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第9話 悪夢

9 悪夢  







 サリー宮殿の庭先の迷路のような花壇から抜けると小高い丘の上に東屋あづまやがあった。

 車椅子のクロエ女王がそこにたどり着くと東屋の長椅子の上に少女が横になっていた。


「クロエ様、長椅子に人がいます! 不審者です」


 メイドのリルは首にかけた小さな竹笛を吹こうと口につけた。


「やめなさい! 警備を呼ぶ必要はありません。近くに連れて行きなさい」


「でもそれは……」


「女の子よね。敵意はない。私に危害を与えないから安心して」


 盲目のクロエが言った。


「はい」


 リルは今更ながらクロエ女王の心眼に驚いた。

 盲目でありながら、なぜか人の姿かたちや物を心眼で判断できるという特殊能力があるのは、長年側にいたから分かっていた。

 その人物が醸し出す善悪のオーラまでも見分けることができた。


 少女は長椅子で寝ていた。

 寝間着ネグリジェ姿で寝息を立てていた。

 クロエはリルにうながして、少女の目の前に来た。そして右手を伸ばして少女の頬に触れた。

 鼻、額、口を指でなぞった。


「この子はとてもきれいだわ」


「何者でしょうか?」


「不思議なものよね。こんな無垢な寝顔の少女が、世界を動乱の世に引き戻す中心人物になるとは……」


「まさか……クロエ様が神託を受けた世界を混乱させる重要人物とは、この少女なのですか?」


「そうよ。この子が世界を破滅に導くの……」





 


 ひと月前の満月の深夜、ベッドで寝ていたクロエ女王は微振動で目が覚めた。

 やがてその振動はより大きくなって、壁が裂けて天井が崩れ落ちた。


 きゃああ──!


 舞い上がる砂埃の中で呆然と立ち尽くすクロエ女王は、自分の足もとに死体が山積みになっているに気づいた。

 炎の熱風と弓矢飛び交う音。遠くでの爆裂音。

 

 燃え上がる城下町を朱色の鎧を着た軍隊が進撃して行く。

 その軍隊は敗走する敵軍兵士に容赦なく襲いかかって斬殺した。

 逃げまどう民衆にも剣を振るった。老人、女子供もむごい殺され方をされた。


 地獄絵図。 


 煌々と辺りを照らした満月が、血の色に染まるような惨劇を見ていた。

 朱色の軍隊の本陣部隊がやって来た。

 周りを親衛隊で囲まれた中心の馬上に鎧姿の少女がいた。茶色の髪が兜からはみ出ていて風になびいた。

 

『シルヴィア・アーカス』


 頭の中に声が響いた。


 この子の名がシルヴィア・アーカスなのか? このような軍隊を率いるからにはただ者ではないのは分かる。その国の重要人物が形だけの神輿として最高司令官の称号を与えられて、実務は将軍が行うということだろうか。


 しかし、それにしても若い。

 まだ十代ではないか。

 異国の王族や共和国の要人は、失明する前に直接あったり肖像画を送ってもらったりと、かなり承知しているが、この美少女は知らない。

 そのことが、心をざわつかせた。



 少女がこちらを見た。

 目があった。

 少女が進軍を停止させた。  

 馬上から降りた少女=シルヴィア・アーカスが一人でこちらに歩いてきた。

 私をロータス王国の女王だと見知っているのか。


 シルヴィアは私の近くに来た。

 すると胸に手を当て片膝をついた。


「クロエ女王様、ご命令通り城下の制圧が終わりました。捕虜の処分はいかがいたしますか?」

 

 ……私がこの軍隊の【総大将】なのか。



 クロエは両手の手のひらを見た。

 

 血がべっとりとついていた。

 

「殺せ。戦士、非戦闘員にかかわらず首をはねよ!」


「はっ。承知いたしました」

 シルヴィアは深々と頭を下げた。

  



  


 クロエはベッドから飛び起きた。全身が汗まみれだった。両手を閉じた瞼に近づけた。

 手の輪郭線が黄金色に光って見えた。手のひらは血に染まっていないのが分かった。

 ほっと深いため息をついた。

 クロエはベッドから降りて鎧戸を開けた。


 満月が湖の向こうの森林から顔を覗かせていた。

 赤い満月だった。まるで血塗られたような不気味な色合いだった。

 

