53:心の帰る準備
「じゃあ一緒に旧王都まで行こうね」
「はい、宜しくお願いします!」
寺子屋の授業の後。
この春の誕生日で15歳になり、孤児院を出る男の子、マーズくんが行きたい町や村を通るなら一緒に行くか聞いてみたのだ。
マーズくんは旧王都まで行くつもりだったらしく、渡りに船だろう。
そう。私達は来月には旧王都へ向けて帰る。
「本当に旧王都へお帰りになられるんですね。淋しくなります」
「キャンピングカーを返さないといけませんし、約束ですから」
愛用のキャンピングカーさくら号は試作品だ。返却が条件でお借りできている。
「後しばらくですが、宜しくお願いします」
寺子屋の先生は3月いっぱいで終了。4月になると、帰り支度を始める予定だ。3週間で着けるが何かあった時のため、4週間の時間を取っている。
◇
「ではあの家は買い取りますが、管理だけすみませんが宜しくお願いします」
「分かりました〜。管理費用を先払いして下さったので助かります〜」
統括ギルドでお借りしている家の買取と、管理の手続きをすませる。
なかなか来れないだろうが、あの玄関正面の窓から見える風景。たまにあの風景を見たくなったら、この村へ来ようと思うんだ。この村も好きになっているから、きっと来たくなるしね。
◇
「他にミシンを返すまでに縫い終わらないと思う服はありませんか?」
「返却までに終わらなきゃ手で縫うさ」
「使い方が分からなくて使わなかったが、優さんが使い方を教えてくれて良かったよ」
「そうそう。おかげで縫い物の時間が減って助かったよ!」
みんな足踏みミシンがある間に、子供の一回り大きな服とか作ってたよ。村では明かりはろうそくが主流で、夜の縫い物は辛いからね。
「ニホンショクを教わったり、キャンピングカーで風邪の子供の面倒を見てくれたり…。
帰っちまうのは淋しいねえ…」
終わりは始まりの後、みんなで料理を教わりに来られたんだ。いくつか作ったが、茶碗蒸しが一番人気だったよね。
ヒーリングで風邪はマシになったが、その後一日程度はぶり返さないように子供を預かったんだ。懐かしいな。
心地よくて帰りたがらなくて、それも良い思い出だ。
「毎年は来れないかも知れませんが、また来るつもりです。来たらまたお世話になりますね」
「本当かい?!」
「そりゃ嬉しいね!来れる時にまた来ておくれよ!」
女性達とは料理とミシンを通して一気に仲良くなったな。パワフルで素朴で優しい人がほとんどで、気張らずに過ごせたのはこの女性達のおかげ。
◇
「いやー、本当に一日でこれだけ狩れるとはなあ!」
「クー、ルー、ありがとな!」
〘きゃん!〙
〘きゅん!〙
「ほしい獲物をほしい時に獲れるなんざ、優とクー達がいるからだぜ!」
「おうよ!普通はボウズの日もあるってぇのによ!」
「この子達のおかげです。クー、ルー、いつもありがとう」
ぐりぐりぐりっ。
「ちょっ!もうぐりぐりされると転け…っ、わっ」
「わっはは。まーたやってらぁ!」
男性達とは狩りと呑み会で仲良くなった。最近では親方も混じって呑む事もあるくらい飲み仲間も増えたな。
男性達も気楽に付き合えて、良い人ばっかりなんだよね。
◇
帰る日が近づくにつれ、お気に入りの窓辺からぼーっと外を眺める時間が増えた。
まだどう暮らすのが最良か、答えが見付けられていないからだ。
お父さんみたいに一つに絞った方が良いのか?
あれこれ好きにしていて良いのか?
そうしてぼーっとしていると、背中からふわりと毛布が掛けられて驚いた。
「あ、ユリシーズさん。毛布ありがとう」
「まだ冷える時期だから。日陰でじっとしているなら温かくしろ」
そう言って一旦台所に入り、カシス入りの温かい紅茶を淹れて持って来てくれた。私の最近のお気に入りの紅茶だ。
「あ、ありがとう」
うんと頷くと、今度はイスを持って来て少し後ろに陣取るユリシーズさん。
クーとルーは玄関のノブをレバータイプに付け替えてから好きに散歩へ行けるので、今はいない。
「…最近、よくぼっとしてるよな。帰るのが嫌なのか?」
「帰るのは楽しみだよ。お父さん、お母さん、サーラちゃんに会えるんだから」
「そっか。なら、何をそんなに悩んでるんだ?」
「あー…、うん…」
私は年齢でも社会人としても目上のユリシーズさんに、とつとつとながら思っている事を話してみた。
考えがまとまっていないから、本当にとつとつとした話だ。それでもユリシーズさんは全部聞いてくれた。
◇
「俺は師匠はあの家で家族と暮らしながら、ローニーやサイラとあれこれしてるのが合ってると思う。
…今みたいに悩んで立ち止まってないし、楽しそうだと思ってたよ」
うん、とても楽しかった。大好きになっていた空間だった。この世界で一番安心できる、心地好い場所になっていた。
「ほら、オオシロさんとは同じ国からの転移者だろ?そのせいか二人でしゃべってると、面白いくらいあれこれ思いついたり形にしてたよな。
楽しい、好きって気持ちが一番大事だって。うちのお袋は良く言ってたよ。
師匠を見てて、それが良く分かったよ。それじゃだめなのか?」
「良い…のかなあ?みんなに頼りっきりで…、一人で何にも出来ないのに。甘えてあそこに居ても………」
「嫌ならみんなそばにはいないだろ。
それに師匠はこの世界に来て一年ほどだ。もう少しこの世界に慣れてから身の振り方を考えても、誰も何も言わないよ。
あんたがどこにいても何をしてても、あんたはあんただ。ただそこにいればそれで良いよ」
「あり…が、とう…」
そう答える私の頬には、後から後から涙が伝っている。
不安だった色んな事を肯定されて、知らない内に涙が溢れたようだ。
ユリシーズさんの大きな手が伸びて来て、泣き止むまでずっと抱き締めてくれた。また伸びて長くなった髪を撫でながら、ずっと…。
うん、うん。帰ろう。あの場所へ。
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