グリフォンの餌付け
王都を出て6日。聖国の国境を超えて1日となる。俺たちは真北に伸びる街道を走っていた。
ーーん?
肌の表面を微弱な電気で撫でるような感覚を感じる。
ーー殺気!?
突如、獣車が急停車して中の俺たちは前方に押しつけられる。
「何事です!?」
体勢を立て直したリサ副団長が声を上げた。
「副団長!敵襲です!」
怪駿馬を引く男が叫ぶ声は震えていた。精鋭の近衛騎士団をも恐れる存在だということが伺える。
俺は獣車から飛び降りて気配のする前方に意識を向けた。
空から翼を生やした獅子が急降下してくるのが見える。
「鷲獅子だ。全員森の中へ走れ!」
俺の声で勅使小隊は蜘蛛の子を散らすように街道から横の森の中へと走る。
俺はストレージから一本の投げナイフを取り出し、怪駿馬に目掛けて投げる。
「ヒヒーーンッ!!」
投げナイフが刺さった怪駿馬が驚きと威嚇の声を上げた。
その直後、街道に残された怪駿馬が、鷲獅子の鉤爪で捉えられ、空へと持ち上げられた。
ガシャーン…
「ギエエエエ!!」
空から地面に叩きつけられた馬車はバラバラに壊れ、怪駿馬が悲鳴を上げて絶命した。
ーーこれが本当の他界他界…。
「グリフォン…⁈神話の生物ですか…。流石異世界ですね」
海崎が身を潜めながら静かに言う。
「ああ。神獣だ…。暫定レベルは120以上あるから気をつけろ」
「120?レベル上限は100では?」
「人類のレベル上限はな。神獣やレイドボスは例外。100以上は普通だ」
つまり、鷲獅子の討伐推奨はレベル100で2人がかりのパーテイーで臨め、ということだ。
「なるほど…」
「しかし、幸運でした。鷲獅子が人を襲う習性はありません。腹を満たせば去るでしょう。怪駿馬は惜しいですが命拾いしました」
リサ副団長は犠牲となった怪駿馬への黙祷を捧げた。その言葉と姿に、俺はこの世界での鷲獅子という存在の在り方を理解した。
「まぁ野良犬だろうが鷲獅子だろうが、人様のものに手をつけたらどうなるかぐらいは躾けないとな」
しばらくして、俺は立ち上がって街道に出る。
「え…あの…レイ殿何を…」
言葉を詰まらせながらリサ副団長は俺の行動の意味を問う。
「躾だよ躾」
鷲獅子は怪駿馬の骨と皮だけ残して満足そうにゲップする。
「よぉ。美味かったか?」
「クルァ?」
俺が近づいていることに気付いた鷲獅子はこちらに目線だけを向け、興味ないというように翼を広げ飛ぼうとする。
「おいおい、食い逃げかよっ」
ダッ…。
「レ、レイ殿?」
一瞬で鷲獅子までの間合いを詰めたことに気づいたリサ副団長は、僅かに遅れて声を荒げた。
「お前が食っちまったせいで、俺たちはこれから歩きだ。飯代分ぐらい働けよ?」
怪駿馬は喰われ、近衛兵が乗っていた数匹の馬は逃げ出してしまった。
俺は骨と皮の残骸となった怪駿馬を指差しながら訴える。
俺の目線より少し高い鷲獅子の目が俺と合う。
言葉は理解できなくとも、知能は高い。俺がこの状況で何に怒っているかは理解できるだろう。
「キュェッ!!」
ーーおっと…。
俺の目の前に鋭い爪のついた前脚が振り下ろされた。
「零さん!」
「レイ殿⁉︎」
「勇者様!」
俺を心配する声が聞こえる。
「別に争う気はなかったのに…」
こいつも怪駿馬を喰うことはただの食事のためだ。悪気があったわけじゃない。だからそれを罪状に痛めつける気はなかったのだが…。
バシュッーー
海崎から放たれた矢が鷲獅子の頭を目掛けて一直線に飛来する。
