聖霊達の姉
兎に角、聖霊ヴィス様は俺たちの前へと現れてくれたんだ。
なら俺は……俺たちは、ここに来た目的を早急に果たさないとな。
俺は本来の目的を果たす為に、聖霊ヴィス様と正対していた。
魔王リリアに上手く言い包められた感は否めないけど、ここまで来てそこに拘っても仕方がない。
……いや、もしかするとリリアは、そこまで計算していたのかも知れない……なんて考えるのは、俺の自惚れ過ぎかな?
まぁ俺だって、こんな美女と人生で数少ないデートが出来たんだ。悪い事ばっかりじゃあないよな。
「……闇の聖霊ヴィス様。あなたにお伺いしたい事があるのですが」
とにかく、聖霊様をお呼びすることが出来たんだ。なら、俺のすることは1つだけだ。
俺はヴィス様の前に跪き、深々と頭を下げて話し掛けた。
この世界を見守る聖霊様なんだ。礼を尽くして当然だろう。
……まぁ、光の聖霊アレティにはこんな畏まった態度も不要だろうけどな。
「……はい」
性格的に奥手で恥ずかしがりやなヴィス様は、俺の問いに照れながらか細い声で応えてくれた。
ほんと……あの光の聖霊と姉妹だなんて、俄かには信じられないぜ。
「単刀直入に聞きます。この世界の住人……魔族に『レベル』を与える事は出来るでしょうか?」
俺は、やや拙速かと思われるかもしれない程、本当に話の核心を口にしていた。
もっとも、それにもちゃんと理由がある。
それは……ヴィス様だ。
彼女は、長時間男性の前にいる事が出来ない! ……憶測だけどな。
だって、すでにモジモジとして落ち着きがなく、どこか呼吸も荒いように感じられし。
このままだと恥じらい過ぎてそのまま逃げ消えてしまうか、汗顔してその場で気絶してしまうかも知れないからだ。
「えぇ……っと。あの……。その……」
すでにその兆候が出ている。
ヴィス様はこの世界の守護者として万人に崇められる存在だと言うのに、俺の質問を受けただけですでにグロッキーだ。
「ヴィス様……。お気を確りと持って……」
見かねた魔王リリアが、ヴィス様を小声で励ます。
……え!? もしかして、俺が責めてる態になってるのか!?
リリアの声を聴いて、ヴィス様は涙目ながらに健気に頷いて応えていた。
……あかん。……完全に俺が悪者やん。
俺の方も涙目となりつつ、それでもヴィス様の答えを待ち続けた。……なんて長い時間なんだ。
「そ……その事についてはあの……私では……答えられません」
……は? 答え……られない!?
私では……って事は、ヴィス様よりも更に上位の存在がいるって事なのか!?
意外な答えの中にも幾つかのヒントを拾い出しながら、俺があれこれと思案していると。
「それではヴィス様。どの様な存在の御方ならば、我らの問いにお答えいただけるのでしょうか?」
俺が畳みかける様に質問すれば、恐らくはヴィス様が持たない……リリアもそう考えたのだろう。
彼女は俺の代わりに、的確に質問してくれていた。
うぅ―――ん……頼りになるな。
「そ……それは……わた……私たちの……姉です……」
それに対してヴィス様は、実にあっさりと答えてくれた。
それにしても……姉だって? しかも……私たちの……だと?
確か光の聖霊アレティは闇の聖霊ヴィス様の姉だった筈だ。
もしもアレティがそうだとするなら「私たち」ではなく「私の」となるだろう。
……って事は。
「つまりヴィス様。あなたと光の聖霊様には、更に姉と呼ばれる存在がいると言う事ですか? そしてその方が「レベル」に関しての決定権を有している……と?」
魔王リリアも俺と同じ疑問を持ったんだろう、俺の聞きたい事を更に問い質してくれた。
俺があれこれ思案しなくても話が進むってのは、本当に有難い話だ。
「……はい、その通りです。……そこで早速……ご紹介しますね。……ヴェリテ姉さま」
そしてヴィス様の方も一切隠す事も勿体ぶる様子もなく、自分の背後に向けてそう呼びかけたんだ。
彼女の後方には小さな社しかなく、誰かが立っているって訳じゃあ無かったんだが。
直後には音もなく眩い光が出現し、そしてそれが消え去る頃には新たに1人の女性が立っていた!
