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名探偵登場

 ※ここからの記述は山科警部が探偵・金田耕一郎より聞き取った供述に基づいています。したがって金田による虚偽の記述や事実の隠蔽が含まれる可能性があることを、読者諸氏はご留意ください。


 私が花城レンズ工芸株式会社を最初に訪れたのは、亡くなった社長の花城幸助の初七日が過ぎたころだった。私を出迎えたのは花城幸助の娘であり、専務取締役である花城由紀恵である。


 由紀恵は後に確認したところでは今年30歳になったそうであるが、少しふっくらした顔立ちで色白の童顔であるため、20代前半くらいに見えた。


「今日は遠いところをわざわざお越しくださいまして、ありがとうございます。どうぞお入りください」


 私は由紀恵に促されて社屋に入った。この古いビルの一階は作業場と発送場を兼ねているようで、梱包機材があり、段ボールのパッキンケースが所狭しと積み上げられていた。しかし、誰も作業している者はいない。私は由紀恵に尋ねた。


「今日はお仕事はお休みされているのですか」


「社長が亡くなってからしばらく業務を停止しています。私どもの会社は社長のワンマン経営でしたので、いろいろ整理しないと業務が再開できないのです。金田さん、二階にお上がりください」


 二階は事務所になっていて、三人の男性社員が書類の山と格闘したり、PCのキーボードを叩いたりしていた。そのうちのひとりが顔を上げるとこちらにやってきた。常務取締役の井土弘明である。

「いらっしゃいませ、金田耕一郎先生ですね。噂はお聞きしております。さあ、こちらへどうぞ」


 そう言って重役ふたりに案内されたのは、事務所の片隅にある小さな応接セットだった。井土がその近くに設置されたコーヒーサーバーで紙コップにコーヒーを淹れて、応接テーブルにみっつ並べた。


 お互いに形通りの挨拶をすると席に着き、早速本題に入ってもらうことにした。


「こうして御高名な金田先生にわざわざお越しいただいたのは、亡き父である社長の希望でもあるのです」


 由紀恵が話し始めた。


「生前より社長は、もし自分に何かあったなら警察には頼るな。現代の名探偵・金田耕一郎先生を呼ぶように・・・と申しておりました」


「何かあったら?社長は何か身の危険を感じておられたのですが」


「はい、社長はとても優れた技術者でした。レンズの制作においては世界でも右に出るもの無しといっても過言ではなかったでしょう。また社長はたいへんなアイデアマンでもありましたので、そのアイデアを盗まれることを非常に恐れておりました」


「なるほど。ところで警察の見解では社長の死因は事故死ということになっておりますが、私を呼んだということは、それにご不信をお持ちということでしょうか」


 由紀恵と井土は一瞬顔を見合わせたが、少し間を置いてから今度は井土が話しはじめた。


「単刀直入に申しますと、私たちは社長は殺されたのではないかと疑っているのです」


「殺された・・・それは一体どうしてですか」


「ここ十年ほどの間、社長はある製品の開発研究に力を入れておりました。それは完成すれば、世界初の画期的な物でありますが、軍事転用も可能なため国家が介入するであろうことも予測できます。つまりそれほど画期的な発明なんです。莫大なお金になることは想像できるでしょう。その発明が盗まれることを常に恐れていました」


「なるほど。しかしそれほどの発明を盗むためなら、むしろ社長を殺すのはおかしいんじゃないですか」


「いえ・・おそらく犯人は発明を盗むことには成功したのです。しかし発明を独占するためには、社長の存在が邪魔だったのではないかと思うのです。」


 花城幸助はある難事件において、私に命を救われた実業家より私のことを紹介されていた。そして幸助の転落死を、警察はあっさりと事故死ということで片付けてしまったため、由紀恵たちは、やはり頼るべきは名探偵である金田耕一郎であると判断したというわけだ。


「わかりました。では社長の転落死は事故ではなく殺人であるという前提で考えてみましょう。殺人の起こった午後三時ごろなのですが、社長とあなたがたおふたりは三階におられた。そのうちに社長は鉄柵に錆止めを塗るために屋上にひとりで上られた。それから10分ほどすると屋上から社長の叫び声が聞こえた。慌てて井土さんが屋上に上がると、社長の姿はすでに無かった。すなわち転落した後だった・・・警察への供述はこんな感じですが、間違いありませんか」


「はい、間違いありませんが、今にして思えば社長の叫び声は転落時の悲鳴などではなく、何者かと争う声だったような気がするのです」


「つまり社長は何者かに突き落とされたとお考えですね。ところでこのビルなんですが、階段は屋上まで一か所だけ。他にエレベーターなどはありませんね」


「はい、ありません」


「非常階段は当然ありますよね」


「はい、外壁に取り付けられていて、屋上から一階まで通じています。ただし非常階段の一階部分はフェンスで仕切られていて、内部からしか開け閉めできないドアがついています」


「防犯カメラは」


「正面入り口と裏口、そして非常階段の一階と屋上部分にあります」


「それら防犯カメラの映像には不審な人物は映っていなかった」


「はい、そういうことです」


 そこまでの話を聞いたは私はすでに冷めていたコーヒーを一息に飲み干した。


「うーん・・・井土さん、由紀恵さん。それならば私も警察と同じく、これは事故死と判断せざるを得ません。犯人の姿はどこにもなく、出入りした形跡がありませんからね。もし、それでもこれを殺人とするならば、犯人は井土さん、あなたしかありません。あるいは由紀恵さんとの共犯の可能性も残る」


 私の言葉を聞いた由紀恵が、顔を紅潮させて抗議した。


「ひどいです!私が父を殺したというのですか」


 さすがにこれは私の失言だったので、即座に謝罪した。


「いや、これは失言でした、申し訳ありません。決して本心でそのように思っているわけではありません。しかしこれらの可能性を除外するならば、犯行は不可能です。事故と判断するのが当然の帰結でしょう」


 すると井土は少しためらい気味に口を開いた。


「これはあまりお話したくはなかったのですが・・・社長の発明品がもしも完成していて、犯人がそれを盗むことに成功していたのであれば、これが殺人事件だったとしても不可能犯罪ではなくなるのです」


「と、言いますと」


「社長の発明品はインビジブルスーツです。つまり透明人間になる服とでもいいましょうか」


「え・・透明人間?」


 透明人間と聞いてなんとなく、この事件は私の探偵としての領分を超えているように思えた。

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