ヒュゥゥ…
「届かない…!?」
「あー…鷲獅子には〈風神の加護〉があるからな。遠距離武器は相性最悪だよ…おっと」
「そうでしたか…」
俺は爪から放たれる〈真空斬〉を躱しながら説明する。
「レイ殿!勇者様でも鷲獅子相手には無茶です!相手が本気になる前に離れてください!」
「まぁ、確かに分が悪いのは事実だが、まぁ見てろって」
ーーぶっちゃけ、ゲームエンジンを使えばいくらでも狩りようはある。だが、あまりこちらの手札を近衛兵らに見せたくはないし、馬を食われたからと言って、悪気もない鷲獅子を殺す気もない。
ーーそれに…。ゲームエンジンなんて使わなくてもーー。
「クッ…クル…クルルエ…!?」
鷲獅子の動きが突然鈍る。
「お、もう効いたか」
「レイ殿…。何を…」
俺は怪駿馬の首に付いていた”従魔の首輪”の血を洗って、ピクピクと痙攣しながら地面に蹲る鷲獅子の首に回す。
「ただの麻痺毒だ。鷲獅子の対毒性は低いからな」
「は、初耳ですよ!?」
リサ副団長が驚きの声を上げる。
「まぁ、〈風神の加護〉があって毒矢は当たらないし、硬皮で刃も通らないしな。普通に戦闘しても分からないのは無理ない」
「で、ではどうやって…。レイ殿は一度も鷲獅子に攻撃など…」
「いや、俺はしてないぞ?こいつが喰った怪駿馬に麻痺薬を投与したからな。間接的に摂取したせいでもろに体内から麻痺ってる」
「い…いつの間に…」
「さっきな」
「流石勇者様ですね…。襲撃された瞬間には先手を打っているとは…」
「麻痺薬は攻撃判定にならず、しかも間接接種だから防御値貫通。魔物でなく生物個体の鷲獅子なら神経毒は有効だ。覚えておくといいぞ。まぁ、抗体再生早すぎて二度同じ手は使えないが…」
「な、なるほど…。いやしかし、異邦の勇者様がなぜ鷲獅子の弱点を⁉︎」
ーーそりゃ、SLIGerなら誰でも知ってるよ。
俺は鷲獅子の首に”従魔の首輪”を巻き終える。
「怪駿馬を操っていた者は?」
「わ、私です」
「使役系のスキルを持ってるな?」
「はい。調教師です」
使役系スキルの中には、使役する対象に語りかけることが出来る。”従魔の首輪”が付いていれば神獣ともある程度の意思疎通はできるはずだ。
「じゃ、こいつに聖都までの馬役をやるように命じてくれ」
「あ、相手は鷲獅子ですよ!?そんな命令は…」
”従魔の首輪”は強制的に従わせる力はない。あくまで意思疎通の道具だ。グリフォンをこき使おうなんてことはこの世界では常識外れなのだろう。
「早くしないと麻痺が解けて動き出すぞ?ダメ元でいい」
「くっ…。わ、分かりました」
男は鷲獅子の前に震える気を抑えて立つ。自分が失敗すれば皆殺しにされる未来でも見えているのだろうか。
ーーまぁ、この鷲獅子が暴れるなら、俺が討伐するまでだが…。
「伝えてくれ。「気高き神獣よ。お前は我々の移動手段である貴重な怪駿馬を喰った。そのことについては不問とする。だが、お前は腹を満たすという利益を得て、一方俺たちは不利益を被った」」
男は恐る恐る鷲獅子の首に掛けられた”従魔の首輪”に触れて思念を送っている。
「故に、お前は俺たちの損害の補填を行う責任がある。つまるところ、聖都まで俺たちを運ぶことを要求する。もし断れば…」
「っ!?」
「…容赦はしない」
俺の殺気を背中で感じた兵士達が息を飲んだ。
しばらくして鷲獅子から手を離した兵士が安堵の表情を見せる。
「応じたようです。それからどうやら我々に危害を加えるつもりは無かった様です」
