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「五角館の殺人」事件の解明

 郊外にある、その古い西洋館はその特徴的な外観から五角館と呼ばれていた。


 その五角館の一室、高価なキリムの絨毯が敷き詰められた広い洋間の床には、ガウンを着た初老の男性が仰向けに倒れていた。この館の主である神明光彦(じんめいみつひこ)である。胸には深々とナイフが刺さり、ガウンには血が滲んでいる。光彦が死亡していることは一目瞭然であった。木製のこの部屋の扉は内側に開かれているが、トアノブと連動している鍵のラッチ部分が壊れている。そして今、その部屋の外には、この館に住む一族六名が集まっていた。


 その六名に向かって、まるで講義でもしているように演説を()っているひとりの男が居る。


「この館の皆さんが悲鳴に気づき駆けつけたときには、この扉は内側から施錠されていた」

 英国生地の上等な背広を着た背の高いその男は、一同をゆっくりと見回す。


「つまり、完全な密室だったということですね。それで、この扉を開けたのは?」

「はい、私と邦彦君です。二人がかりで体当たりして扉を破りました」


 答えたのはこの神明家の長女・公子の夫である早瀬祐三(はやせゆうぞう)であった。邦彦は神明家の長男である。


「扉を破ったときには、ここに居る全員が集合していたのですね」

「はい、私と邦彦君、公子、次男の明彦君、三男の信彦君、その妻の由美子さんの六人全員です」

「光彦さんの悲鳴を聞いたとき、皆さんはどこに居られましたか」


 一同はお互いに顔を見合わせた。そして男の問いにはまたも祐三が答えた。

「それぞれ自室に居たと思いますが、私はいちばん遠い部屋なのもので、駆けつけたときにはすでに他の五人は扉の前に居ました」


 男はふむふむと頷きながら長い指でもつれた髪の毛をかき回したあと、目を見開き胸を張って宣言を始めた。

「私は光彦さんより『館で恐ろしいことが起きる。家族を救ってくれ』と依頼を受けてやって来たのですが、まさかこんなことになるとは。この事件は私、金田耕一郎(かねだこういちろう)が必ず解明いたします」


 金田と名乗った男が宣言を終えるころ、複数のサイレンの音が館に近づいて来た。

「え、警察がもう来たのか?ちょっと早すぎじゃないか・・・」


 間もなく制服の警官十数名を引き連れた刑事が二名、館内に入って来た。年長の刑事が警察手帳を提示する。


「**県警捜査一係の山科(やましな)です。殺人との通報ですが・・・おや、あんたは・・」

「山科警部補、いや今は警部だそうですね、お久しぶりです。しかしこんなに早く到着とは驚くほど手回しがいい。普通は最寄りの警官が先にやって来て、追っ付け担当刑事が来るもんじゃないですか?」


 金田がそう言うと、山科は苦虫を嚙み潰したような表情になった。その顔を見て、若い方の刑事・谷本が小声で尋ねる。

「警部、知ってる人ですか」

 山科は答えた。

「金田耕一郎さんだ。21世紀の金田一耕助と呼ばれている名探偵殿だよ。ややこしい連続殺人事件を何度も解決している・・らしい」


 山科の紹介の弁を聞いて、金田は満足気な笑みを浮かべた。

「金田さん、俺たちの到着は別に早くはねえだろう。すでに被害者が出た後だからな」


 刑事たちと制服警官は手際よく現場を検証し、保存した。その警察に紛れるように堂々と現場を歩き回っている金田を見て、谷本刑事が山科に言った。


「警部の知り合いみたいですし、名探偵らしいですけど民間人ですよね。捜査に立ち入らせていいんですか」

「ふん。名探偵さんの兄貴が警察庁のとてつもなく上の人間なんでな、奴は自由にさせるのが慣例になってるんだ。しかしまああまり邪魔なら外してもらうように言うさ」


 その名探偵・金田耕一郎が何が楽しいのかニヤニヤ笑いながら近づいて来た。

「山科警部、なかなか面白い事件ですね。ここまでの私の推理をお聞かせしたい」

 山科は金田をぎょろりとした目で睨んだ。

「人が死んでるんだぜ、面白いこたあねえだろう。推理もいいが、まあちょっと待て。科捜研が到着したな」


「すみませーん!遅くなりました。科捜研の宮下真奈美です」

 少々素っ頓狂な声で挨拶をしながら、地味な薄グレーのサマースーツを着て、化粧気のない顔に黒縁のメガネをかけた若い女性が現れた。もともとはショートボブにカットされていたと思われる黒髪は、少し伸びすぎているようだ。若いのにあまり身なりに構わない性格と思われる彼女が、超科学捜査研究所(S.S.R.I)所員の宮下真奈美である。もっとも科捜研の頭に「超」が付くのは、警察内部でも山科はじめ一部の人間しか知らない。


