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夢のきっかけになった物語の世界へ、出入り出来る鍵。




 私は物語を描く者になりたい。

 そんな夢を持ったのは、案外早かった。

 とある物語と出会えたことが、きっかけだ。

 国民的な人気漫画。私はその世界観や登場人物に強く惹かれた。心を躍らせ、涙しては、笑った物語。

 物語で、こんなにも心が動かせられるのか。

 私も誰かの心を動かすほどの物語を描いてみたい。それが、夢となった。


 けれども、ある日。

 私はこよなく愛した人気漫画の世界に、入れる鍵を手に入れてしまった。


 それはちょっと小腹が空いて、買いに行こうとした道の途中。いつもボタンを押して渡る信号機の下、青信号を待っていれば、白いものが飛び出したのを見た。

 猫だか、犬だか、区別がつかないほど、もふっと真っ白な毛に覆われた小さな生き物。

 ブーッ、と迫り来るトラックがクラックションを鳴らした途端、身体が動いた。

 白の小さな生き物を助けるために。

 コンクリートを蹴り、小さな生き物を抱き上げた。その瞬間に、これで死んだら異世界転生や転移をするのかもしれない。なんて、思っちゃった。その手の物語も、たくさん読んでしまった影響だろうか。

 しかし、間一髪とやらだ。

 生き物を抱いた私を、トラックは横切って通り過ぎていった。

 死ぬかと思った焦りで暴れる心臓を胸の上から撫でる。

 生き物は私の腕から飛び降りると、スタスタと足早に去っていってしまった。

 お礼は期待してもしょうがない。

 誰も怪我しないでよかった、と私は予定通りに小腹を満たすものを買って、家に帰った。

 高校卒業後、私は一応作家になれたのだが、自立するほどの稼ぎにはなれないので、親に頼って生活している。両親と同居中ではあるが、ちゃんと自分の部屋はあるのだ。仕事部屋とも呼べるそこで、小腹を満たそうと入ったら、驚くことになる。

 先程、助けた白い生き物がいたのだ。

 部屋の中心に置いたこたつテーブルの上に、お座りして私を出迎えた。

 頭の上にある耳は三角形。黒い鼻と口元はやや突き出ているが、それが猫のものなのか犬のものなのかはイマイチわからない。尻尾はボリューミーで、先っぽが細かった。

 真っ白な毛に覆われたその生き物の瞳は、青い。

 よくよく見ると、その生き物の足元には、鍵があった。古びた宝箱の鍵のような、丸い穴の空いた黒い鍵。


 ーーお礼を言いに来た。


 少年のような声を聞く。


 ーー助けてくれて、ありがとう。

 ーーボクは九尾の狐。

 ーーこの鍵は、お礼だよ。君の愛する物語の中へ行ける鍵だ。


 なるほど、猫でも犬でもない。狐だったのか。

 なんて、そんな納得をした。

 でも九尾じゃないな、なんて思っていれば、ポッと尻尾が増える。一振りすると、また一つ、ポッと増えた。

 変幻自在の狐か。

 あっという間に、小さな狐の尻尾は九尾になった。

 深呼吸をして、冷静に受け止める。

 目にしたものは、現実だもの。

 私はこたつテーブルの前に膝をついた。


「お礼をありがとう……。でも、愛する物語の中って、どういう意味?」


 私はわからないことから、尋ねてみる。

 九尾の狐は、頷くだけ。

 まるで使って確かめろ、と言っているようだった。

 私は手を伸ばして、鍵を持つ。想像より軽い。


「まさか、どこの鍵穴にさしても使える代物?」


 なんて冗談めいて言ってみたけど、九尾の狐は青い瞳をゆっくり閉じて、まるで肯定をした。

 鍵穴にさすだけで、どこかに行ける!

 魔法の鍵!

 一体、どこに行けるのだろうか?

 疑問に思いつつも、過っていたのはあの物語だ。


「よし、じゃあ使ってみる!」


 私の部屋のドアには、鍵穴はないので、玄関まで歩いていく。

 九尾の狐も、ついてきた。というか、私の肩に飛び乗った。意外と軽い。

 胸の高鳴りを覚えながら、私は玄関外のドアの鍵穴に、黒い鍵を差し込んだ。あっさり入った鍵を回して、ドアを開く。

 強い力に引き寄せられるように、青に飛び込む形になった。

 ブクブクと泡立つ音と冷たさに包まれる。

 目を開けていられなくて、ただ瞑っていた。

 きっとここは、海の中だ。

 潮味を感じた口は、早々に閉じた。

 息が出来ない中、光を感じる方へもがく。

 やがて、海面を破り、息を大きく吸った。

 真っ青な空。盛り上がった真っ白な雲。眩むような眩しい太陽。

 鍵を握り締めたままの手を、誰かが掴んだ。

 その手に、引き上げてもらった。

 ゲホッ、とむせながらも、周囲を見る。

 どうやら、釣り場に引き上げてもらったみたいだ。桟橋の上。

 座り込んだ私は、顔に貼り付く髪が水色になっていることに気付く。

 黒髪が、水色の髪に!?