ーーだろうな。
鷲獅子の攻撃にも殺気は感じられなかった。目障りな虫を追い払う感じだったのだろう。
知能の高い鷲獅子が、進んで面倒ごとになる人間相手に争いを仕掛けることはない。だが、あまりに人間側が“触らぬ神に祟りなし”ということで家畜や馬を喰われても、声も上げず黙っていたせいで、いつしか傲慢になっていたというところだろう。
向こうの世界でも、野生生物との距離感を誤った害獣被害はある。適度な距離感を保つのには、時には刃を立ることも必要なのだ。
鷲獅子がとりあえず安全だということが分かり、兵士らが森から出る。
勅使を入れて12人。鷲獅子のせいで予備の怪駿馬も近衛兵達が乗っていた馬も皆逃げてしまった。ここから歩くしかなかったが、鷲獅子の背に二人は乗れるだろう。それなら…
「じゃ、鷲獅子に勅使と調教師が、乗って、リサ副団長と、海崎は俺が運ぶから先に聖都に行く。残りは近くの街で馬と馬車を用意して後から来るというのが無難だな」
俺の自称飛翔スキルのことはリサ副団長をはじめ近衛兵も知っているはずだ。本当はこれで全員飛んで運ぶことはできるが、そんなことをすれば”飛翔スキル”と言い張るのにも無理がある。二人連れて飛ぶのももう色々言い訳が苦しいが、既にリュートと綾小路令嬢を連れて飛んでる姿は見られているし今更だ。
「そうですね…。全員で歩いて最寄りの街まで行くとなると到着予定には遅れます。勅使様、どうされますか…?」
「はい…。先方の都合もあり遅れることは避けたいのが本音です。少し危険ですが二手に別れましょう」
「危険?勇者が二人ついてんだぞ?危険なんてないだろ」
俺は勅使の不安を拭おうと大きく出る。護衛の近衛兵団と離れるのは不安なのは分かるが、勇者が二人も付いていればそこはもう王城よりも守りは硬い。
「いえ…。野性の鷲獅子に乗るなんて真似は史上初だと思いますので…」
「あ、そっち…。まぁ大丈夫だろ」
鷲獅子が牙を向けば俺が責任を持って武具の素材にするので大丈夫だよ…とは言えない。そりゃ人智を超えた神獣に乗って空の旅ともなれば不安も拭えないだろう。
リサ副団長は調教師の近衛兵に何度も安全なのか、大丈夫なのかと問いただし、鷲獅子に危険がないことを入念に確かめた後、俺の案が採用された。
「では副団長。我々は急ぎ引き返し、街で馬を揃えて合流します」
近衛兵が俺たちに手を振る。
「はい。よろしくお願いします」
先に鷲獅子の上に勅使と調教師が跨がり、空へと上がった。
「じゃ、俺たちも行くか」
「「?」」
俺の差し出した手に海崎とリサ副団長は首を傾げる。
「あー…。安全のために俺から離れないように手を繋いでいただきたいのですが…」
ーーいやなんで敬語になってるんだ…俺は。
「そういうことでしたか。では」
「よろしくお願いします」
〈ゲームエンジン〉を起動して鷲獅子の後を追うように空へと落ちていった。
……
……
「これは凄い…。飛翔スキルを実際に体験したのは初めてです。習得条件や魔力消費量が気になりますっ。是非教えて下さい。あ、習得条件もですっ!」
飛行初体験のリサ副団長は興奮気味に早口で聞く。そう言えば、この人は魔法関連については結構なオタク気質だったことを思い出す。近衛兵団の副団長だが、宮廷魔法師でもあるんだった。
「さ、さぁ…。俺も知らないうちに習得してたし…」
適当に誤魔化しながら数時間。俺たちは聖都に到着した。
