと言っても過言じゃあない。
「ふふふ……。あんた、人族の勇者ねぇ? 私の話を聞いてにやけるなんてあんた、ちょっとおかしいんじゃない?」
俺は自分の可能性が開けた事を知って、つい笑っちまってたんだろう。
それを見たヴェリテ様が、興味深げに俺の方を見つめていた。
もっとも……。
俺が一人笑みを浮かべる様を見て、リリアは若干引いていたし、ヴィス様に至っては目に涙を浮かべて驚愕していたんだけどな。
いや、どんだけ俺の笑い顔って凶悪なんだよ。
「ああ……。俺にもまだ戦うだけの可能性が残されているって分かったしな。それに、これから強くなる者たちにも随分と道が開けたような気がしたんだ」
後衛を任された種族である人族も、もしかすれば前衛として戦えるかも知れない。
それを考えれば、今鍛えているであろうクリークたちも十分に戦力として数える事が出来る可能性もあるんだ。
「……ところでさぁ。もう用事が無いんなら、私は早くあっちの世界に戻らなきゃいけないんだけど……」
とりあえず話は一段落した。
魔族へのレベル付与の許可は下りたし、知りたい事はあらかた聞き終えた。
本当だったら、このままご退場頂いてもなんら問題ない……はず筈だったんだけどな。
「ヴェリテ様。もし宜しければ『あちらの世界』についてお聞かせ願いますか?」
こんな機会は、早々訪れないだろう。
だから俺は、この際ずっと抱いていた疑問を聞く事にしたんだ。
つまり……もう1つの世界について……だ。
「あちらの世界……とは『羅刹界』についての事?」
「……『羅刹界』?」
俺の質問に対してヴェリテ様は初めて聞く言葉を発し、それにリリアが小首を傾げて反問していた。
確かに「羅刹界」なんて聞いた事も無かったし、それがどの様な意味を指すのか考えも及ばなかったから仕方がないよな。
「そう……。人界、魔界とは別にある、もう一つの分かたれた世界。それが『羅刹界』なの」
ただし、予想はついていた。
この世界は元々1つであり、それが3つに分けられたと言う事は以前に聞いていたからな。
3つの世界に3人の聖霊様……。とくれば、ヴェリテ様の受け持つ世界があってもおかしくない。
そしてその名称が「羅刹界」である可能性も十分に考えられた事だ。
「いちいち細かく質問されるのは面倒だから、一気に説明するわ。だから、途中で口を挟んだりしない事」
どうやらヴェリテ様はその「羅刹界」についても説明してくれるらしい。
見た目のだらしなさに反して、その辺りはちゃんとしている処なんかは流石に聖霊様たちの長女と言う事だろうか。
「第三の世界『羅刹界』は、根本的に『人界』や『魔界』とは何もかもが違うわね。まず何よりも違うのはそこに住む者たちの容姿……かしらねぇ」
話始めたヴェリテ様は目を瞑り、その世界の光景を思い出しているかのようだ。
……でも。
「独特の生態系……。厳しい気候……。そりゃあ、姿かたちがあなた達と大きく変わっても仕方がないと言う処かしらね」
彼女から聞くその世界……そしてそこに住む住人の話は、とても信じられる様なものじゃあ無かったんだ。
「あの世界では弱肉強食だけが真理。性別はあっても差別や区別はなく、ただ強い者が弱い者を蹂躙する過酷な世界よ。町や村、国さえ存在しない、ただ『個』としての強さだけが存在する所なの。だから長い年月を経て、その容貌はとても人のそれとは遠くかけ離れてしまったのよねぇ。多分その姿を見たら、あんたたちはびっくりするわよ」
クスクスと笑いながらそう話すヴェリテ様だが、俺たちとしてはとても笑える話じゃあ無かった。
男も女も無くただ戦い続けるだけの世界だなんて、そんな場所の住人が攻めて来ればこちらの存在が太刀打ち出来る訳がないからな。
ある程度想像はしていたけれど、ここまで環境に違いがあるとは思わなかった。
そして……これほどまでに脅威を感じる存在だったとは、まだ俺たちの考えは甘かったみたいだ……。
聖霊ヴェリテ様より紡がれる「第3の世界」の概要……。
それはとても想像することが出来ない、信じられない様な世界だったんだ。




