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第8話 クロエ女王

8 クロエ女王







「ブンブンブン、蜂が飛ぶ!」



 一人で歌って楽しそうだった。

 黒い幅広帽子に黒いマント。

 まるで魔法使いの仮装をして遊んでいるようにしか見えない少女が、左手の指先に絡ませた見えない糸の先にいる蜂を見て、ニコニコ笑っていた。


 不思議な少女だ。

 齢15ぐらい。

 金髪で青い目をしている。カールした巻き毛が似合っていた。


 コビ=蜂はひたすら逃げようと羽根を動かしたがどうにもならなかった。


(ちきしょう! どこまでいたぶるつもりなんだ)


 魔法使いの少女は楽しそうに鼻歌を歌いながら山道を登っていた。

 そして獣道に入ってさらに奥へと進んだ。

 険しい坂道も軽々とジャンプして登って行った。一枚岩の壁にたどり着くと右手の手のひらをを壁に向けた。


 すると壁がまばゆく光った。

 強烈な光が収まると、そこにドアが現れた。

 ドアの中央部に真鍮製の野うさぎの顔を形作ったノッカーがあった。

 その真鍮の野うさぎの目が動いた。

 

 ジロッと魔女の少女を見て、


「おかえりなさい。レプレ様」


 と笑顔で言った。


「お客様だよ」

 

 蜂が真鍮の野うさぎの鼻に止まった。野うさぎの目と蜂の目があった。


「……食べていいですか?」


「後でね」


 真鍮の野うさぎはベロを出して口元をなめた。


(俺はコイツのエサかよ!)


 ドアを開けて中に入った。

 狭い通路を歩くと広がりのある空間に出た。


「レプレ! 帰ってきたのね」


 唐突に寝間着姿のシルヴィア=ザジがレプレに飛びついた。抱きつかれたレプレは顔が真っ赤になった。


「ザジ、苦しい苦しい」


「あっ、ごめんなさい」


 ザジはレプレから体を離したが、小さな両肩を掴んだままだった。

 頭一つ分ザジの方が高い。


「凄いよ凄い! 見てこの体、本物の人間だよ」


 ザジは両手を広げてその場でクルクルと回った。


「で、どうなの? 何か不具合はない」

 

「今のところは大丈夫だよ」


 宙を飛んでいたコビ=蜂は仰天した。


(うえっ! 【災いの少女】じゃないか。殺しそこなった俺をここに連れて来たということは、復讐されるのか……)


「おーい、何やってんだ」

 部屋の奥から声がした。

 奥は書斎だった。壁の四方が本棚になっていて古書が整然と並んでいた。


 声の主は、ディンだった。

 ディンは椅子に座って膝に本を広げていた。


(あいつ、生きていてのか……ますますやばいなぁ)


 蜂は見えない糸に引っ張られて、レプレの後をついて行った。

 部屋の中央には長方形のテーブルがあった。

 コビ=蜂はそのテーブルの上に止まった。そして複眼で周りをうかがった。

 蔵書を照らす壁の燭台はロータス王国の賢者ギルドの貴賓室よりも豪華で、このテーブル自体も年代物の高級感のある代物だった。床には異国の手織りの高級絨毯が敷きつめられていた。


 レプレとザジはテーブル前の長椅子に一緒に座った。

 そして向かい合ってザジの右手を両手で包んだ。


「ザジ、【魂の融合】にはリスクがあるの。今は仮の融合だからフンコロガシのザジが意識を持っているけど、【正融合】になると彼女の魂が勢いをまして支配することになるの。そうしないと彼女は死ぬの」


「彼女……シルヴィアを助けるためになら仕方ないわね」


「おいおい、平気なのか?」

 立ち上がって本棚に本を直したディンがびっくりしたように言った。


「フンコロガシのあんたが熱望した人間の体だろ。いいのか……」


 ザジはディンを熱い眼差しで見た。

 目からは涙が溢れてきた。

 指先で涙を拭った。


「シルヴィアの体と融合して分かったの。シルヴィアって子は、本当にいい子なの。あたしみたいなじゃじゃ馬じゃなくて、とても大人しくて優しい子なの。しかも悲しい過去を背負っているからこの子には生きて良い人生を歩んでほしい」


「すでに心は同化してると言うわけか」


「うん、だからシルヴィアと融合して彼女の手伝いができたらいいも思ってる」


「そうか。ザジとは短いつき合いだったな」


 その言葉を聞いてザジは長椅子から立ち上がった。

 そしてツカツカとディンの目の前まで近づいた。


「おっ、どうした⁉」


 いきなりディンの首に両手を回し抱きついた。


「好き!」


 ディンは固まった。


「おいおい、照れるじゃないか」


「しばらくこのままにして」


 ザジはディンに抱きついたまま笑みを浮かべて涙を流した。


 戸惑ったディンはレプレに助け舟を目で送ったが、レプレは笑っていた。



 しばらくしてザジの体が輝き出した。

 まばゆい光が全身を包んでやがて消滅した。



(魂の融合って言ってたな。そうすれば俺も人間に戻れるのかな?)

 テーブルで様子を伺っていたコビ蜂が首をひねった。


 蜂がテーブルから持ち上がった。

 体に巻き付かれた糸を引っ張ったのは、レプレだった。


 蜂とレプレが顔を突き合わせた。


「コビさん、あなたも行ってもらいますね」


(えっ、どこに?)


