内通者の尻尾
「よっ。二週間ぶりだな。追跡ご苦労」
俺は日没前の影が長く伸びる時間帯に、王都の南城門で密偵部隊のセトとシフに合流する。
迷宮都市ウィッテルンから王都までの道のりを、道化団の後を追って追跡してもらっていた。軽く報告を聞きつつ監視対象が王都に来るまでの数時間を待つ。
「連日任務ですまなかったな。しばらくは俺が引き継ぐから休息を取ってくれ」
「大丈夫っすよ。自分ら尾行しただけっすから」
「いやいや、それでも十分助かってる。それに、お前達の仲間がもう数日で王都を離れるからな。挨拶しに行った方がいいだろ」
「あー、もうそんな日っすか…」
「分かった。さよなら、言って、くる」
シフと一緒にドークリーバー伯爵から救出された夜豹族は、これまで離宮での仮住まいをしていたが、伯爵から没収された現王家直轄領になっている土地に国王が彼らの家を用意した。
もう数日で離宮を離れることになっている。そうなれば、しばらくは会うことも出来ないだろう。
ーーいやぁ、それにしても「労働基準法?なにそれ美味しいの」状態で彼女らを酷使しているからなぁ。
夜豹族を使って真っ黒営業の大和商会会長…。これが本当のクロネコヤマt…
ーーおっと、誰か来たようだ。
俺はくだらない冗談はやめて、城門から入ってくる道化団の馬車を視界に収める。
ーーさて。化けの皮を剥ぐとしよう。
〈ゲームエンジン〉で自身に透明化のエフェクトを付与してすぐ後ろを追った。
居住区の中央に近いエリアでは、基本的には身分の高い者が多い。
ドークリーバー伯爵の屋敷よりも立派な屋敷の門を道化団の一団は入っていく。
ーー大物だな…これは。
馬車から倉庫へと荷物が運ばれる。その中に鳩の籠もあった。
敷地の中に鳩小屋があり、そこに二十羽以上の鳩が移される。
ーー黒確定。あとはこの屋敷の主人を把握すれば内通者の特定は完了か。案外簡単だったな。
俺は道化団長のブラウンを探す。
ーーんっ…?
俺は無意識に上を見上げた。
ーーなんだカラスか…。
上空で烏が飛んでいる。俺は再びブラウンを探そうと一歩踏み出そうとして止まる。
ーーいや待て。
カラスは日没後1luxを過ぎたら基本は飛ばない。月光も薄い今晩、単独で飛ぶのには違和感がある。それに、この屋敷の上を観察するかのように旋回しているのは偶然だろうか…。
ーー使い魔か?だとしたら誰が…。魔族との内通者を監視する存在がいるというのか?少なくとも、この屋敷を見張るだけの理由がある者が寄越した使い魔だ。
俺はすぐに調査の優先順位を変更し、闇夜を飛ぶカラスへと標的を切り替えた。
屋敷の屋根に上り、カラスがこの後どこに戻るかを観察している。
ーー消えたっ!?
突然カラスは姿を消し、空から一枚の紙が小さな炎を揺らめかせて灰となって消えた。
ーー霊符術の式神か。
視覚共有ができる式神の有効範囲は術者から500m圏内。王都に王国軍よりも事情に精通している存在がいると考えるのが自然か…。だとしたらなんとしても接触したい…。
俺はなにもなくなった真っ暗な空を見上げながら考えた。
しばらくして、予定通り屋敷の中に入って道化団長のブラウンを探す。
ーー
ーー
ーー
「だから、俺たちゃそこまでは首は突っ込ませんぜ…」
扉の向こうからブラウンの声が聞こえる。当たりのようだ。流石に扉を開ける訳にもいかず、俺は壁越しに中の様子を探る。
「そうか。まぁそれは致し方のないことだ。しかし、ドークリーバー伯爵はもう少し利用できると思ったが、所詮は俗物だったか」
別の男の声が聞こえる。相手はこの屋敷の主人だろう。
「俺としちゃ、あんな奴は死んで当然ってもんですがね」
「はっはっは。まぁそうであるな。勇者の暗殺を企て失敗。自業自得に他ならん」
「オスカー公は勇者の暗殺には反対の立場でしたな。まぁ分からんでもないですがね」
「うむ…。大義のための犠牲はやむなしとする決断には理解は示しておるが、貴重な勇者だ。賛同はせん。そういうお主はどうなんだ?」
「俺ぁはただの道化ですぜ?道化は道化らしく踊るだけですぜ」
オスカー公…というのが話し相手か。後で調べるとしよう。
勇者の暗殺とドークリーバー伯爵の話題が出ている時点で向こう側の人間なのは間違いない。
「それで、お主はこの後どこに向かう?」
「そいつは内緒ってもんですぜ」
「そうだな。だが気を付けろ。”カラス”が動いているという話だ。くれぐれも…」
「分かってますぜ。ちゃんと道化は道化らしく演じますがな」
「そうか。ではお主らの余興も楽しみにすることにしよう」
椅子が動いて二人が立ち上がるのを察する。俺は扉から離れた。
ガチャッ…
扉が開いて出てきたのは、道化団長と50代の貴族。いつぞやの宮中パーティーで見た記憶がある。
俺はスマホを取り出し二人の中年のツーショットを撮る。
ーー俺のライブラリーに、どんどんと汚い絵面が溜まってく…。
そんなことを思いながら、屋敷での情報収集を続けた。
密会をしていた執務室に入り、部屋の中を漁る。
ーー何もないな…。
決裁書の紙の束や本棚。特に怪しいものはない。
本棚に仕掛けがありそうもないし、不正の証拠や隠された計画書なんてある訳もない。
至って普通の執務室のようだ。
ーーん?
本棚に納められた一冊の表紙が他の本より痛んでいる。よく手にするのだろう。
「『機械仕掛けの神』…?」
俺は適当にパラパラと捲って内容を見る。
ーー御伽噺や神話のようなものか。特段注意すべき内容が書かれている訳でも、何か挟まっている訳でもない。
俺は本を戻して部屋を後にした。
夜が更けて城に戻る。
「おかえりなさいませ」
「ああ、セバス。丁度いいところに…」
俺は執事のセバスを引き連れて食堂に向かう。
遅い夕食を食べながら、セバスに尋ねる。
「ロングリッド公ってどんな奴だ?」
「ロングリッド伯爵閣下でいらっしゃいますか…。あの方はーー」
……
……
「バーモンド公は?」
「バーモンド公爵はーー……」
……
……
俺はどうでもいいパーティーで知り合った貴族の名前を上げる。もちろんこんな奴らはどうでもいい。
「じゃ、次だ。オスカー公は?」
本命のオスカーを探っているのを悟られないためのカモフラージュ。どうせ俺が王国貴族についてセバスに尋ねたことは、国王の耳にも入る。用心に越したことはない。
「オスカー宮中伯は、領地を持たない宮中貴族でございます。主に聖国との外交を一任されております」
ーー妖精聖国ケルリアか。
アストリア王国の北西にあり国境を接していたはずだ。
「レイ様は王国貴族にご興味をお示しですか?」
「いや。この前のパーティーで挨拶をしたものでな」
「…そうでございましたか」
ーーこれ以上の詮索はリスキーか。後は自分で調べるとしよう。
最低限の情報は仕入れた。
つまり、この国の外務大臣クラスも魔族に内通しているということだ。こうなってくると、妖精聖国も絡んでいると考えた方がいいのか?それは流石に考えすぎか…。
ーーカラスの件もあるし、情報不足が過ぎる…。
俺はセバスを下がらせ、頭を抱えながら静かな夕飯をとった。




