【やってみた】心霊スポットで「幽霊が持っていたら嫌なもの選手権」を開催した男女の末路
すっかり日も沈んだ夜。
山奥の、そのまた山奥の廃病院に、一組の男女の姿があった。
「なぁ、リュウコ。やっぱり、『知る人ぞ知る心霊スポット百選』っていうのは、流石に胡散臭すぎたんじゃないか?」
大柄で厳つい図体をしている男、タイガが退屈そうにそう言った。
彼の隣では、彼の幼馴染である黒髪の乙女、リュウコがガックリと肩を落としている。
「そうかも……。壁に落書きどころか、まだ新しいチューハイの空き缶が落ちているなんて……」
「見てみろよ。ストロング系だぜ、これ」
「はぁ、こっちには、おつまみの袋まであるし……。こんなヤバそうなところで宴会するんじゃないわよ、全く……」
リュウコは、心霊スポットに残されたゴミの山を眺めて、心底うんざりした。
某検索エンジンで「本当に幽霊が出る 激ヤバ 死ぬかも ってか死ぬ」で検索した結果、一番上に出てきたサイト。
知る人ぞ知る心霊スポット百選。
もちろん、その胡散臭さは折り紙付きであった。
それでもオカルトが大好きなリュウコは、昔からガタイの良かったタイガを用心棒として引き連れ、そこに掲載されていた廃病院を一時間程ウロウロしてみた。それはもう期待に目を輝かせて。
しかし、そこで見つけられた物は、ただ野生のパーティピープルが生息していた痕跡だけであった。
「はぁー……。もう潮時かしら……」
「そうだな、そろそろ帰るか……」
結局幽霊を見つけることのできなかったリュウコは、大きな溜め息をつくと、タイガと共にトボトボと出口の方へ向かうことにした。
長い廊下の暗闇に懐中電灯の明かりが二つ、力なく揺れている。
「ねぇ、タイガ」
「なんだよ、リュウコ」
「暇だから『幽霊が持っていたら嫌なもの選手権』をしましょう」
「なんじゃそりゃ」
「読んで字の通り、幽霊が持っていたら嫌なものをタイガが一方的に挙げていくゲームよ」
「俺が一方的に……?」
「そう、タイガが一方的に」
「えぇ……」
「噂によると、これをすると幽霊に遭遇する確率が上がるらしいの」
「マジかよ……」
何、その超怖い選手権……。
と、傍若無人なリュウコの提案に、タイガは大いに困惑した。
ただ、「さぁ、早く。さぁさぁ」と、急かすリュウコの言葉を受けて、タイガは大人しく熟考し始めた。
「幽霊が持っていたら嫌なものねぇ……」
「タイガが思う、幽霊が持っていたら嫌なものって何かしら?」
「まぁ、それは……『比類なき強さ』だな!」
「えっ?」
リュウコは、比類なき強さを有するムキムキの幽霊を想像して、とても嫌な気持ちになった。
「……嫌ね。なんだかその幽霊、すごく武闘派な感じがするもの」
「あとは『機動力』だな!」
「待って。やっぱりタイガの想定している幽霊は武闘派タイプなの?」
「ははは、冗談だよ」
「なんだ、冗談なのね。びっくりしたわ」
「正直に言うと、幽霊が持っていたら嫌なのは……純粋に『足』かな」
「確かに幽霊に足があったら、人間と見分けがつかなくなるから嫌ね」
「いや、幽霊にローキックされたらショックがデカい気がするから」
「やっぱり武闘派じゃない! その幽霊!」
「怖いもの見たさ」というより、「一度幽霊と戦ってみたい」という熱い思いで、今回の心霊スポット散策についてきたタイガである。
もはや、その武勇は一角のものではなかった。
それこそ有事の際、シンクロニシティでうっかり強者と一堂に会してしまう程の猛の者であった。
「足以外はないの? 足以外は」
「あ~……。足以外だと、シンプルに『武器』を持っていたら嫌かもな」
「分かる。大きな鋏とか和包丁とか持っていたら嫌よね」
「うんうん。『グレネード』とかな」
「基本的に鋭利な刃物類は怖いわよね」
「『スナイパーライフル』とかな」