聖都は周りを水で囲まれた神秘的な街だ。精霊信仰の聖地でもある。
俺達は聖都にかかる橋の前に降り立った。
またこの近くで鷲獅子に家畜が襲われてもなんだなと思い、俺はストレージにあった肉料理を沢山取り出す。
「ご苦労だったな。これは礼だ。もう自由にして良いぞ」
俺は鷲獅子の前に肉を並べる。
「グルェ!!」
ガツガツと頬張る鷲獅子を傍目に、聖都を見る。SLIGでも人気の観光スポットだったが、まさに幻想郷だ。ファンタジー的な水の都に目を奪われる。
「グルル!グルエ!グルルル!!」
「なんだ?」
空に向かって喉を鳴らす鷲獅子が皆の注意を引きつける。
「これは喜びを表しています。えっとなになに…」
調教師は”従魔の首輪”に触れて感情を読み取る。
「食事が美味しかったようで満足しているようです」
「宮廷料理長の作りたて料理だからな。まぁ満足したならいい。これからは人間様のものを横取るなとしっかり伝えておいてくれ」
「か、かしこまりました」
調教師が伝言し、鷲獅子から”従魔の首輪”を外そうとしている。
……
「ん?どうした?」
”従魔の首輪”を外すのに手こずっている。
「それが、外されることを嫌がっている様で…」
「なんだそれ」
「どうやら先ほどの食事が気に入った様で、我々と一緒にいればまたもらえるのではないかと学習してしまったのではないかと…」
「なるほどなぁ」
俺は一瞬考えて妙案を思いつく。
「よし。じゃあ俺たち勇者の言うことを聞いて大人しく付いてくるなら三食提供することを約束しよう」
「しょ、正気ですか!?もし逆鱗に触れでもしたら…」
「まぁ大丈夫だろ。伝えてくれ」
「わ…分かりました」
こうして、餌付けされた鷲獅子がお供に加わった。
「…ということで鷲獅子が仲間になりました」
勅使に事後報告する。
「こ、これから聖都に入るというのに先方になんと説明する気ですか!?」
勅使は目頭を摘んで悩む。お役人さんは大変だ。
「勇者の使い魔ってことでいいでしょ」
「神獣を使い魔にするなんて聞いたことありませんよ!?」
ーーSLIGでは稀におったけどなぁ…。神獣テイマー。
「まぁ、大丈夫だろ。事実こうして大人しくしている訳だし」
「勇者様はかの鷲獅子と使い魔契約が結べるのですか?」
リサ副団長は目を輝かせながらこちらを見た。
「残念、高位契約スキルは持ち合わせてないな…」
ーーそもそも俺のクラスレベルは現在3。習得要件すら満たせていない。
「つ、つまり、この鷲獅子とは使い魔契約も結ばずに同行させると言うのですか!?」
リサ副団長は目を見開いて正気かと問う様に俺の方を見る。
「聖国内で使い魔と偽っていた魔獣が暴れ出しでもしたら…。国際問題になりますよ!?どうするんですか!?」
流石に他国にこんな爆弾要因を連れて訪問なんてことは勅使としても頷けないようだ。
「その時は、「だから有事には軍は必要だよね」って言えばいいんじゃね?実践的証明になるじゃん。論より証拠的な」
「零さん鬼畜過ぎます」
「冗談だって…」
ーー最悪暴れたら俺が責任持って処分するから。
「しかし、鷲獅子が協力してくれれば王国軍として心強いことには変わりありません。もし本当に協力関係が結べるなら…」
リサ副団長も得られる恩恵の大きさに悩む。
「そ、それは一理ありますね。…分かりました。勇者の使い魔ということで話を通しましょう。リサ副団長もそれでお願いします」
「承知しました」
腹に爆弾を抱えた聖国訪問が始まることとなった。