「お前……」


 引き上げてくれたであろう男性の声に、顔を上げる。

 目の前にいたのは、真っ黒な瞳と漆黒の髪を持つ男性というより、まだ幼さを持つ少年だった。

 まじまじと私を見つめる彼はーー私が愛する人気漫画の主人公に酷似している。

 その声は、アニメの声優さんのものとそっくり。

 格好は着崩した黒のスーツ姿で、コスプレみたい。

 いや、でも、まさか。

 まだ手の中にある鍵は、私の愛する物語の中に行けるものだと聞いた。

 だから、つまり、私の目の前にいるのはーー……。


 本物の主人公!!?

 ここは、人気漫画の世界!?


 驚愕で固まってしまう私に、主人公は言葉を続けた。


「ロメリー?」

「えっ」


 主人公が口にしたのは、私がよく知る名前だった。私が書いた物語のヒロインの名前だ。お気に入りだったりする。自己投影しすぎじゃないかってくらい、自分に似たヒロインにあげた名前。


「ロメリーだろ!? 久しぶりだな!!」


 がばっ、と抱きつかれた。

 主人公に、抱きつかれたことに、びっくりしてしまう。

 濡れた感触に引き続き、この接触は現実で間違いないようだ。


「なんだ!? オレを忘れちまったのか? 寂しいじゃねーか!」


 陽気な主人公はすぐに私を離すと、バシバシと肩を叩いてきた。彼らしい笑顔は、懐かしい友人に会えた嬉しさでいっぱいだ。


「なになに?」


 ひょっこり、と主人公の腕の下から出てきたのは、顔の大きな蝙蝠だった。

 主人公の相棒でマスコットキャラ!

 視線の先は、私のそばにいた九尾の狐だ。


「その白い狐が言うには、彼女はロメリー。記憶がアイマイらしい」


 蝙蝠は、そう通訳した。


「やっぱりロメリーだ! この匂いは、ロメリーだもんな!」


 スン、と顔を近付けて、匂いを嗅ぐ主人公。


「記憶がアイマイってつまりは記憶喪失じゃないのか?」

「それでもロメリーはロメリー! オレ、ずっと会うの楽しみにしてたんだ! オレの仲間になってくれよ!」


 主人公は、そう頼んできた。

 憧れの主人公に、仲間に誘われた!

 私の視界は、キラキラと瞬くように見えた。


「記憶喪失だから、お前のこともわからないんじゃないか? 自己紹介からしてやれよ」

「あ、そうだな」


 蝙蝠がアドバイスをすると、主人公は受け入れる。


「オレはオリヴァー! ヴァンパイアだ! いつか自分の家賊かぞくを作って、最強の魔王になる男だ!!!」


 ドーン、と胸を張るのも、彼らしい。

 ニカッと笑いかけると、牙があった。

 そう、主人公は魔物の分類に入るヴァンパイア。名前は、オリヴァー。

 最強の魔物の王を目指す少年だ。

 なんだろう。不思議なものだ。

 ヴァンパイアという魔物なのに、彼はいつも太陽のように明るく笑い、輝いた存在。彼の仲間になってみたいと願う読者は、一体何万人いるだろうか。私も、その一人だ。

 何度か思い浮かべていた。


「ロメリー。家賊になってくれ!」


 惹きつける笑顔で、手を差し伸べる彼に、私は頷く。


「うん。……うん。……うん!」


 鍵を握り締めて、その手を掴んだ。

 冷たくはない。同じくらいの体温の手は、大きかった。


「よし、じゃあまず乾かさないとだな。まぁ、ヴァンパイアだから風邪引かないか」

「え? 誰がヴァンパイア?」

「誰ってお前しかいないだろ、ロメリー。自分がヴァンパイアだってことも忘れたのか?」


 手を引かれて歩く中、私は絶叫したい気持ちを抑え込んだ。

 振り返れば、短い足でテクテクついてくる九尾の狐。

 自分もヴァンパイアになるとは聞いてないだけどー!!?




 物語を描く人になりたかった私は。

 こうして、その夢のきっかけになった物語の世界へ、出入り出来る鍵を手に入れたのだった。




end




一二時間で書き上げたので、誤字脱字が多いかもしれません……

昨夜思い付いた話に吸血鬼ヴァンパイア要素を入れたらいいんじゃないかと思ったら、衝動的に書いてしまいました!

いつか連載版、書きたいですね!


ハッピーハロウィン!

20201031

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― 新着の感想 ―
[一言] 素敵な短編小説をありがとうございます、感謝。
[良い点] 自分の好きな物語に行けるなんて素敵ですね! でもまさか自分もヴァンパイアになっちゃうとは。 後、九尾のキツネも可愛いですね。
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