74:点から線に
「では、本で読んだ以上の情報はないんですね」
リリッツ研究大学の一室。集団暴走研究の第一人者と言われている学者さんとの面会。そこで分かったのも、全てにおいて分からないという事だけだった。
「そうです。なぜ迷宮は生じるのか。成長するのか。老いて普通の洞窟になるのか。老いるまでに少なくとも一度は必ず集団暴走が起こるのか。
全てがいまだ謎のままの洞穴です」
理由はやはりデータが少なく、なかなか研究・解明が進まないためだそうだ。
「神話に、神さまが悪しき力を持つ者どもを地の底深く封じられた。封じられた悪しき力を持つ者どもは封じの力の弱いところを掘り、外へ出ようとしている。悪しき力を持つものは出れずじまい。だがその気配まで遮断し切れず、地表に漏れ出てしまう。それが迷宮になるとありすよね?」
地獄の釜の蓋が開く、みたいな事なのかな…?
「おお、よくご存知ですな。近年見つかった、山岳に住まう少数民族の口伝の神話ですな」
「口伝なんですか?」
いや、石板・粘土板に書いてあったけど???
「はい。元々今で言う神官長だけに文字が書けたそうなのです。それが集団暴走により都市国家ごと滅亡の憂き目に…。
そのため文字の書ける者が絶え、国を離れていた者が集まって集落は作ったものの文字は失われたままとなったそうです」
古代あるあるだなあ。
文字の読み書きなんて、今以上にほんの一部の人にしか出来ないから。神官長一人しか文字を書けない。有り得なくはないのかも。
「この神話は事実だと思われますか?」
学者さんは困ったように答える。
「神話のいくつかは史実であったと証明されております。しかしながら、この神話に関しては世に知られたばかり。
証明されておりませんので、軽々しく事実とは申せませんな」
まあそれはそうか。
「では竜と、と続きますが…。私はこの先までは知らないのです。先生はご存知でいらっしゃいますか?」
根本からどうにかなるならそうしたいが、どうにもならないならせめて今やれる対処は完璧にしたい。
その神話の口伝に、何かヒントだけでも伝わっていないものだろうか。
「ふむ。続きですか。
竜たちが迷宮の入口から中へドラゴンブレスで、人が外でブレスを逃れた魔物を屠って共闘せむ。集団暴走が終わるまで、それは苛烈な共闘を演じる。こうして竜の最後の友たる我が部族は、壊滅の危機を免れた。
続きは掻い摘むとこのようになりますな」
「あれ?壊滅を免れた?
その部族の方たちは集団暴走で都市国家が滅亡したんじゃ…?
あー、待てよ。先の集団暴走は竜と防げたけど、後のは防げなかったのか」
これももしかして、竜と話せなくなった影響かな?
「でしょうな。そうでなければ神話を受け継ぐ者もおりませんからな」
「そうですよね。
ところで、竜たちと共闘して集団暴走を封じる事は可能なのでしょうか?」
今必要なのはそこだ。これが可能なら、被害は格段に抑えられるかもしれない。
「これは私的な見解ですが…」
学者さんは前置きをすると、お考えを話して下さった。
◇
色々繋がった。点だった物が、一本の線になったわ。
古代は集団暴走が少なかった事。それは多分、古代の人たちは竜たちと食い止めていたからだ。
竜を呼ぶ笛があったり、竜が人語を覚えるくらい人と竜は共存してた。集団暴走の予兆から発生までがあっと言う間の例は不可能でも、発生までに時間があるなら対処可能だったのだろう。
発生のメカニズムまで分からなくても、対処可能なら希望がある。
「優。またとんでもない事を考えてるな?」
お父さんの声にはっと我に返る。
キャンピングカーの外のテーブル。晩ごはんの時間だ。
テーブルには豆乳の作り方なら知っているお父さんと、豆乳から豆腐の作り方なら知っている私の共同作業で作れた冷奴。他にも小鉢が二種類。野菜色々の豚の冷しゃぶ。麦ごはんのとろろ掛けご飯。
新型栄養失調を気にした、夏らしいメニューが所狭しと並んでいる。
冷しゃぶは今年初めてだし、冷奴も久しぶりのメニュー。もっとぱくぱく食べていそうなんだが、箸がいつの間にか止まっていた。
「あ、はは…。とんでもないのかな?」
「今までにそんな顔をしてる時は、たいていとんでもない事を考えてる時だったからな。十中八九、とんでもない事を考えてたんだろう。
今はしっかり食事して、後で考えていた事を洗いざらい話してくれ」
「う、はい」
今までに散々心配かけたし、今回は説明して納得してもらう事もできなかった。それでもここへ来る許可をくれたお父さん。そんなお父さんにこれ以上心配かけないようにしよう。
◇
お父さんの前にはスプリッツァー・ルージュ。私の前にはサングリア。赤ワインの簡単なカクテルとチーズで気分をほぐしつつ、食事の時に考えていた事を話し終えた。
「なるほどな。それができるなら、被害は格段に減るな」
お父さんはこの辺りで稀にある、炭酸の湧き水と赤ワインを割って作ったスプリッツァー・ルージュで喉を潤すと、一言そう言った。
私もさっき考えていた事を話し終わり、赤ワインに好みのカットフルーツを漬け込んだサングリアで喉を潤しながら頷いて答えたよ。
「大規模な集団暴走が発生すると、小さな国の一つや二つくらいは壊滅するそうだからな。この国は大きいから、国が壊滅する事はないって話だ。
だが進行方向の町が、いくつ壊滅するか分かったもんじゃないらしい」
「それほど酷い事になる規模になったりもするんだね」
「過去に一度、旧王都はここの迷宮が発生源の集団暴走で灰燼に帰したそうだよ。
まあ、町も今よりずっと小さかったそうだがね」
なるほど。それであの異様に頑強な三重の城壁が作られたのか。
「今の王城が人造湖の中に建てられているのも、そのためらしいな」
あれもそのためだったの?!
「ああ、橋を落とせば陸地とは切り離せる作りなんだよ。走っているより遅い、泳いでいるやつならいくらか対処出来るだろうって事らしいね。
ま、あそこは集団暴走の被害に遭った事がない土地だから、どこまで信用できるか分からないがね」
そう言ってアカザさんはエールにオレンジジュースを合わせたビター・オレンジを煽った。
ユリシーズさんはじめ他の人は、エールを白ワインで割ったビアスプリッツァーを飲んでいる。
「東にはあまり向かわないって言われているから、そのせいじゃないかな?」
「東にはあまり向かわないのかい?
東…。ご神気が強いとされている方角っていうのと関係あるのかねえ?」
「へえ、そんな方角もあるんですね」
こうして、雑談からも興味深い情報を得られたのは大きな収穫だった。
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