31:大地溝帯と子竜
「知ってる大地溝帯と、規模が違う……」
目の前のにあるのは、マリアナ海溝を実際に見られたらこんな感じかも?っていう、広大な大地の裂け目。
当初、三日で着くと予想されていた大地溝帯。五日で着いた私達の眼前に姿を表したそれは、自然の途方もない造形物だった。
これ、向こうまで飛べるの?
「優さま、飛ぶの止めよう?危ないよ……」
「ああ、優さん。それがいいんじゃないかねえ」
他の五人は、こくっと頷いている。
「南部最大の穀倉地帯も近いから、そちらに被害が出ないためにもどうにかしたいね。
とりあえず手前で練習と、風が弱った時に軽く飛んで決めるしかないかな」
確かに飛びたくなくなるが、子竜を帰す方法が他に見当たらない。もちろん他に飛べる人もいないので、やってみるしかない。
ユリシーズさんはあからさまに、キナル王子を睨みつけている。
「すまない。本当ならこんな無謀な事を頼みたくはないが、被害を出さない最良の方法を選ぶのも私の仕事だ。
どうか許してほしい……」
キナル王子は私と、私の向こうにいるみんなに向かって深く頭をお下げになる。
「キナル王子!頭を上げて下さい!」
キナル王子の唇からは少し色がなくなり、体も小刻みに震えておられる。
本気で頼まなくてすむなら頼まない案件で、他に方法があれば他の方法を取りたい案件なのだと分る。
「無理なら引き返して来る選択もあります。やれるだけやってみます」
頭を下げ続けていたキナル王子は顔を上げると、そっと私の首に腕を回す。そして消え入りそうなか細い声で「すまない」と呟かれた。
私がそんなキナル王子の背中をぽんぽんと叩いて答えると、体を離して下さった。
◇
さて。大地溝帯の他にも確認しておく事はある。
子竜だ。自力で飛べるのか?
飛べないなら、二人乗り飛行可能なサイズなのか?
二人乗り飛行になるなら、大人しくしてくれるのか?などだ。
「可愛い。つぶらで潤んだ大きな目が、目が……!」
可愛くって驚いた。
きゅるるとも、くるるともつかない声に、[だーれ?エサくれるの?]って副音声が聞こえる。
もちろん、クーとルーの声ではない。ならこの声は……。
「子竜の、言葉?」
[初めて見る人間?は、僕の言葉が分かるの?]
[うん。理由は分からないけど、分かるよ]
翻訳機能の賜物だろう。この世界に来た時から、普通に会話できてたもん。
私以外の人は、子竜に臭いを移さないためと、刺激しないために離れた場所に隠れている。
臭いが移ると母竜が育児放棄するかもしれないし、攻撃するかもしれないからだ。
スマホをキナル王子の物と通話中にしてあるので、私のしゃべっている分は聞こえているだろうが……。
[僕ねえ、知らない味のごはんばっかりであんまりごはん食べてないの。何かごはん持ってなぁい?]
飛ぶ体力に関わる。食べたい、食べられるご飯を用意しないと!
[この中に、好きなお肉はある?ご飯はお肉で良いのかな?]
[お肉大好き!いっぱい食べるんだよ!]
たくさん食べて大きくなるんだよね、などと話しながら無限収納から色んな肉を取り出して並べてゆく。
[あ!これ知ってる臭いのお肉!これ好き。これも好き!]
どうやら魔物の肉がお好みらしい。あるだけ魔物の肉を出してあげると、美味しそうにバクバク食べている。よほどお腹が空いていたらしい。
[次のからは、ご飯は魔物のお肉でお願いしておくからね]
嬉しそうに翼をはためかせ、喜んでいる。子竜とはいえ、風圧がすごい。
[どこか怪我してない?もうすぐ竜さんの住処へ送る心算なんだけど、飛べるのかな?]
[送ってくれるの?僕ね、帰る方向が分からなくて母さんを呼んでるんだけど、お返事なくて困ってたの。
お空は母さんみたいにたくさん飛べないけど、飛べるよ!]
お母さんを呼ぶのは止めてー。
[飛べて、帰る方向が分からないだけなら送るよ。
だからお母さんにはこっちに来ないで待っててって、お母さんからお返事があるまで伝えてくれる?]
[分かったの]
こうして、初めての短い接触で、こちらからは危害を加える心算がない事。
あちらへ帰してあげたい事。
子竜が飛べる事や食事の事など、色々伝えたり知る事が出来た。
◇
「師匠っ」
「優嬢!」
「優さま!」
子竜の元から一旦みんなが隠れているところまで戻ると、男子三人にもみくちゃにされて無事を喜ばれた。
その後で女子四人にもみくちゃにされた。もみくちゃにされるので疲れたのだが……。ふう。
「子竜と何か話していたようだが、一部聞き取れたあれは、古代言語……?」
「私は普段通り、話していただけだよ?」
どうやら子竜と話している時は、翻訳言語が勝手に切り替わった感じのようだ。
「もし竜が話す言語が古代言語なら、納得できる事があるね」
竜はいつしかしゃべれなくなったと、定説では言われているそうだ。
そうではなく、竜は今でも古代言語を操っているだけで、変わったのは人が話す言語の方だったのだ。
そう、しゃべられなくなったのではなく、お互いが話す言語が変わってしまったから、話せなくなったようになってしまったのだ、と。
そりゃ話せなくなったと思うわな。こうしてひょんな事から、竜が話せなくなったのはなぜか?という事案に決着が着いた。
◇
一頻りそんな話しをした後、子竜から聞いた情報を共有する。
餌は魔物の肉が良い事。ちょっと量が足りてないかも知れない事。怪我はなく、飛べる事。大きくて二人乗り飛行はできない事。お母さんは呼ばないで、送るからとお願いした事などなど。
キナル王子は手配するべき事はすぐに手配して下さった。
「最後に、ちょっと子竜と飛ぶ練習がしたいです」
「はっ?!」
キナル王子に、物凄く素で聞き返された。
「子竜が軽く翼をはためかせても、かなりの風が発生したんです。
安全に飛ぶにはどのくらい離れて飛んだらいいのかとか、確かめておかないと」
子竜が羽撃いた風で墜落とか、本当に洒落にならない。
「……、分かったよ。あの飛ぶ道具の事は、優嬢が良く分かっている。そして一緒に飛ぶ練習が必要と判断したなら、許可しよう」
ただ飛ぶだけでも心配だろうが、まだ異世界版ハンググライダーに慣れていないうちから子竜と飛ぶというのだ。さらに心配にもなるだろう。
それは他のみんなも同じらしく、酷く辛く苦しそうな表情をしているのが心情を表している。
今日はもう日が傾き始めいるので、明日練習する事に決まった。
この事を子竜に伝えると、明日は飛ぶんだ!と機嫌の良さそうなくるるっという鳴き声を上げた。
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