「ん?」
「それにサプレッサーが付いていたら余計に嫌だよな」
「いや、武器が特殊すぎか! 今度はまさかの後衛なの、その幽霊」
「あと『バイオ兵器』とかな」
「それは幽霊じゃなくても嫌よ」
「姿が見えない内に、気付いたらヤられているからな」
「そもそも幽霊は姿が見えないのが強みなんだから、そこは近接武器でいいでしょう」
先程の武闘派だった幽霊像から一転して、今度はしれっと後衛を担っているタイガの幽霊像である。
そんな一般人離れしたタイガの感覚に、リュウコはなんだか名状しがたい末恐ろしさを感じた。
「なぁ、リュウコ」
「何よ、タイガ」
「よくよく考えると、結局攻撃してくるから怖いわけじゃん、幽霊は」
「まぁ、そうよね」
「だったら、『陸海空、各種戦闘力』を持っていたら嫌かもな」
「えっ?」
「想像してみろよ、幽霊による圧倒的な殲滅力」
「もうガチじゃない、その幽霊。プロフェッショナルすぎるわよ、そんなの」
「幽霊だって、いつまでもアマチュアじゃいられないんだよ」
「今はもう、そう言う時代なの?」
「うん、そういう時代なの。世知辛いよな」
「世知辛いわね……」
リュウコとタイガは、勝手なことを言った後、勝手に幽霊に思いを馳せて、勝手にしんみりし始めた。
「ねぇ、タイガ。もっと穏やかなのはないの? もっとゆる~い感じの」
「そうだな……。ゆる~い感じで言うと……」
「ゆる~い感じで言うと?」
「『ちょっとした小噺』を持っていたら嫌かもな」
「ちょっとした小噺?」
「あぁ。実録、本当にあった恨めし~い話、みたいな」
「それはノンフィクションなの?」
「そう、ノンフィクション。幽霊に捕まったら耳元でそれをネチネチ聞かされるの、延々と」
「それは地味に面倒臭そうで嫌ね……。幽霊だけは、絶対に小噺を持たないで欲しい。絶対によ」
メンタル面を攻めてくる幽霊は、幽霊らしいといえば幽霊らしかったが、その方法が独特すぎて、リュウコは違う意味でゾッとした。
そんな恐怖回答を思いついたタイガは、なおも「幽霊が持っていたら嫌なもの」を考えている様子。
「他には……、『敬い尊ぶ心』を持っていたら嫌かな」
「敬い尊ぶ心? 幽霊が誰を敬い尊ぶっていうのよ?」
「それは、まぁ……。分からないけど、神様とか?」
「いや、それなら速やかに成仏してもらっていいかしら」
「いやいや、幽霊だってね、神様を敬い尊ぶ心と、断ち切れない現世の未練との間で葛藤があるわけよ。大いなる葛藤が」
「突然人間臭さが半端ないわね。何、その急に香り立つ人間臭さは」
「人間臭さでいったら、幽霊が『基本的人権』を持っていたら嫌かもな」
「足もあって、基本的人権も持っていたら、それはもういよいよ人間よ」
「そう、仮に幽霊に襲われたとしても法で裁くしかない。この国は法治国家だからな」
「幽霊相手に雇われる弁護士が一番気の毒よ」
絶妙に盛り上がらない暇つぶしを楽しみながら、歩みを進める二人。
廃病院の出口が近づくにつれて、二人は山の湿った空気を色濃く感じられるようになった。
辺りは静かで、二人の話し声と緩慢な足音だけが響いていた。
「今までのは、ちょっとリアルすぎたかもしれないわね」
「そうだな。ちょっとリアルすぎたな」
「今度はリアルすぎない、もっとふわっとした幽霊の話をしましょう」
「ふわっとした幽霊か……。それなら俺、『大きなおっぱい』を持つ幽霊は嫌だなぁ」
「何よ、それ? まんじゅうこわい、みたいな話?」
「いや、俺って大きなおっぱい大好きじゃん?」
「知らないわよ」
「自他共に認める巨乳好きじゃん?」
「だから知らないわよ」
「幽霊とエンカウントして、その幽霊が巨乳だった場合、俺は目を奪われて確実に逃げ遅れることになるわけじゃん?」
「だったらその両目を潰すしかないんじゃない?」
