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第7話 転生

7 転生



     ✩


 

「なぜ、動かない⁉」


 水晶を覗いていた大賢者アカバが言った。

 先ほどから砂漠で相対したコビとディンが、距離をとってにらみ合っている。


 20分前、ディンが馬の鞍の荷袋から手のひらサイズの木箱を取り出して足元に置いた。そして自分は5メートルほど下がった。ちょうど二人の中間に木箱が置かれた。


「ん、なんだそれは」


「中身を確かめたらいいだろう。いわばプレゼントだな」

 

 コビが一歩前に足を踏みだした。


「あっ、でも爆弾かもな」


 コビの動きが止まった。


(なんだと、爆弾⁉ まさか【爆裂印】のたぐいの技をこいつは使うのか? それとも本物の爆薬なのか?)


 コビは動けなかった。

 下手に動いて最悪の結果になることを避けたかった。


 相手のディンは余裕でコビの次の動きを待っている。

 だがその表情はとても決闘に挑んでいる人間とは思えない柔和なものだった。


 ニコッと笑っていて、コビには自分が馬鹿にされたような気分になった。


(なめやがって、あの野郎!)



 コビは腰にぶら下げた山刀を抜いた。


「得物を使うのか? 使いたくないけど仕方ないか……」


 ディンは馬の鞍に挿していた剣を取った。ロングソードの鞘を抜くと地面に投げ捨てた。


「おめえ、剣士じゃないな……」


「ん、ただの野良犬のたぐいさ。蜂さんのあんたと大差ないけど」


(知ってやがる……俺が【蜂使い】の能力を持っていることを。やっかいだな)

 コビは山刀の柄を力をこめて握りしめた。


 だが、中間地点に置かれた小さな木箱が気になってしかたない。

 

 本物の爆弾なのか?


 それともただのはったりか?


 コビはディンを凝視した。


 どこにも緊張感がない。一戦を交える相手が目の前にいるのに、さらに中間地点に置いた木箱が本物の爆弾ならば、このような余裕はないはずだ。


 自分までも巻き添えをくらうから、すぐに逃げる心得をするはずだ。


 だが、ディンの踵の重心はつま先にかかっていた。いつでも“前”に動けるように。

 

(フェイクだ! この野郎め!)


 コビはディンめがけて突撃した。


 木箱の横を通り抜けようとした瞬間!


 ドッドーン!


 木箱から爆音と煙が上がった。


 コビは反射的に地面に伏せて頭を両腕で守った。だが爆風で体が吹き飛ばされることはなかった。


(不発か?) 


 コビは恐る恐る木箱に目をやった。


 なんと、小さな木箱の上部の蓋が外れて、赤いチューリップが出現していた。


「えっ、なんだこれは?」


 キョトンとするコビ。

 ハッとしてディンの方を見ると、腹をかかえて笑っていた。


「ヒャハハハ!」


 その笑い方がいかにも人を小バカにしたような態度だった。やがて両膝を地面につけて右手で土をバンバンと叩いた。 

 ディンは笑いすぎて目尻から涙がこぼれた。


「お、俺をコケにしやがったな!」

 コビはカッとなった。顔の色が赤く変色した。


 ゆらゆらと揺れるチューリップの木箱の前に立つと、腰をかがめて山刀の柄を握ってチューリップの茎を素早く切った。


 ゆっくり残像が残るような動きで、チューリップの花は地面に落ちた。



 その瞬間、大爆発が起こった!


 

     ✩



「ひえっ!」


 水晶玉を前かがみで覗いていた大賢者アカバは、突然の爆発で椅子からひっくり返りそうになった。

 執務室全体が揺れるほどの轟音で、鼓膜が破れるかと心配するほどだった。

 アカバの耳の奥がキーンという音が響いていた。

 そのアカバのもとに賢者たちが駆け寄った。


「アカバ様!」


「大丈夫ですか!」


「う、うろたえるな、大丈夫だ……たぶん」


 アカバはずり落ちそうになった椅子から弟子の賢者たちの手助けで、ふたたび座り直した。


「それで何が起こったのじゃ?」

 

 大賢者アカバは水晶玉に顔を近づけた。水晶玉を真っ黒にした煙は風に流されて徐々に薄くなった。

 煙の隙間から現れたのは、建物の瓦礫だった。地震で倒壊した建物のようにみずからの重力で押しつぶされたように見えた。


「むむむ、なんじゃこれは。爆発ならばそこら中に瓦礫が飛び散ったはずだが……そもそもあの大平原に建物などなかったのでは?」



「うわわわ!」



 すっとんきょうな声をあげたのは、大賢者アカバの孫ザックだった。七人の賢者と共に丸テーブルの中央に置かれた水晶玉を目を見開いて凝視していたが、うつむいて首を振った。


