52:鬼熊
「わあ、ずいぶん積もったな」
終わりは始まりが終わった翌朝。この三日毎日積雪が増えていたが、今朝はとうとうスキーができそうなほど積もった。
「ああ、そろそろスキーがいるね」
「え?!スキーあるんですか?!」
「ん?あるともさ。雪が多い地方じゃ、スキーがないと不便だろう?」
アカザさんに詳しく聞いてみると、ちょっと思っているスキー板とは違うようだ。カンジキのスキー版のようなイメージっぽい。
せめてショートスキーなら遊べるのにな。
◇
「こう毎日雪が降ってると、出歩くのも億劫になるねえ…。体が鈍っちまうよ……」
「子供たちとする雪合戦は、なかなか良い運動になりますけどね…」
村の中の道は割と雪が避けられているが、それでも必要最低限しか出歩かない。
もう一月が半分終わろうとしているが、狩りもまだ1回しか行っていない。狼の魔物が出たので、ちょっと無理したのだ。
◇
「この地方はそろそろ雪が終わるらしいよ。早いとこ体を動かしたいねえ」
積雪こそないが冷えが続くので、雪は3月の頭くらいまでは残っているそうだ。これでもこの国では、早い春を迎える地域だって。
この二月ほど、カールくんも含めてみんな魔法の練習を重点的にして過ごした。だが、そろそろ体を動かしたい。
◇
「やっと山にも入れそう!山菜でも取りに行きましょうか?」
3月。まだ足元はぬかるんでいるが、山菜を取りに行くくらいできそうな陽気が続いた。
〘たくさん動きたい!〙
〘狩った獲物食べたい!〙
あははは…。クーとルーはもうずいぶん大きくなった。顔も精悍さが増しているしね。本格的に狩りを覚える頃合いなのだろうと推察される。
「じゃあしっかり準備して、明日天気が良ければ山菜採りメインで狩りへ行きましょうか」
「おお!本当かい?腕が鳴るねえ!」
アカギさん達もユリシーズさんもカールくんも嬉しそうだ。
「装備と食料を特に念入りにチェックして、お弁当の残りを教えて下さいね」
全員がそわそわしながら、しかし確実に点検を進めている。武器、防具はもちろん。お弁当に薬草、ロープなどの細々した物も点検している。
無限収納に入れていれば傷む事はないが、薬草とロープは新しい物に取り換えて万全を期する。
お弁当もいくつか食べて減っているので、減った分を作って補充も忘れず行う。
こうして余念なく明日の準備を終え、明日を楽しみに眠った。
◇
「じゃあ夕方、このベースに集合で」
「了解。しかし、優さんは本当に狩りに行かないのかい?」
「私は冒険者じゃありませんから。身を守るのに必要ならしますが、積極的に狩りはしない方向です」
「腕があるだけに、惜しいねえ」
「そんな事を言ってるうちに山へ入らないと、日が暮れますよ?」
「おっと、そうだね。ユリシーズ、優さんとカールを頼むよ。
明日はアカギと代わるからね」
「分かってる。気を付けて」
今回はアカザさん達紅き剣のメンバーが初日は狩りを。二日目はアカギさんとユリシーズさんが入れ代わって狩りを。
私とカールくんの護衛には初日がユリシーズさんが、二日目がアカギさんが付く事になっている。
捕れたて生肉を食べたいクーとルーは2日とも狩りだ。
「この世界にはどんな山菜があるのかな?楽しみ」
「ちょっとクセのある物がほとんどだな」
「この世界でもそうなんだ。日本の山菜も、アクとかクセのあるのがほとんどだったよ」
「僕、食べた事ないや」
「野草なら食べた事がない?」
「野草は食べてた!」
そんな話しをしながら、山菜が生えていそうなところを見て回る。まだ数は少ないが、ちらほら生えているのを収穫していく。
コゴミっぽいものが多く、天婦羅にでもしようと思っていた時だった。
「鬼熊?!くっそ、もう起きていたのか!」
「ユリシーズ兄ちゃん!ヘラジカもいる!」
生き物の鳴き声が近づき、激しく茂みが鳴ったかと思ったら、鬼熊とヘラジカの群れが飛び出して来た。
◇
「…っ!」
咄嗟にユリシーズさんとカールくんを引き寄せて結界は張れた。そのおかげでヘラジカとの衝突は避けられたが、もろに鬼熊と対峙する。ヘラジカを追っていた鬼熊が、私達を獲物として認識して攻撃してきたためだ。
鬼熊とは魔物の熊が長生きし、超大型に成長した個体の事。結界越しとはいえ、そんなのとの対峙は恐怖でしかない。
「師匠!結界を消してすぐまた張れる?」
「それは出来るよ」
「じゃあヤツが突進するのに下がって、こっち向いた瞬間に消して。投擲したらすぐまた結界張って」
こくこく頷いて答えると、ユリシーズさんはタイミングを計り始めた。
「消せ!」
ユリシーズさんが高温の火魔法をしこんだ大型のスローイングナイフを力強く投げる。その瞬間、新たに結界を張る。
「ぐきゃおおおおおおッ」
ナイフはきれいに、鬼熊の眉間に吸い込まれるように突き刺さる。ナイフは刺さると同時に、発動していた高温の火魔法で鬼熊の脳を焼く。脳を焼かれる鬼熊は、狂ったように暴れまわった。
結界の中、私とカールくんはユリシーズさんに抱きしめられて恐怖の時間をやり過ごす。
「師匠、カール、大丈夫か?」
どのくらいの時間が過ぎただろう?ユリシーズさんに声をかけられて目を開く。辺りは物凄い惨状になっていた。その様にぞっとする。
木はなぎ倒され、斜面からは大きな岩がいくつか落ちてきている。まるで災害現場のようだ。
「師匠、俺を出して。死んでるか確認して来る」
「う、うん。分かった。気を付けて」
新しい護りの石があれば良かったが、まだ手に入れれてない。ユリシーズさんはそのまま鬼熊に近寄った。
念の為だろうか。心臓の辺りに額から抜いたナイフを突き刺している。
「もう大丈夫。死んでる」
結界の外からそう声をかけられてほっとする。結界を解くが足が立たない。膝が笑っているんだ。
「立てない?」
「うん、ちょっと無理かも…」
人生の中で、あんなに大きな口にかじられそうになるのを間近で見る経験はほぼないだろう。恐怖に慄いても笑わないでほしい。
「わっ?!」
またもやお姫さま抱っこである。
「ベースまで運ぶよ。カールは歩けるか?」
「ぼ、僕は大丈夫。歩ける」
鬼熊を無限収納にしまうと、ベースへ戻る。連絡しておいたアカザさん達と合流した。
「優さん?!どこか怪我でもしたのかい?!!」
「怪我はないです。膝が笑って歩けなくて…」
「はあ、腰が抜けただけかい?怪我じゃなくて良かったよ。
クーとルーが急に大きな強いのがこっちに来てるって言うからさ。何が来るのかと思えば鬼熊とはねぇ」
もう安心なようだが念の為、そのままみんな固まって過ごす。
二日目はもちろん予定を変更。朝一番、村へ戻ってギルドへ報告へ。ユリシーズさんはこの討伐で、見事ランクアップを果たした。
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