 レプレは破顔した。


 コビ=蜂の体が光りだした。

 ザジと同じ光り方だ。


(俺も消えるのか!)


 蜂は光がピークに達すると消滅した。



     ☆



『クロエ様……』



 ロータス王国の保養地であるカズラ地方の湖の畔にカッパーカラー(銅色)の宮殿があった。

 首都ハミルトンにある宮殿とは違って控えめで自然と調和した建物だった。

 ロータス王国の女王クロエ・ロレーヌが体調を崩してこのサリー宮殿にとどまって半年がたった。

 クロエは一日の大半をベッドで過ごし、ときおり庭を散歩するのが日常だった。

 散歩といっても脚が不自由なので、家具職人に特注で作らせた車椅子を利用していた。

 肘掛けと足置きを備えた豪華な車椅子だが、自走はできなくてメイドの手伝いによって動かすことができた。


 午後のひととき、美しい花が咲き誇る庭先を車椅子で散歩していたクロエのもとに声が聞こえた。


『クロエ様……報告します』


 声の主は見えない。


 クロエは右手を上げた。

 その合図で車椅子を後ろで動かしているメイドのリルが車椅子を止めた。


『先ほど大賢者アカバ様の邸宅が崩落したことを確認しました』


 男の声だった。

 庭園の広がる花壇の中で姿は見えない。声のみが届いたが、どこにいるかわからなかった。


「さようか。自慢のご邸宅が崩落したとなるとアカバ老師はさぞかし慌てたことでしょうね」


『はっ。血相を変えて執務室から出ていきました。一直線に向かった先はご邸宅でした。しかし、すでに女王様の親衛隊治安部隊の隊長キーラ様が崩落した建物の周りを立入禁止にしていましたので、ひと悶着があったようです』


「うむ、ハミルトンの治安はキーラに任せておるゆえ、さすがのアカバ老師も手出しはできぬわ」


『はっ、さようで』


「あやつのこと、いずれ宰相のドラム公に泣きついて策を弄することでしょう。カイル、さらなる労苦をかけるが構わないか」


『もちろんでございます』


「ならば引き続きアカバ老師の動向を監視してすべての行いを逐一報告するように」


『かしこまいりました』


 その言葉を残して人の気配が花壇から消えた。


「今日は彩り豊かな花が見られそうね。楽しみだわ」

 クロエが言った。


 メイドのリルは優しげに笑みを浮かべた。

 クロエは正面の花壇を向いていたが、瞼は閉じたままだった。



 そのクロエの頭の上を蜂が飛んだ。

 コビである。


『うおっ、“クロエ女王様”じゃないか』


 ハミルトン王国の家庭には王族の御真影を飾る風習があったが、盲目のクロエ女王はその悲劇ゆえ国民の同情をかって、その人気は王族の中でも飛び抜けていた。

 もちろんコビも賢者ギルドの一員として末席いたから、宮殿にでかけたおり、遠くから車椅子を座っている姿を見かけたことがあった。


(あ、挨拶しなければ!)


 ふとコビは気づいた。


(俺は蜂だ。人間だった肉体は粉々に飛び散ってもうこの世にはない。蜂に転生したから蜂として生きるしかないのか……)


 クロエ女王の頭の近くを回っていると、それに気づいたメイドのリルが血相を変えた。


「クロエ様、蜂です!」


 バシッ!


 リルの強烈な平手打ちをコビはくらった!


 コビは弾かれた。

 

 ものすごい勢いで花壇の奥に飛んで行った。


「大丈夫ですか? クロエ様」


「私は平気よ」


「良かったです」

 リルは胸をなでおろした。






(……とりあえず生きているのか)


 ネバネバした粘液が蜂の体に絡みついた。

 どうやら何かの花の内部にいるようだ。うつ伏せ状態で液体の上でぷかりと浮かんでいたが、複眼で上の入り口から空が見えた。


(なんだあそこから出れるのか)


 よっこらしょ。 

 粘り気のある液体を引きずりながら壁に近づいた。

 前足の鍵爪を壁にひっけて登ろうとしたが、壁がつるんと滑ってひっくり返った。


(あれれ、なんだこりゃ⁉)


 もう一度試したが壁から上には行けなかった。

 ふと横を見ると、半分溶けかけたハエが液体の中にいた。


(……もしかして)


 そう。

 ここは食虫植物のウツボカズラの内部だった。


(助けてくれ!)


 コビは大声で叫んだ。

 だが蜂の口では人の言葉は発音できない。何やらくぐもった音を振動させるのみだった。


 絶望。


 赤ん坊の頃、蜂に誘拐されるという奇特な人生を歩んできたコビの運命がつきようとしていた。


 諦めかけて無駄な動きをやめた。

 蜂がウツボカズラ内部の液体に身をまかせて沈もうとしたとき、上からスルスルと何かが降りてきた。


 糸だった。


 糸が蜂の目の前にあった。


 コビ=蜂は、その糸に前足でしがみついた。


 すると引っ張り上げられた。

人間の手のひらに落とされた。


 蜂を覗いたのは鷲鼻のお婆さんだった。黒いフードをかぶっていた。


「コビ、あんたは生命力が強いね。大したものだ」


 魔女ベラトラがニンマリと笑った。























































 



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