立っていた……んだけど。
「……あ―――。……怠い」
そこにいたのは、何とも気だるげそうに……いや、面倒くさそうな表情で頭をボリボリと掻き、半眼にした目で俺たちを睨めつける女性だったんだ。
顔立ちはアレティやヴィス様同様に……美形だ。
他の聖霊様たちよりも大人びていて、更に妖艶さも醸し出していた。
でも……印象としては何だかだらしないって感じだ。
身に付けている衣装も他の御二方より更にゴージャスなんだが、それも着崩しているのか乱れているのか……どうにもしどけないな。
初めて会う聖霊様に、俺とリリアは驚きを露わとして暫し声を出せないでいた。
そんな俺たちがそこにいるって事を完全に気にした風もなく、その聖霊様はヴィス様へと視線を向けて口を開いた。
……んだが。
「ヴィスゥ……。忙しい私をわざわざ呼び出したんだから。……それなりの理由じゃないと、ただじゃ置かないよ」
その口調はどこかぶっきら棒と言うか……乱暴だ。
まるで、街の酒場で周囲の者に絡む酔っぱらいの風情すらある。
「ね……姉さま、ごめんなさい……。じ……実は、この人たちが……」
「……ああ、今代の勇者と魔王ね。……ったく、どうせ面倒な質問とか提案でしょ? そんな事はあんたとアレティで仕切りなよ。……面倒くさい」
それでも彼女達の姉であると言う事で、ヴィス様はこの聖霊様に対して恐縮している。
いや、姉と言うだけではなくその「格」も上回っているのかも知れないな。
「……まぁ良いわ。……私は『混沌の聖霊ヴェリテ』。別に覚えなくても良いから、ちゃちゃっと用件を済ませちゃって」
でも、聖霊様としてはどうにも敬えるような風采じゃないなぁ。
多分3人の聖霊様で一番それらしいのは、この末妹ヴィス様じゃないだろうか?
「それじゃあ早速本題に入らせていただくが、魔族に人族の様な『レベル』を付与する事は可能なのか?」
本当はこの聖霊様に色々と質問したい処だが、こういうタイプは少し機嫌を損ねるとちゃんとした対応がして貰えなくなる。だから俺は、単刀直入に論題を口にした。
「……ああ、そんな事ね。答えは……『イエス』。魔族にも『レベル』を与える事が出来るわよぅ。……問題の方が多いけどね。」
そしてヴェリテ様は、いともあっさりと答えてくれたんだ。……含みを持たせてな。
面倒くさいと言いつつも、こういった掛け合いは好きみたいだなぁ。
こちらを見つめるヴェリテ様の表情は挑戦的で、まるで「わかる?」と問い掛けているみたいだ。
「……肉体的に耐える事が出来るかどうか……ですね?」
勿論、その事の可能性なんて十分に考えている。
その中でも、最も確率が高い回答としてはこれだった。
普通に成長していっても、魔族は強い力を得てゆく。
それが鍛えるともなれば、到底人族が敵う様なものじゃあない。
如何にレベルの恩恵を受けた戦士であっても、鍛えられた魔族と戦うのは骨が折れる事だろう。
そんな強い力を持つ魔族なんだ。
レベルが上がる毎に強力な力が付与されれば、聖霊様の加護があったとしても肉体が負荷に耐え切れなくなるだろう。
もしかすれば聖霊様の加護はそれさえも超越する奇跡……とも考えたんだけど。
「……そう、その通り。如何に私たちの加護があるからって、それにも限度がある。そして、魔族の肉体にレベルの付与を与えれば、その強さの成長速度は私たちの守護をあっさりと超えちゃうって訳ね」
ニヤリ……と笑みを浮かべたヴェリテ様は、深く頷いて俺の答えを肯定した。
ただその返答内容には、まだ確認するだけの余地があると俺は考えていたんだ。
現れた聖霊達の姉……ヴェリテ様。
その気だるげな風体とは裏腹に、何やら腹の探り合いを望むような言い様……。
こりゃあ……話は長くなりそうだ。




