28:二度目の攻防戦
「風の創造魔法……」
「はい。固有能力で、ある程度の距離があっても、ピンポイントで急所を狙って仕留められます」
眼前にはごろりと転がる、巨大な魔物の熊。通りかかる村のギルドから、スマホにSOSが入ったのだ。
「正確に的を射抜く事も、飛距離も、発射後の速度も、ある程度は風魔法で補正可能です。
有効射程距離は目視と関係しているので、ちょっと曖昧ですね」
今回使ったのはエアS&W M500ではない。モデルガンを弄りながら、長兄に散々解説されて馴染み深かったもう一つの方。エア89式小銃だ。
弾は私の特製で、着弾すると直径十センチに渡って炸裂する事で殺傷力を高めた物だ。
カマイタチを弾にしたってイメージかな?
少々狙いが外れても、致命傷になる物にカスタムしたらこうなった。
他にもカスタムは可能だ。
今回はそんな機能を活かし、村の門を破ろうとしていた熊の左側、百メートルほど離れた樹上から頭を撃ち抜いて仕留めた。
「ふふっ。本当に貴女は、色々楽しませてくれるね」
何か、またキナル王子の中でポイントを稼いでしまった?
それはもうどうしようもないので、放っておく。そうする。
熊の討伐報酬は村と、村の教会に寄付する事で話しをつけた。
ちょこちょこだが、少なくない金額の報酬をもらう羽目になっているので、それを穏便に放棄する手段として考えついたのだ。
◇
「優嬢、こんな感じかな?」
「コツを掴まれたようですね。上手いですよ」
キナル王子が箸を使いたいとおっしゃるので、箸の練習をしつつ食事を摂る。
ナプキンがない世界だから、箸で手を添えて食事する方が服を汚さないから良いと思う。
ワックスといい、箸といい、好奇心旺盛なお方のようだ。
「熱っ。温かいキャンピングカーの中でも、この温かい食事は美味いね」
「大丈夫ですか?食材によっては滑りやすいですからね。気を付けて」
そんな様子を横目で見ながら、お風呂を済ませたユリシーズさんが出てくる。
「師匠、風呂洗っといたから」
「あ、ありがとう。助かる」
「不自由をかけてすまない」
目を合わせずに短く「ああ」と答えると、ユリシーズさんは外へ出てコンテナハウスへ戻っていく。
人数が多すぎるので、お風呂はキャンピングカーが男子、コンテナハウスのを女子が使っている。
食事は、キャンピングカーで食べるのがキナル王子一行と私が。コンテナハウスで、ユリシーズさん達が食べる。後、寝る時もこの分かれ方だ。
ちょっとややこしいが、キナル王子が折れないので諦めた。
◇
「刺身も美味いね。この、日本酒という酒に良く合う」
この辺りは深い入江になっていて、全額寄付した報酬の代わりにと良い鮭を下さったのだ。
それをムニエルにした物が夕食になり、私用に少し除けた物が刺身になった。
あ、ちなみに魚でも肉でも、口にする物はヒーリングしてある。だから寄生虫や病原菌などは気にせずに食べられる。
ヒーリング、何気に便利だ。
「まだ食べるようでしたら、刺身は作れますよ?近衛騎士さん達も食べますか?」
近衛騎士さん達は、合流した直後こそ「高価なニホンショクなどとんでもない」と仰っていたが、「日本人の私が、毎日食べる食事が高価だと思いますか?」と訊ねて以降は普通に食べておられる。
刺身も意外と食べられるようで、近衛騎士さん達の皿の物も、もうほとんど残っていない。
「ありがとうございます。お願いいたします」
近衛騎士さん達のお口にも、なかなか合っているようで良かった。
私が刺身を作るために立ち上がると、キナル王子も着いて来られる。
気にせず冷蔵庫から鮭の冊を取り出すと、タドリィ親方が作って下さった刺身包丁で刺身を切り分けにかかる。
「それも変わった形の包丁だね。包丁も、ニホンショクではそんなに使い分けるのかい?」
「一般人なのでそれほどではありませんが、私は五本ありますね。
それでも魚のための物があるので、多いかも知れません」
三徳包丁、出刃包丁、柳刃包丁、刺身包丁、牛刀の以上だ。
タドリィ親方が作って下さったのは、出刃包丁、柳刃包丁、刺身包丁の三種。
どれも日本の物より大きい。なぜなら捌く物も、日本の生き物より大きい事がほとんどだからね。
包丁はタドリィ親方のおかげで充実したが、今度は砥石がなくて困っている。
ないというのは語弊があるな。日本みたいに種類がないんだ。仕上砥よりの、中砥しかない。
そんなに上手くはないが、刺身を作り終えると、キナル王子がテーブルから空になったお皿を取って下さる。
「ありがとうございます」
「大した事ではないよ」
昔、お父さんと町で呑んだりしていたそうだからか、こういう気配りも意外と出来る方なんだよね。
◇
「いや、本当に座ってて良いですよ」
「やりたいんだよ。料理は危ないからと手伝えなかったんだ。皿を拭くだけなら危なくないのだ、させてくれないかい?」
近衛騎士さん達を仰ぎ見ると、肩を竦めておられる。
あああっ、もうっ。
「後でハンドクリームをしっかり付けて下さいね!!」
「女性の手でもなければ、剣ダコもあるんだ。荒れても別にかまわないよ」
「私が気になるんです」
この一日で何となく、王族だから味わえ無い事や距離感を堪能なさっていると理解した。
だからある程度は、したいと仰る通りにして頂くのだが、手荒れはダメだろ。
洗い物をする私の横で、大層機嫌よくすすぎ終わった食器を拭いて行くキナル王子。
合流してからの食事毎、何回も見ておられたからか、しまう場所も割と覚えていらっしゃる。
おかげでアカザさん達と家事をしている時のように、早く片付いた。
「ありがとうございました。おかげで早く片付きました」
「世話になっているのだ。多少の事は手伝うよ」
極上の笑顔でそう答えられて、何だかこそばゆい。
◇
最後の家事。男子の分の洗濯は、炊事をしている間に近衛騎士さん達がして下さるんだ。水分分離乾燥まで終わっている。
「洗濯、ありがとうございました。助かります」
「キナルさまが手伝いをなさるのです。それにこんな快適な物にお世話になってます。
それくらいは当然ですので、お気になさらず」
頭を下げてお礼をすると、籠に入ったユリシーズさんとカールくんの洗濯物を持ってコンテナハウスへ向かう。
キナル王子も、さすがに女子の分の洗濯には着いて来られない。
籠をカールくんに渡すと、アカザさん達が脱水まで終わらせてくれている洗濯物を乾燥させて家事は終了となる。
◇
キャンピングカーに戻ると、キナル王子達は今夜も仕事をなさっている。
「すみません、お先に休ませて頂きます。お休みなさい」
声をかけてベッドルームに入り、仕切りのカーテンを閉める。
ベッドの真ん中に、クーとルーに入ってもらって強制的に距離を取って眠りにつく。
「……っ?!」
朝、またもやキナル王子に腰をがっちり抱き抱えられているのはなぜだ?!!
そろっと、腕を解こうと試みる。
「……ん…………」
小さな声がすると、またもや更に強く腕が巻き付く。
しばらく待って、また腕を解こうと試みる。
ぎゅっ。
この静かな攻防戦は、結局今回もキナル王子が起きるまで続いたのだった。
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