「なんじゃザック、どうかしたか?」


 顔を上げたザックは涙目になっていた。水晶玉に右手の人差し指を当てた。


「あの瓦礫の絵!」


「ん、子供の落書きかな。下手な絵だな」


「おじいちゃん! いえ、アカバ老師、覚えてないの……」

 ザックは大粒の涙を流した。


「僕が5歳の頃に家の壁に、事故で亡くなったパパとママとの思い出を忘れないために描いた絵なのに……アカバ老師は褒めてくれたよね」


 執務室の賢者たちがどよめいた。

 いつも冷静さを保っているサートル・ヴラドまでもが驚愕の表情をした。

 水晶玉にアップされた瓦礫をよくよく見ると、線画で手をつないだ親子が描かれていた。真ん中の小さい子供がザックの子供時代らしい。



「わ、わしの家じゃないか! わしの家が倒壊したのか⁉」

 アカバ大賢者は中腰になってワナワナと震えた。

 水晶玉を両手でつかもうと前に突き出した腕も震えていた。


 顔面は蒼白だ。

 半開きの口からはため息がもれた。


「わしが一代で築き上げた“漆黒の館”がこんな目にあうとは……」


 アカバは椅子にドスンと座ると天井に顔を向けて目頭を右手でおさえた。


 ハッと我に返ったように上体を起こして、周りの賢者たちを見渡した。


「大変じゃこれは……わしゃ家を見に行くぞ!」


「僕も行きます!」

 ザックが言った。


「いや、ザックは残りなさい。サートル後のことは頼んだぞ」


「はっ。かしこまいりました」

 サートルは深々と頭を垂れた。



「……アカバ様の慌てようは妙だな。そう思わないか」

 賢者ギルド序列三位のカルーが言った。

 サートルの視線がカルーに向けられた。


 アルバート・カルー。

 やさ男のサートルとは違って男らしい面構えだ。

 サートルとは賢者養成学校の同期で次の大賢者候補をサートルと争っていた。


「ご自宅が崩壊したならば誰だって慌てるさ」


「そこなんだよな。俺はコビとディンの闘いを興味深く見ていたが、あの木箱が爆発したのは間違いないか?」


「ああ、爆発の瞬間、木箱の破片が飛び散ったのを見た」


「で、なんで連動してアカバ様の自宅が崩壊するんだ? どういうことだ⁉」


「もしかして……」

 アカバ大賢者の孫ザックが言った。


「僕たちが見ていた大平原は本物じゃないのかもしれない!」


「……近くにいる人間ならば幻影を見せることぐらいは俺ら賢者にはたやすいが、水晶玉を通して幻影を見せる術なぞ聞いたことないぞ。そもそも“魔法防御の印”で大概の術のたぐいは賢者には効かないしな」

 カルーが言った。


「例外はあります。大賢者アカバ様のような能力者ならば、我々をたぶらかすことぐらいは他愛もないと思われます」

 序列五位のナタリー・ロスが言った。


 その言葉を聞いた序列六位のタイラーと七位のグラムが、熱い眼差しでナタリーを見つめた。

 タイラーとグラムはナタリーの崇拝者だ。同じ賢者でありながらナタリーに忠誠を誓っていた。

 

「ふむ、アカバ様と匹敵するほどの能力者があの魔法使いの少女だと言うのか? バカらしい。それにコビとディンの闘いの舞台がアカバ様の屋敷だとするならば、なぜそのような場所を選んだのだ?」

 カルーが言った。


「分かったことはただ一つ。何かとんでもないことが起きたということだ」


 サートルの言葉に円卓を囲んだ六人は黙り込んだ。


「結局、【災いの少女】の暗殺も失敗に終わったということか。アカバ様の動揺は半端ないし、耄碌なされたか……おっと、この発言は記録しなくていいぞ」

 カルーが書記を兼ねているグラムの方を向いた。

 グラムはナタリーに目配せされて言った。


「わかりました」

 グラムはペンをテーブルに置くと、議事録のノートを開いたページに手のひらを当てた。

 柔らかな光が文字を消し去った。


「あの人は怒らすと半端ないからな、そうだろサートル?」


「さあ、とても優しい方だと思いますが」


「こりゃ傑作だ! ハハハハ」

 カルーが豪快に笑った。


「カルー殿、言葉がすぎますぞ」

 序列四位のハリーが言った。

 ハリー・ライトは七人の賢者の中で唯一の壮年だった。

 齢六十。アカバ大賢者より十歳若いが、その能力はアカバ大賢者を凌ぐと噂されていた。

 

「これはハリー様、失礼しました」

 しれっとカルーが言った。


 ハリーはジロッと冷たい目でカルーを睨んだ。


「サートル、コビが心配なんだけど大丈夫だよね……」

 ザックが言った。


「アカバ様もおっしゃいました。『コビは強い』と。コビがこれまで  我らの手駒になってからの働きは皆もご存知のはず。必ずや使命をはたすものと思っています」


「そうだよね。コビは絶対に負けないよね!」



     ✩



(……ここはどこだ。俺は生きているのか?) 


 木箱の爆発は凄まじかった。

 爆風と共に地面の岩石の塊がコビの体を直撃して、頭や手足がもげて粉々の肉片として飛び散った。


 コビは敗北の代償として死んだのだ。


 だが、コビの意識は戻った。

 コビは爆風によって自分の体がちぎれる様を、スローモーションのような映像で見ていた。

 死ぬ間際は時が止まるように見えるってのはほんとだなぁと納得していた。


 なのに意識がある。


 どういうことだ。

 あの世の悪夢なのか?

 


 ふと周りを見て仰天した。

 巨大な花の中央に“自分”がいるらしい。


 黄色のヤマブキの花のオシベをかき分けながら蜜を吸っている蜂がいる。


 甘い!

 

 とても美味しくてやめられない。


 でも俺の舌はいつからストローみたいになったんだ?


 手足も蜂そのものじゃないか。


 ん、ということは、俺は蜂になったのか? 


 ファハハハ、蜂使いが転生して本物の蜂になるって、こりゃ傑作だ。

 

 神さんも粋なはからいをするもんだな。


「あらら、元気にしてるじゃないの」

 上の方から声がした。

 複眼の蜂に転生したコビは、その声の主があの魔法使いであることを知った。


(やばい!)


 蜂は慌てて飛び立とうとしたが、30センチほどでビクとも動けなくなった。


「逃げれないよー。あたしの左手小指と蜂さんの胴体には特殊な“見えない糸”があるんだから。それにその糸はいつでも蜂さんの胴体を引き裂くことができるのよ。言ってる意味わかるよね」




(ひい、俺は蜂に転生しても詰んでるじゃないか!)











 


































 









 
























  



     















 











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