32:子竜とフェンリルの幼獣
〘きゃふっ、きゃんっ〙
〘きゅふっ、きゅうんっ〙
[きゅるるーるっ]
昨日のご飯から、私が子竜に餌を運んでいる。その時にフェンリルの幼獣とは友達になれるか聞いてみて、クーとルーを引き合わせてみたのだがとても仲良く遊んでいる。
子竜も一匹でずっとじっと何日も母竜を待っているだけだったからか、とても退屈していたようだ。
朝の餌そっちのけで遊んでいる。
その間にカートに乗せて置いてある大きな水入れを運んで新しい水と入れ替えて来たが、まだ遊んでいる。
軽く飛んだりしているが、やはり風圧がすごい。短い髪が顔にバシバシ当たり、なかなか痛い。
そのうち仲良く三匹で、餌の一頭丸ごと魔物の豚を食べ始めた。あ、四本脚の豚ね。
自主規制するが、かなりワイルドな食事風景だ。クーとルーの口まわりは、拭いてきれいになるかなぁ……。
◇
[きゅっ。温かくなったのー。お空飛ぶ?飛ぶ?]
……、今も冬眠していないし、冬眠はしないと聞いているが、変温動物には該当するのだろうか?
[じゃあ先に飛ぶから、後から飛んで来て。上で会おう。
ただ、あんまり近づくと私が落ちるかも知れないから、お母さん十匹分くらい離れてて]
[僕より飛ぶの下手〜?]
[人間は飛べないからね。下手だよ]
そんな会話をし、子竜のいる巣みたいになっているところと、みんなが隠れているところの間の拓けた場所から空へ上がる。
子竜はしばらく間を開けて空へ上がって来た。うっわ、やっぱり風圧が半端ないっ。
事前に教えておいた「離れて」のサインを送り、さらに離れてもらう。竜は目が良くないらしいが、その分鼻が利くらしく、姿が見えなくても臭いで追えるのは助かる。
とうにキナル王子やユリシーズさん達の頭上は過ぎ去り、大地溝帯とは反対方向へ旋回し、空の旅を子竜と楽しむ。
下では時々、こちらに気付いた人が驚いているようだ。
十五分ほど空を駆け、地上へと戻る。先に子竜に降りてもらい、後から降りるとハンググライダーを無限収納にしまう。
[お空ー。気持ち良いねー!]
[気持ち良かったね!帰る時はたくさん飛ぶけど、飛べそう?]
[さっきより飛ぶの?]
何だか嫌な予感しかしないのは、気のせいか?
[そうだよ。あの大きな地面の割れ目はもっと飛ばないと越えられないから、たくさん飛ぶね]
[僕、さっきよりちょっとたくさん飛んだら、もう飛べないや]
えっ?マジですか?!
滑空飛行なら、もう少し飛べるかな?子竜とはいっても、お座りしていて私と変わらない体高があるような大きな竜を、ハンググライダーでは運べないし……。
う、うーん、うーん。
ここまで順調だったが、いきなり難問にぶち当たったな……。
子竜は疲れたのか、クーとルーを翼の下に入れて丸くなって寝始める。私はクーとルーに声をかけると、その場を離れた。
◇
「ええ、改めて、子竜をハンググライダーで運ぶのは不可能。そして新たに分かったのは、子竜自身で飛んであの大地溝帯を飛び越えるのも不可能のようです」
キナル王子は一言「そうか」と言って、キャンピングカーのダイニングの背もたれに凭れかかった。
その表情は、どこかほっとしているようにも見える。
聞いていたユリシーズさんやアカザさん達は、分かりやすくほっとしている。
送れないし運べないのでは、ハンググライダーであの大地溝帯を越える意味がなくなったからだ。
「どうなるか分からないが、念の為、近隣の者たちは退避させよう」
背もたれから背を起こすと、キナル王子は地図を広げて、広目の範囲の町や村に対し、竜出現の恐れありとして退避命令を出された。この一件に関して国王陛下から全権を委任されていて、すぐに対応可能なのだそうだ。
さっき飛んでる子竜を見た人がいるし、みんな信じて逃げてくれたら良いな。逃げてもらっても、何もないのが一番良いけどね。
◇
[うん、お肩がしって、すごく痛いけどね!]
ははは、たぶん立派だろう鉤爪で肩を掴んで運ばれたら、そりゃ痛そうだ。それでも、母竜が子竜を運ぶ方法があって良かったと胸を撫で下ろす。
私では子竜を運べない事、子竜自身で大地溝帯を飛び越える事ができないなら、母竜に迎えに来てもらうように、帰り方を変える事を伝えたのだ。
[お願いが変わって悪いんだけど、お母さんに用意してあるご飯とお水飲んで休憩したら、人の気配の方へは行かず、地面の割れ目の向こうへ帰って下さいって伝えてくれる?]
[分かったよ!早くお母さんに会いたいな……]
クーとルーには古代言語は分からないそうだが、淋しげな気配は分かったのだろう。ペロペロ子竜の足を舐め、慰めているようだ。
[もう少しだよ。それまで、クーとルーと私が一緒にいるからね]
クーとルーには、お母さんがいない。ある日、餌を取りに出たまま戻らなかったのだと二匹から聞いた。私も、本当のお母さんには生きていても、もう会えそうにない。子竜は、待てばお母さんに会える。
だから、ちょっとだけお母さんが来るまで待ってようね。待てば会えるんだから。
お読み下さって有難うございます。
お楽しみ頂けましたら幸いです。
面白かった、良かったなどお気楽に、下の
☆☆☆☆☆
にて★1から★5で評価して下さいね!
続きが気になった方は、ブックマークして下さるとすっごく嬉しいです!
感想や応援メッセージもお待ちしてます!