「科捜研?研究所員が殺人現場にやって来るんですか?鑑識課じゃないですよね」

 金田が訝しげに言う。


「ああ、彼女にはいろいろと特命があってな。捜査に直接協力してもらっているのさ」

 そう答えた山科のところに真奈美が近づいて来た。


「山科さん、遅くなってすみません。えっと急ぐんですよね?」

「ああ、こんな事件であんたに出張ってもらうのは警察としては反則なんだがね、いつまでもこの事件に手を煩わせているわけにはいかない事情があるんだ。頼む」

「では、もうすぐに解決しちゃいますね」

 真奈美のその言葉を聞いた金田が食いついて来た。

「ちょっとお嬢さん、解決って君は今到着したばかりなのに、もう真相を推理できているっていうのかね?」


 真奈美はここに来て初めて、そこに居る金田の顔を見た。

「えーと、あなたは?ああ、そうですか金田耕一郎さん。自称・21世紀の金田一耕助」

「おや、君は僕の顔と名前を知っているのかい?」

「いいえ、顔も名前も今初めて知りました。あ、推理とかそういうの要りません。これ本当は反則なんですが、いますぐ解決しちゃいますので」


 きょとんとしている金田を無視したまま、真奈美は神明一家をここに集めるように言った。こうして集まった面子をぐるりと見まわすと真奈美は話し始めた。


「ええと、じゃあお集りの皆さん。事件解明しちゃいますね。犯人は・・ああ、その祐三さん」


 いきなり犯人と名指しされた祐三はかなり驚いた様子だった。

「え、あの・・私が犯人て・・ていうか、あんたなんで私の名前知ってるの」

「すみません、説明ははぶきますね。結論だけ。動機はええと・・ああ痴情のもつれですか。光彦さんと・・祐三さんはつまりそういう関係だったのか・・それでええと・・うわあ、光彦さんは由美子さんにまで・・しかもその由美子さんは以前、祐三さんと関係を・・ややこしい関係ですね。由美子さんも殺害する予定だったのですか。エレベーターを使ったトリック?ダメですよそんなの余計な物証を増やすだけなのに。あれ、もう一人ややこしい人が・・」


 真奈美は三男の信彦に目を向けた。

「信彦さん、あなた祐三さんの殺人計画に気づいていたんですか!それで・・・え?そのことを探偵の金田さんに話していた?つまり金田さんは最初から犯人を知っていたってこと?」

 真奈美は金田を睨みつけた。


「酷い・・21世紀の金田一耕助とはよく言ったものだわ。つまり殺人が遂行されるのを待ってから、推理とやらを展開するつもりだったのですか・・・これまで解決したとされる事件もそうやってきたわけ?これじゃあなたも殺人の片棒担いでいるも同然ですよ」


 その言葉を聞いた金田は顔を真っ赤にして、真奈美に向かって大声を張り上げた。

「なんだね君は。来るなり口から出まかせを言いやがって。論理の欠片もありゃしない」

「あーもうそういう論理とかはどうでもいいんです。どっちにせよ、ほら真実はひとつですから」

「聞いた風な事を言うもんじゃない。じゃあ君にはこの密室の謎が解けるのかね」

「密室?ああ犯行現場のドアの事ですか。こんなの密室でもなんでもありません。三流以下の手品の種ですね」


 真奈美は体当たりで破られ内側に開放されているドアの前に屈みこみ、下側の隙間に両手指を差し込むと、「えいっ」と声を上げて持ちあげた。扉は蝶番の部分が外れて、そのまま部屋の床に倒れる。


「こういう風に蝶番の部分が見えている扉って多いですけど、ここが外れるように細工しておけば鍵なんか掛けても扉ごと取り外せます。外に出てからもう一度扉をはめれば密室完成。そこで大きな声で叫び声をあげて・・・人間、実際に刺殺されるときには大声なんか上げませんし、男性の悲鳴なんか誰が出しているのか普通は聞き分けられませんから。あとは適当な場所に身を隠してみんなが集まってからのこのこと現れる。そんなところですよね、祐三さん」

「へっ?ああ、はい。すみません」


 突然話を振られた『犯人』の祐三はとても間抜けな口調で返事をした。

「密室にしたのは後から現れて嫌疑をまぬがれるためですか?でもあまり意味ないですよ。密室殺人なんて現実の犯罪ではまったく無駄な労力にしかなりません。こんな仕掛け、警察が調べたらすぐにバレますし。もっともだからこそ、警察が十分に調べる前に名探偵・金田耕一郎さんが推理で解決するつもりだったのでしょうけど、殺人現場は探偵のステージじゃありません」


 真奈美がここまで話し終えると、山科警部がパンパンと手を叩いた。

「よーし、犯人も自供したことだし解決だ。早瀬祐三を確保。金田さん、あんたも署に来てもらう。一泊してもらおうかな」

「え、私が?どうして・・・」

「あんた、殺人計画を知っていて見逃していたんだろ。それが世間に知れたらあんたの兄さんの地位にも関わるぞ。大人しく来てもらおうか。ああ、宮下君ご苦労だった」

 宮下真奈美は山科警部に軽く会釈した。


「本来はこういう事件はあんたら超科学捜査研究所(S.S.R.I)の管轄外なのはわかってるんだがね、ここまではほんの前哨戦で、ここから先があんたらの力を借りる本番になると思うんだ。もうしばらく付き合ってもらうぜ」

「五角館の殺人」と聞けば、綾辻行人「十角館の殺人」を連想される方が多いと思いますが、この回はどちらかというと、その元ネタである江戸川乱歩「三角館の恐怖」と、さらにその元ネタのスカーレットの「エンジェル家の殺人」へのオマージュです。本格推理小説のお手本というべき名作であり、本作では未遂に終わっているエレベーター・トリックもちゃんと実行されます。未読の方にはぜひご一読をおすすめいたします。


前作「サイキック」では超能力者の犯人、超能力者の探偵、しかしちゃんと本格推理要素あり・・という作品を書きたいということで超・本格推理小説を名乗ったのですが、これも第二作目となると、この超能力が使えるということが手枷足枷になることがわかり、かなり苦労したのです。つまり今回の「五角館の殺人」では、普通の本格推理の世界に、S.S.R.Iの宮下真奈美を放り込んだら、どうなってしまうかを知っていただきたかったのです。

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[良い点] 自称・21世紀の金田一耕助に期待しています。 どんどん、世界観に引き込まれました。
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