 クロエは右手を差し出して、満月を握りつぶすようなしぐさをした。

 その横顔は何かを決意した力強さがあった。







(美しい子。でも怖い子)


 クロエ女王はベンチに寝ているシルヴィアの頬にキスをした。

 するとシルヴィアの瞼が開いた。

 大きく伸びをして上体を起こした。

 目の前に瞼を閉じた美しい女性がいることに気づいた。


「ここはどこ? あなたは……」


「クロエ女王様です。ロータス王国の臣民ならば知らないわけはないでしょうに」

 後ろに控えていたメイドのリルが言った。


「えっ」


 驚いて長椅子からずり落ちそうになった。素早くシルヴィアの手をクロエが掴んだ。


「大丈夫?」


「ありがとうございます」


 シルヴィアは立ち上がったが、クロエは手を離さなかった。

 シルヴィアは頬を赤く染めた。


「あなたの名前を教えてくれる」


「はい。私の名前は……ザジ。フンコロガシのザジです!」


「ザジ? フンコロガシのザジ⁉」


「はい。あたしフンコロガシだったんです」




「ホホホホ、いつも冷静なクロエ女王が面食らった顔をするとは、よい見ものじゃのう」


 クロエは背後を振り返った。

 東屋の通路の坂道を杖をついた老婆が歩いていた。黒いフード付きのマントを羽織っている。


「ベラトラ様。よくぞいらっしゃいました」


 クロエ女王が地面に片膝をついた。

 慌ててリルも同じポーズをした。

 ベラトラはザジに近づいた。


「ザジよ、シルヴィアはまだ現れないか?」


「あの子引っ込み思案だからもう少しかかるみたい」


「同化はうまくいってるみたいじゃのう。クロエよ、どうだこの子は気に入りそうか?」


「 ええ、とてもきれいなお嬢さんであることはさっきお顔を触らせてもらってわかりました。それに生命力のオーラが溢れています」



 盲目のクロエ女王は視力を失っているが、人や物の輪郭を黄金色の輝きで見ることができた。さらに人物の背後のオーラの大きさ色合いまでも見ることができた。

 色合いによってその人物の健康状態が判別でき、さらに心の動きまでもが手に取るように分かった。


「パワーが満ちているのは二人分の生命力をひとつの個体で分け合うからじゃよ」


 二人の会話を大人しく聞いていたリルが口を挟んだ。


「あのー、クロエ様。このお方はどなたなんでしょうか?」

 

 クロエの側付きメイドになって一年のリルには、これまで面識のなかった人物であった。


「この方は私の命を救ってくれた大恩人のベラトラ様よ」


「そうなんですか! それはありがとうございました」

 リルはベラトラの杖の上のこぶしを両手で包んだ。


「あら⁉」

 リルはベラトラの帽子の上に蜂がいることに気づいた。



 コビ=蜂だった。



「ベラトラ様、動かないでください。蜂がお帽子にお止まりになっています」

 クロエ女王の大事な客人が蜂に刺されたらと、リルがそっと手を伸ばして蜂をつまもうとした。

 

「よいよい。この蜂はウツボカズラに捕まっていたのを助けたのじゃ、ホホホホ」


 リルの手が止まった。


「蜂を助けたのですか?」


「ワケありの蜂でのう。今は大人しくしているから、気にしないでおくれ」


「おやさしい方ですね」

 リルは尊敬の眼差しを向けた。



(あれ、この女どこかで見てことがあるような……)

 コビ=蜂は記憶を探ったが出てこなかった。

 






 東屋のテーブルの上に置かれたカップに紅茶が注がれていく。リルが丁寧に入れた紅茶の前にクロエ女王、その対面にベラトラ、ザジが長椅子に座った。

 ベラトラとクロエはお互い気心が知れているので、リラックスした表情だった。


「今日ここに来たのはクロエ女王に確かめたいことがあったからじゃ」

 ベラトラは紅茶を一口飲んでから話した。


「なんのことでしょう?」


「ザジ、いやシルヴィアに暗殺者を送った黒幕はあんたじゃろ」

 ベラトラの目が鋭くなった。

 


 空気が一変した。



 それまでの穏やかな雰囲気が消え去り、張り詰めた緊張感が生まれた。

 ザジは驚いてベラトラとクロエの顔を交互に見た。


「そうです。あたしがシルヴィアの暗殺命令を出しました」

 クロエがきっぱりと言った。



















     

















 

 










 



















 









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