73:リリッツ
「マーチャ、サーラ。行ってくる。しばらく留守を頼むよ」
二階建てキャンピングカーの御者台。そこからお父さんが、出発前の本当に最後の挨拶をする。
御者のカールくんの鞭で、キャンピングカーはゆっくり進み始める。
「お母さん、サーラちゃん、行ってきます」
私はキャンピングカーの窓から顔を出し、お母さんとサーラちゃんに手を振って二人の前を通り過ぎる。
「オオシロ!優!絶対に無事に戻って!行ってらっしゃい」
「お父さん!お姉ちゃん!帰ってきてね!ずっと待ってるから!行ってらっしゃい!」
私達はお互いの顔が見えなくなるまで手を振り合って別れた。まるで今生での最後の別れを惜しむかのように…。
◇
今回の旅は、魔物の馬アイルの牽く二階建てキャンピングカーに私、お父さん、ユリシーズさん、カールくん、アカザさん、アカギさん、ナハルさん。後、もちろんクーとルーというメンバーだ。
他にはキナル王子の采配で、護衛の騎士さんが10人。
私達は先ず、大学のある都市リリッツに向かっている。そこで迷宮の事、集団暴走の事を学者さん達からお聞きするためだ。
そこでは29日に注連縄を替える方達と合流して、件の迷宮へ向う手はずになっている。
リリッツから迷宮まではとても近く、騎馬なら2時間程度でつく距離だそうだ。
「先ずリリッツ。旧王都と王都の中間辺り。で、そこからさらに北へ行った所にあるんだったよね?」
「ああ。この国の中でも冬が長く厳しい土地で、農業には向かん。が、静かに研究や学問に向き合うにはいい土地柄なんだ」
「もともと、迷宮のある町の一つだったんだよ。だが未知の物や目新しい物が早く出回る利点もあるが、何せ賑やかしい町だったらしくてね。それを嫌った学者達が流れて作られた町なんだよ」
リリッツから左へ進むと、小カロング山の裾野にある迷宮へ。右へ進むと、鍛冶の町への分岐点でもあり、物流や人の流れは良いって。
因みにリリッツと峠を挟んだ反対側に宿場町があるそうだ。どんだけ研究に没頭したいんだ。
そんなリリッツへの旅程は、アイルの活躍で騎馬と同じという一日少々だった。
[アイル、ありがとう。みんなとても驚いていたよ]
[ふふん!これしき運ぶのは簡単な事!]
[本当にそうみたいだね。はい、これが約束の蜂蜜だよ]
馬は人参やりんごといった甘い物が好きだ。角砂糖や蜂蜜も好物。
アイルとは普段要求があれば人参やりんごなんかの甘味を。今回のようにキャンピングカーを牽いた場合、目的地に着いた時と家に帰り着いた時に蜂蜜をあげる約束をしたんだ。
◇
アイルとの約束を果たすと、この国に三つしかない図書館の一つへ向かった。
アイルの活躍で、丸二日の時間ができたためだ。
「集団暴走に関する本はこの区画にこざいます。席はあちら、窓側にございます」
「ありがとうございます。それでは読ませて頂きますね」
事前に時間があれば図書館を利用したいと伝えていたためだろう。本来は図書館を利用出来る許可のある方しか入館すらできないが、名前を告げ商業者ギルドのギルド証を渡すとすんなり中へ入れてもらえたよ。
中に入ると職員の方にお願いして、集団暴走の本の場所まで案内して頂いた。
書架の左から右へ、上から下へ向かって新しい本が並んでいるんだったな。
「すご…。石板・粘土板まで並んでる……」
「…本ってこんなにあるもんなんだな…」
護衛は一人だけって規則があり、斜め後ろからユリシーズさんの呟きがした。
アカザさん達は、「本しかない建物?!そんな所は魔物と戦うより恐いよ!」って。その嫌がりようにちょっと笑っちゃったわ。
ああ、それはさておきだな。
『ユリシーズさん。私、たぶん集中して本を読むから。適当に…、過ごせる?』
さっき口から漏れた言葉が意外と響いたので、今度は意識して小声でユリシーズさんに話しかけた。
ユリシーズさんも小声で、『適当に過ごす』と答えてくれた。何人か人がいても静かだからだろうな。
◇
ペラペラペラペラペラ…。
ペラペラペラペラペラ…。
ペラペラペラペラペラ……。
この本はこの辺りが気になるな。
ユリシーズさんと二人、窓際の明るいテーブルに着くと読書だ。速読には届かないが、速読もどきで気になるページを見つけてから精読を繰り返す。
持ってきた三冊はあっという間に読み終え、次を探しに行く。
言葉にこそ出さなかったが、ユリシーズさんはかなり驚いていたみたい。一拍遅れ、後ろから付いて来ていた。ここでそこまでがっちがちの護衛は要らないと思うんだけどね。
本を戻して新しい何冊かを選び、席へ戻る。そして速読もどきをして精読を何度かするとすっかり夕方になってしまっていた。
◇
「師匠、かなり本を読んでたし何か良い情報は見つかった?」
閉館となり、キャンピングカーまでの帰り道。
「うううん。分かったのは、集団暴走について何も解明されてないって事だけだった」
まあ、滅多にある事象でもないからね。最深部まで行ける人も少ないだろうしさ。仕方ないと言えば仕方ないのかもしれないんだけど…。
翌日も図書館へ向かい、一日読めるだけの本を読み漁った。
『…神話、かな?』
『え、師匠はその古代言語読めるのか?』
『これ、古代言語で書かれてるの?』
『ああ、そうだ。
その石板に書かれている言語はまだ解読されてない。解読出来れば莫大な報奨金がもらえる、有名な古代言語だ』
『うええ。読めるって内緒にしてて』
『…分かった』
ユリシーズさんが本に目を落とすのを確かめ、私は古代言語で書かれているという石板・粘土板の一つに集中した。
ふう…。下が欠損してるけど、多分…。
他の石板・粘土板も読んでみたが、他の物は災害状況などの記録だった。
今日もたくさん本を読んだが、役に立ちそうな情報はあの神話くらいしか得られずじまいに終わった。
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