72:行かなくっちゃいけない
「どうしてだか分からない。分からないけど、行かなきゃ行けないって…。ずっと引っかかってる」
家族で夕食を摂りながら、お父さんにまた家を空ける許可をもらおうと話しをしている。
行き先はもちろん、お父さんが注連縄で集団暴走だろう異変を抑えている迷宮だ。
「そのままにはできないのは分かっている。かといって、優が行く必要が本当にあるのか?
学者達が解決策を模索しているんだ。それで良いじゃないか」
「そう、なんだけど…」
「兎に角、この話はこれで終わりだ。
俺は俺の実の娘以上に優を幸せにする。優の実のご両親がそうしたであろう以上に、危険には近寄らせない。幸せに暮らすのを見守ると決めてお前を娘に迎えたんだ。絶対に許可しないからな」
子竜騒ぎの時も言われたな。それだけ娘として大事に扱われているのは、素直にとても嬉しい。
だけど、ごめん。何が何でも行くから。日に日に見てみておこうかなって気持ちから、行かなくちゃって気持ちに変わって行ってるんだ。
◇
『注連縄かい?それなら近く、"夏越の大祓"という行事の日に合わせ取り替えるよ。日本より一年が長いこちらの事を考えて、注連縄を夏にも取り替える事としているからね』
詳しい事は知らないけど、確か6月末日にする行事だったかな?
「お願いです、キナル王子。私をその行事に参加させて下さい」
『ツヨシから聞いているよ。優嬢、私も近づけたくないのだよ』
まさかキナル王子にも断られるとは思わなかった。
対竜であればまだ生き残れる可能性もある。だが事が集団暴走の発生源では、万に一つも生き残れる可能性がない。だから近づけたくないと。
みんなが止めてくれるのは有難いけど、行くから。行って、もし何かできたのに行かなくて後で後悔するのは嫌だ。
『…その様子では、迷宮の入り口へ乗り込みそうだね。
私も、ツヨシも、マーチャもサーラも…。いや、止める者は皆だね。貴女を失いたくないのだ。どうして分かってくれないのだね』
「それはちゃんと分かってる。分かってるけど、あの時どうして動かなかったんだろうと後悔しながら生きるのは嫌だ」
結局この日は、お父さんにもキナル王子にも行かせないと断言されてしまった。
心に浮かぶ言いようのない焦燥感を、どうしても上手く説明できなくて説き伏せられなかったからだ。
◇
「お父さん!お願いだから行かせて!」
「優、何度願っても駄目だ。いつ集団暴走が起こるか分からんような危ない所へみすみす行かせない!」
あれから3日経って、私の焦燥感もマックスになっている。
「どうしても行かなきゃ駄目なんだよ。行かなくて体が無事でも、心はきっと死んでしまう…。だから行かせて………」
相変わらず、心に宿る思いを上手く言葉にできずにいる。それがもどかしくて、悔しくて、でも分かって欲しくて…。いつしかぼろぼろ泣いてしまっていた。
「優…」
言葉で言い表せず、子供みたいに泣く事でしかぐちゃぐちゃの心の中を表すしかない不甲斐なさにさらに涙が溢れるのがこれまた悔しくて涙が止まらない。
「…一度部屋に戻って落ち着け。それから話しをしよう…」
お父さんがぎこちなく抱き締めて、背中を撫でててくれながらぽつりと溢した言葉。
顔を上げてお父さんの顔を見ると、どうするのが正解か分からないといった表情のお父さんの顔がこちらを見ていた。
「うん、うん…」
そんなお父さんの言葉に、頷いて答えるのが精一杯だった。
◇
部屋に戻ってからも涙が止まらず、ずっと泣いていた。そのせいで泣き疲れたのか、いつしか寝てしまっていたらしい。
頭を撫でてくれているこの小さな温かな手は、お母さんの手かなあ…。温かくて安心する…。
「オオシロ。優は泣いたら我儘が通ると思っている女の子じゃないわ」
「ああ、そうだな」
両親が小声で二言三言話した辺りで、完全に目が覚めた。
「お父さん、お母さん。ちゃんと言葉にして説明できなくてごめんなさい。
説明はできないけど、どうしても迷宮へ行きたいんだ」
「いつだったかしら…。オオシロが"啓示だから、行かなきゃならないんだ"って言っていた時と良く似ているわね」
「そういや、俺が迷宮へ行く時もこんなだったか…」
「ええ、どんなに止めても泣いて頼んでも無駄だったわ」
お母さんが当時を思い出しているのか、苦い笑みを浮かべながら淡く笑う。頭を撫でる手付きは、さらに優しくなった。
「ねえ、優。もし啓示で行かなくちゃならないなら、お母さんは貴女を送り出すわ。
その代わり約束してちょうだい。何があっても、生きて戻って来るって」
「お母さん…」
口先だけの約束なら簡単だ。だが、お母さんが望んでいる約束はそんな物ではない。
一方で私も、本気でお母さんが望むような約束ができようはずもない。
「お願いよ、優…。今回だけは嘘でも良いから…。ちゃんと戻るって、約束してちょうだい……。
それを信じて、お母さん待ってるから……」
困り果てて答えあぐねていると、お母さんは首筋に抱きつきながら「お願い…」と、小さく呟いた。
「お母さん。生きて帰って来るための最大限の努力をするよ。それは約束する」
私にできる約束はこれが限界の内容だ。無事に戻るとは約束できない。
震えている、小さなお母さんの背中を撫でながらそう答えたが…。これで許してくれるだろうか…?
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