第三の死体
「金田探偵、あんたなんでここに?」
山科警部が金田耕一郎に問いかけた。
「なんでですと?この事件はもともと私が依頼を受けた事件だし、しかもすでに犯人は指摘した。しかるにあなたがた警察は、あろうことか殺人事件を事故で片付けようとし、犯人である山口肇を捜そうともしない。こうなれば最早、事件解決のためにふたたび私、金田耕一郎が出張るより他にないでしょう。しかし遅かった。第三の被害者が出てしまったことが悔やまれます。これもあなた方警察の怠慢のせいであることを猛省していただきたい」
言いたい放題言われてしまっているが、自分たちが現場付近に居ながら新たな被害者を出してしまったのは事実なので、さすがの山科も黙って聞くより他なかった。
「それから宮下真奈美君。君は超能力捜査官らしいし、五角館では余計なことをしてくれたが、そもそも探偵法において超能力などという怪しげな占術を使うことは、ノックス十戒にも反する邪道なのだ。慎んでもらいたい」
ノックス十戒とは何かが真奈美にはわからなかったが、おそらく探偵のルールのようなものなのだろう。ここはひとまず黙って拝聴するしかなかった。
間もなく消防隊、救急車、所轄の警察が到着し、現場は慌ただしくなった。
金田探偵は、現場を自由に行き来し、彼流の調査を続けている様子だ。
山科警部、宮下真奈美のあとから駆けつけた、花城由紀恵と松下真一が確認したところ、被害者は三上信夫に間違いないようであった。
「警部、被害者の三上信夫は救急車到着まで持ちませんでした」
所轄の岡田刑事がそう報告に来た。
「鑑識によると、どうやら焼却炉の中にガソリンを詰めたポリ容器を隠してあったらしいです。被害者はその上に紙ゴミを放り込んで火を着けた。これでドカンですよ」
「・・そうか。。」
山科はいつになく落ち込んでいる様子である。その山科に真奈美が小さな声で言った。
「警部。三上さん、息を引き取る前に気になることを言ったんです。心の中でです」
「なに?三上は何と言った」
「断片的なんですが、手紙、屋上・・それだけです」
「ふーむ、三上は何かを手紙に書き残して、それを屋上に置いてあるという意味だろうか」
「そうだと思います。でもこれってノックスのなんかに違反するんですよね?」
「死人が出たんだ。しかも今回はもう事故の線はあり得ねえ。ノックスなんざ関係あるか、行くぞ屋上へ」
そう言うなり山科警部は足早に本社ビルの方に歩き出した。宮下真奈美もその後を追う。
裏口から建物に入り、階段を三階まで上り、屋上への細くて急な階段を上ってふたりは屋上に出た。そして辺りを見渡す。
「何も無え屋上だな。いったいどこに手紙を置いている?物を隠すところなんざ無えぞ」
「すみません、三上さんからはそこまでの情報は取れませんでした。ただ屋上と」
真奈美は屋上の鉄柵に沿って歩きながら手紙を探した、鉄柵が折れて破れた場所には警告のための黄色いテープが張られていた。
「あっ、これは!」
真奈美はコンクリートの床を指さした。
「ああ、それは血痕じゃねえぞ。所轄の刑事も勘違いしたらしいが、錆止めの塗料だ。これだけ錆が進んでるんじゃ、今さらこんなもん塗っても手遅れだと思うがね」
「ああ、びっくりした。しかし手紙、見当たりませんね」
「手紙というのはあくまで比喩表現で、たとえばどこかコンクリートにでも直接何か書き残しているんじゃねえか」
「それはあり得ますね。探しましょう」
それからふたりは一時間ほどかけて屋上のすべての床面、階段室の周辺から屋根まで、隈なく調べたが、それらしいメッセージは見当たらなかった。
「無えな、どこにも」
「うーん、これだけ探しても見つからないということは、特にこの事件とは関係ない、何かプライベートな事を思い浮かべただけかもしれませんね。すみません、無駄骨を折らせてしまいました」
「気にするな、こういうのが警察の仕事だよ。無駄骨なんかじゃねえ、これじゃねえという事実の確認だ」
山科警部はたたき上げの刑事らしく、そう言った。
「しかし、これで容疑者はひとりしか居なくなった。やはり金田の推理どおり犯人は山口肇だ。後は奴を探して捕まえるしかねえが、インビジブルスーツを着ているとなると厄介だな。何かS.S.R.I的な捜査手法はあるかね」
「すみません、ちょっとひとりで考えてみたいことがあります」
「そうか。じゃあ、俺はもう一度事件の現場に戻ってみる。何かわかったことがあれば呼んでくれ」
そう言い残すと、山科警部は階段室の扉を開けて階段を降りて行った。
残された真奈美は考えていた。
(これで犯人は山口君で動かしようがなくなった・・・でも。。)
何か別の、見落としていることは無いだろうか。
(そうだ、御影さんが山口君は絶対に犯人では無いと言ってたじゃない。御影さんが言うなら間違いない。山口君は犯人では無い。新犯人は別にいる)




