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松下真一の証言

「すでにお気づきかと思いますが、僕と由紀恵さんは専務と社員というだけの関係ではありません。


 僕はこの会社に入社してすぐに、由紀恵さんの公私のけじめある仕事ぶりにとても感動しましたが、やがて彼女の私の部分・・素顔の由紀恵さんがとても好きになったのです。なので、社長の意向で由紀恵さんと井土さんが婚約していることを知ったときは、正直嫉妬に震えました。僕は技術者として、職人としての井土さんを尊敬していましたが、この思いだけは理性では押さえきれませんでした。なので、思い切って告白したんです。由紀恵さんからはすぐに返事を貰えませんでしたが、彼女自身、井土さんとの結婚には必ずしも前向きではないことが感じ取れました。


 そして例のハワイ旅行です。ホノルルのホテルでの部屋割りは、社長と井土さん、僕と三上さんと山口君がそれぞれ相部屋で、由紀恵さんだけがシングルでした。これはチャンスだと思いましたよ。


 僕は三上さんに、ひとりで夜のホノルルを見物したいと言って部屋を出ました。その足で由紀恵さんの部屋を訪ねたのです。由紀恵さんは驚いていましたが、ドアの前でいつまでも話しているのは不味いということで部屋に入れてくれました。そこで僕は自分の思いを懸命に由紀恵さんに伝えて、由紀恵さんはその思いを受け入れてくれたのです。僕たちはその夜、初めて結ばれました。


 それからしばらくの時間が過ぎたころに、誰かが部屋のドアをノックしました。驚いて息を潜めているとドアの外から声が聞こえました。井土さんの声です。『由紀恵さん、井土です。開けてもらえませんか』と言ってました。僕たちはあわててバスローブを羽織ると、僕はバスルームに隠れ、由紀恵さんがドアに向かいました。バスルームで息を殺して様子を窺っていると、由紀恵さんがドアを開け、井土さんと話しているのが聞こえました。井土さんは話したいことがあるから、部屋に入れてほしいと言っており、由紀恵さんは疲れているからまたにしてほしいと突っぱねていました。しばらく押し問答が続きましたが、やがて井土さんが諦めて立ち去ったようでした。


 バスルームを出た僕は、大きなミスを犯していたことに気づきました。ドアの傍らに靴を脱いだままにしていたのです。これは今となってはわからないことですが、井土さんは半開きのドアから僕の靴に気づいたかもしれません。


 僕たちは気まずい思いを抱いたまま帰国しましたが、井土さんは普段と変わらない態度でしたので、気づかれなかったのかもしれないと思うことにしました。


 しかし、井土さんの他に僕たちの関係に気づいていた人がいたのです。それは社長です。どうしてそれに気づいたのか?今だにそれが不思議なのですが、社長は恐ろしく勘の鋭いところがありましたので、微妙な態度からそれを察したのかもしれません。


 どうして社長に気づかれたことがわかったのか?ですか。いまさら隠しても仕方ありませんので、すべてお話します。あれは井土さんが亡くなる前日だったと思います。僕にハワイからの手紙が届いたんです。社長からの手紙です。あ、すみません。手紙にはこれを僕と由紀恵さんだけが読んで、読み終わったら必ず焼き捨てるようにと書かれていましたので、僕のアパートに由紀恵さんを呼んで一緒に読んで、すぐにキッチンのコンロで火を着けてシンクで燃やしました。でも記憶している内容は嘘偽りなくお話します。


 社長の手紙によると、インビジブルスーツの研究ノートや、設計図が盗まれている。しかもその犯人は井土さんだ・・というのです。もちろん盗むと言っても、コピーを取るという意味ですから、社長の手元からそれらが無くなるわけではないです。しかし社長は勘が鋭いですから、微妙な書類の置き場所の変化などから察したのでしょうね。普段、社長の研究室のある三階に出入りできるのは由紀恵さんの他には井土さんしか居ませんから、井土さんが盗んでいると判断したのでしょう。


 もともと社長は書類や設計図を作成しても、どんどん焼却してしまう人でしたから、井土さんはそれを逐一コピーしてどこかに保管していたというわけですね。しかしそれらのノートにはいつもフェイクを入れてあるので、それを盗んだからと言ってインビジブルスーツが作れるわけではないらしいです。


 社長はスーツの試作品も十回以上は制作していて、実験してはその都度工場の焼却炉で焼却していましたが、どうやらそのうち、いちばん完成度の高かった一着も盗まれた可能性があるそうです。


 社長の手紙には、『私は技術力の高い井土と由紀恵を結婚させて、会社を引き継がせることを考えてたが、このような泥棒まがいのことをする者に娘も会社も任せることはできない。松下君が由紀恵と恋仲であることを私は知っている。どうか松下君と由紀恵のふたりで、会社と私の研究を引き継いでほしい。私も井土も技術者ではあるが科学者ではない。松下君の持つ科学知識ならば、私の技術を数値化し、量産することができるはずだ。私が松下君に引き継げるものは、空っぽの私の研究室しかないが受け取ってほしい。空っぽの中に私の研究のすべてがある。よろしく頼む』と書かれていました」


 ここまでの話を聞いた山科警部が、ひとつの疑問を松下に投げかけた。


「どうして・・なんで手紙なんだ?なぜ花城社長はそれを直接話そうとしなかった?」


 松下は躊躇なくその問いに答えた。


「その答えは手紙の最後に書かれていました。『どうやら私は命を狙われているようだ。狙っているのが井土なのか、他の誰かなのかはわからない。私の勘が外れていることを祈っているが、万一の場合に備えてこの手紙を書いた。もしこの手紙を読むときに私がこの世に居なければ、私の遺言だと思って上記の頼みを聞いてもらいたい』と」

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