75:黒い影
迷宮までの道をアイルに跨ってひた走る。まだ夜明け前には少し早い時間で、光魔法で辺りを照らしながら進んでいる。
前からは迷宮の警備などで退避していなかった方達だろう。こちらへ向かって馬を飛ばして来ているのが見え始めた。
他の冒険者といった一般人の方たちがいないのは、迷宮が立入禁止になったと同時に宿場町から先への侵入も禁止になっているからだろう。
「そっちでは逃げる向きは反対だ!!」
お互いに止まるつもりがないので、馬上からすれ違いざまに一言叫ばれたが構わず進む。あちらも万が一の際には逃げ切る確率を上げるためだろう。みんな魔物の馬に騎乗していたので、速度もあって本当に一瞬のすれ違いだった。
動物の馬だと、全速力が出せるのは20分ほど。速度も魔物の馬には敵わない。まして今の状況では、怯えて御す事も無理だろう。
アイルは無事に迷宮の入口あたりまで走れるかな?無理はさせたくないけど、頑張って…!
迷宮の上空に竜の群れが出現したため、馬で半日の距離圏に退避命令が出されたんだ。だけどその知らせにまだ暗い夜明け前の空を睨みながら進んでいると、黒い巨大な影が幾つも飛び交っているのが見えた。情報通りだ。
◇
[アイル!アイル!すぐヒーリングするからねっ]
アイルは構うなとでも言うように、私を鼻で押しやる。ここまで約ニ時間。辛うじて立ってはいるが、さしもの魔物の馬アイルももう話す力もないようだ。
[アイルのケアが先に決まってるでしょ!]
私はアイルにヒーリングをして、それから桶に水を出してあげる。そうしながらアイルに声をかける。
[アイル。ここまでありがとう。
動けるようになったら、ここから離れていいからね]
[俺は、ここにおる。今更離れても、大して変わらん]
ここからはもう時間が惜しい。分かったと頷くと、無限収納から取り出した鳥笛みたいな形の物を口に含む。半円形の薄い板の様な形だから、そうと知らなければこれが笛だとは思わない代物だ。
無限収納から出す時、母竜からもらった物の中にある笛って思ったら手にしたしさ。合ってるはずだけど音が出ない。
日本のお母さんが偶然、鳥笛を見付けて買って来て、何回か鳴らす練習してたのは見たけど…。自分で使った事がないから、鳴らし方を知らないんだよな。
しばらく鳥笛と格闘していると、一瞬音が鳴った気がした。
すると、黒い影の中でも一番大きな個体が旋回して降下を始めた。
慌てて私とアイルを結界で囲むと、母竜より低い重低音ボイスが頭に響いた。
[ええい、耳障りな音で呼ぶでない。壊れた物を使うでないわ!]
迷宮の前は小さな原っぱのようになっているが、まばらに木が生えている。巨体で地面に降り立つのに、そのまばらにしか生えていない木をバキバキなぎ倒している青い竜さんに怒られてしまう。
[ごめんなさい。壊れているとか分からなくて、嫌な音で呼んでしまったんだね]
[ほう。我らと話せる者が現れたと噂になっていたが、本当にいたのだな。
もう我ら竜族を呼ぶ笛は失われたと言われて久しい。壊れておっても仕方ない。許してやろう。
して、こんなに嫌な気配の濃い地上へ呼んで何事か?]
青い大きな竜さんが許してくれた事にほっとしつつ、やりたい事の説明を簡素に伝える。
◇
[なるほど。あの飾りで一度抑えたが、もう抑え切れぬと。なら迷宮から数多の魔物が溢れる前に消滅させたいと申すか。
なんとも豪気な事よ!]
[わっ、わっ?!]
巨大な青い竜が豪快に笑うと、地震みたいに地面が揺れて驚くしかない。
[おお、すまん。
古き時の中で、人とそのような事もしたと伝わる。何より幼い者たちが怯えておる。安心させてやるためにもやろうぞ]
やった…!神話にあったように竜さんが一緒にやってくれるなら、迷宮の外に魔物が溢れる事は高確率で避けれるだろう。
[ふむ。まだ溢れるにはまだ暫し間がありそうだな。
…シャクだが炎や風、土にも声をかけてみるか]
魔物はたいてい属性持ちだ。青い竜さんはたぶん、氷属性なのだろう。
人にはブレスの一撃ですら死を覚悟するものだ。だが、魔物の中には竜に挑んで勝てはしないけど、特定のブレスのニ回、三回を耐えて逃げれる驚異的な耐性を備えた種類も存在するそうだ。
しかし、猛吹雪の息には強いが灼熱の息や物理攻撃には弱いなどの弱点もある。
それを理解しているから、他の種類の竜さんに声をかけるのだろう。
[竜さんたちの事は良く分かりません。青い竜さんの良いと思うようになさって下さい。
私は人の方の事をやりますね]
[うむ。邪魔にならぬようにするなら、人も好きにせよ]
◇
『優!本当に竜に近づいても無事だったんだな』
「もちろんだよ。お父さん達は今どこ?」
『俺たちはさっき迷宮の里の入口に着いた。だがもう馬が恐がって進めないから、そこまで歩きになる。どのくらで着けるかわからん』
「そっか。青い竜さんによると、集団暴走が起こるなら今日、太陽が完全に沈んで暗くなってから明日の朝までの間だろうって。
それまでには合流できるだろうから、怪我しないように来て」
『こっちの事より、お前が無茶しないでくれよ。
また後で』
お父さんたち有志は、動物の馬で後を追って来ていたのだ。宿場町を過ぎた辺りから馬は怯えていたが、宥めすかしてどうにか迷宮の里に辿りつけたって。
リリッツにいた間に、お父さんが国王陛下に昨日の夜話した事を奏上してくれたはず。そして可能なら、マジックポーション系のアイテムを届けて下さるようお願いしてくれたはずだ。
「希望する、すべての準備が整いますように…」
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