「いや、ツッコミが辛辣すぎて笑う」
いとささやかなる胸を有するリュウコは、幼馴染の性癖にイラっときたのだった。
この込み上げる気持ちが怒りじゃないなら、何が怒りか分からない程。怒りを込めて花束を。
そして、比較的慎ましやかな胸に不思議と湧いてくるその思いを、心の中で「お前は貧乳好きであれ!」という怒号に乗せて発散した後、リュウコは筆舌に尽くしがたい虚無感を得た。
「どうした、リュウコ。機嫌が悪くなってないか?」
「なってないわよ」
「いいや、これは絶対に悪いな。俺たちはどれだけ長い付き合いだと思っているんだ」
「ふんっ」
「おい、どうした。機嫌直せって」
「ほっといて」
「今度は逆に『幽霊が持っていたら嬉しいもの選手権』を開催してやるからさ」
「……一応、聞いてあげる」
「ははは! いいだろう! それはもう言うまでもなく、大きな……」
「大きなおっぱい以外で!」
幼い頃からの腐れ縁である二人は、なんだかんだお互いのことが分かる間柄であった。
手札の中から、唯一の切り札であった「大きなおっぱい」のカードを封殺されてしまったタイガは、急いで別の案を考え始めた。
「むむむ……。それなら『膨大な経験値』だな!」
「急にファンタジーね」
「ちゃんとふわっとしているだろう? そうだな、あとは『貴重なドロップアイテム』!」
「それもいい感じにファンタジーね」
「だろ? まぁ、どっちも俺が幽霊に勝つ前提の話だけどな!」
「他にはないの?」
「他には!? ええ……っと、『ストーリーの進行上、重要な役割』を持つ幽霊……?」
「そこまでいくと、もうよく分からないわね。それはファンタジーなのかしら?」
「じゃあ、『顔が可愛くて、何があっても俺の肩』を持つ幽霊!」
「それは完全にファンタジーね」
「酷いっ! 夢くらい見させてくれよ!」
あまりに欲望に忠実すぎたため、現実味のないものとして軽く一蹴されてしまうタイガの願望である。
すると、そのとき――
「ん? どうしたんだ、リュウコ。急に俺の肩なんて触って」
「はぁ? タイガの肩? 私、触ってないわよ」
「えっ?」
「えっ?」
おそるおそるタイガとリュウコが振り返る。
「聞いて……。私の本当にあった恨めしい話……聞いて……」
そこには、「大きなおっぱい」を有した、「顔が可愛くて、何があってもタイガの肩」を持とうとする(物理的に)女幽霊が立っていた。
「ちょっとした小噺」を披露したがっている彼女は、よく見ると、それはそれは見事な直立「二足」歩行であった。
「リュリュリュ、リュウコッ! ににに、逃げるぞっ!」
「ちょちょちょ、ちょっと!?」
戦闘に関して勘の鋭いタイガは、一見するだけで相対する女幽霊が「比類なき強さ」と「機動力」を誇る兵であることを察したので、リュウコを争いに巻き込むまいと、彼女にお姫様抱っこを極め込んだ。
「どっ、どうしよう、タイガ! あの幽霊、よく見えないけど手に『武器』のようなものを持っているわ!」
「安心しろ、リュウコ。何があっても、俺が守ってやるからな」
「えっ?」
「リュウコには、この俺が指一本触れさせない! 絶対にだ!」
「ええええっ?」
すぐそこにはタイガの凛々しい横顔。
普段見せない幼馴染の頼もしい姿を見て、彼の腕の中で思わず赤面してしまうリュウコ。
このとき、まだ二人は知らなかった。
目の前にいる爆乳武闘派の女幽霊が、二人のラブ「ストーリーの進行上、重要な役割」を持つ存在であるとは。
今宵が二人の生の末路か。
否、タイガとリュウコの恋路は、たった今始まったばかりである。
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました。
お楽しみいただけたでしょうか?
気に入っていただけていたら嬉しく存じます。